閑話:母の帰還、娘の成果
ブックマーク有難うございます。
「ふぅ~」
レオネ公爵領とのごたごたも落ち着いた頃、ようやく本来の領主であるティターニア・ディ・フェロが領地に戻って来た。先程帰領の先触れが届き、ルーシェが先程出迎えの準備をしに出て行った。今回起こった事件は、既に魔術具を通して伝えてはあるが、後程直接報告する必要がある。
勿論、リオックの事は伏せて報告する。フランシアにとってリオックは自分を守る、盾であり、又鉾でもある。リオックに辛い思いをさせてでも持たなければならなかった力なのだから。
そんな時、フランシアの居る執務室の扉からノックの音が聞こえた。
「フランシア様、御領主様が間もなくお戻りになります。お出迎えの準備をお願いします」
扉から入って来たのは、メルクリオ・アークア。フランシアの従者であり、現在は執事見習いとしての業務に付いている。自尊心が強く、出世欲に支配されている。本人はそれを隠しているつもりなのだろうがまるで隠せていない。公爵家に婿として入ることを狙っているみたいだが、まずそれが叶う事は無いでしょう。
「わかったわ。先に行っていてちょうだい」
「……分かりました」
メルクリオは隙あらばフランシアと共に居ようとする。そのくせ女性に対してやたらと距離が近いので、知人からの受けは最悪だ。ナルシストも入っていて、傍から見るとかなり痛い人である。
フランシアは姿見の前で身だしなみを整えると、屋敷の入り口に移動する。
そこには既に、屋敷の使用人たちが並んで、自らの主を出迎える準備が整っていた。扉から両サイドにずらっと並んでいる姿は何度見ても壮観だと思う。
フランシアは扉の正面の空いているスペースに収まる。隣に立つのはルーシェと屋敷のメイドを取り仕切るメイド長だ。この二人はメルクリオが近づかないように協力してくれている。
少し離れた位置からこちらを睨んでいるメルクリオが視界の端に見える。あれで隠しているつもりなのなら本当に愚蒙としか言いようがない。
しばらく待っていると、外が騒々しくなり、屋敷の扉が勢いよく開いた。
「帰ったわよ。シアちゃん!」
「お帰りなさいませお母様」
領主として相応しいとは言えない、物騒がしさを伴ってティターニアは入って来た。
入って来たティターニアは、一目散にフランシアに駆け寄ると、その豊満な身体で自らの娘を抱きしめた。会えなかった時間を取り戻すかのように母娘は強く抱き合う。……いや、愛の強さが抱擁の強さに比例しているのか、フランシアの顔色はどんどん青くなっていく。
「ティターニア様、このままではフランシア様が落ちてしまいます」
メイド長の一言で、ティターニアは自分の娘の状態に気が付いたのか、慌てて身体を放した。
「あらあら、ごめんなさいね。シアちゃんに会えたのが嬉しくてついはしゃいじゃったわ」
「ケホケホ……いえ、大丈夫です。お帰りをお待ちしておりました。お母様」
解放されたフランシアは、急速に顔色を取り戻す。少し乱れてしまった髪を手で整えながら佇まいを直す。
「そうね、積もる話も有ることですし、お茶をしながら話しましょうか」
「はい。執務室の方に既にお茶の準備をしていますので、そちらに参りましょう」
これから話す内容は、あまり多くの人間に聞かせる事が出来ない内容が多いので、盗聴対策が確りしている場所を選んである。勿論、同伴できる人も限られてくる。今回は、領主であるティターニアとその夫であるミネラリー・ディ・フェロ、そしてフランシアとルーシェにメイド長が執務室に集まることに成る。
本来ならばここに家宰である執事長も同伴するのだが、彼は現在王都で今回の奴隷の首輪紛失について調べている最中なので不在である。
五人で伴って執務室に移動するために、エントランスから立ち去るときに後ろからメルクリオの視線を感じるも、それを無視して立ち去る。そもそも彼は今回の事に関わってはいないし、彼はそれを知る立場にない。
野心も過ぎれば組織の邪魔にしかならないことを、彼には知ってもらいたいものです。許されているうちに。
五人で執務室に入ると、防音の魔術具を発動させる。フランシア、ティターニアそしてミネラリーはソファーに腰を下ろす。
メイドの二人はお茶の用意をしてくれている。二人のお茶を淹れる腕はこのフェロ公爵家に仕える家臣の中でも最高のものです。
「それにしても、今回はシアちゃん大手柄ね」
二人が用意してくれたお茶を一口飲んでからティターニアは話し始める。お茶はささくれ立った心を落ち着かせてくれる。
「私は領主代行としての務めを果たしただけですわ」
「そうね、それでも今回貴方が成した事は素晴らしいことよ」
確かに、今回フランシアの成した事は、フェロ公爵領を危機から救い、大きな利益を得ることができた。卒業を半年に控えて、内外にフランシアの力を示す事にも一役買ったと言える。
「ありがとうございます。最も、今回は相手の間抜けさにも助けられましたわ」
そう、今回は領主が不在の間に、ウンパッゾの暴走も手伝って、最高の形で決着を付けられた。逆に言えば、ウンパッゾが先走らず、犯罪奴隷を確保してから訴えられていれば、こちらがなんらかの負債を抱えていた可能性がある。そういった意味では、迅速に動いたリオックの功績は計り知れないだろう。
「そうね、それにしても廃棄済みの奴隷の首輪が出回っているとは盲点だったわ」
「はい、私もそんなものが出回っているとは思いませんでした。その後何か分かりましたか?」
ティターニアはフランシアからの報告を受けた後すぐに、家宰である執事長を王都に向かわせ、正しい手続きで処理されていない奴隷の首輪が他にもないかを調べに行かせている。
「ええ、この領からの物は貴方が確保してくれた物で全てだったみたいだけど、他の領でも同じような被害にあっているわね。これに関しては現在行政に抗議中よ」
ティターニアは妖艶な笑みを浮かべる。今回の不始末は犯罪奴隷の管理を一手に引き受ける王家の非となる。今回のことを使って王家から何かを引き出す算段でもしているのでしょう。
「お嬢様はよく紛失した奴隷の首輪を確保できましたね?」
ここで口を挟んできたのは、一緒に話を聞いていたメイド長だ。本来であれば、使える主の会話に口を挟むなど許されない行為なのだが、そこは親しき仲のなんとやら、このメンバーではよくあることである。
この質問は来ると思っていたので、事前にルーシェとの示し合わせに抜かりはない。
「ええ、ルーシェに商会の方で情報収集をさせていたのが功を奏しましたわ」
今回考えたシナリオは以下の通りだ。まず、元々お茶の葉の仕入れに向かっていた者達から、レオネ公爵家につらなるものが、盗賊と取引をしたと言う噂を聞いて、調べさせていた。その最中起こった今回の事件で、もともと怪しい動きがあり、代官を監視していたところ、密鉱山と奴隷の首輪に辿り着いたのが今回の顛末の全容になる。
たまたま買い付けに行っていた商会だったが、理由付けに丁度良いので今回使わせてもらう事にした。元々リオックの配下も勤める商会には、優秀な人材が多いと思われていることも真実味を増すのに一役買ってくれるだろう。まさかルーシェが個人的に飲みたいと、職権乱用した結果とは誰も思うまい。
それこそフランシアですら。
「流石は今最も勢いのある商会長さんは、先見の明が素晴らしいですね」
メイド長はフランシア達の言い訳に、何も疑うことなく信じてしまう。実際矛盾点を失くすために、必死に考えたのは無駄ではなかったようす。
「本当凄いわね。これで何時でも安心して引退できるわ」
まだまだ現役のティターニアだが、娘が想像以上に成長していて、頼もしくまた少し寂しさを感じる。おもわず本人も思ってもいない事を口に出してしまう。
「いやですわ。お母様にはまだまだ頑張って頂かないと、実際今回の事は肝が冷えましたわ」
「そうね、シアちゃんの為にも頑張るわ。それで、今回私達に喧嘩を売って来た方々にはご納得頂けたのかしら?」
今回の騒動の原因は、ウンパッゾの欲望から来たものである。フランシアの身を手に入れる為に、分不相応にもフェロ公爵家を敵に回したのだから、それ相応の罰は受けてもらわねばならない。
「はい、お母様。今後の互いの為にも、現当主の方には深く理解をして頂きましたわ」
フランシアが言うように、現当主には確りと自分の立場を認識させた。十年にも及ぶ国への裏切りである密鉱山及び、犯罪奴隷の管理の告発を受けて、レオネ公爵家は長男であるメディオクレ・ディ・レオネに当主交代、及び一部領地の接収、更に多額の罰金を王家より求められたのである。
証拠も全て出そろい、逃げ道を失った前レオネ公爵が降伏するのにそれ程時間は掛からなかった。前領主は処刑、そして密売に協力していた高位貴族も当主交代となり、王都もかなりスッキリしたと聞いている。
そして、今回見つかった密鉱山は王家が取り仕切る国営の鉱山へと変わったのである。勿論、今回の摘発に多大な貢献をしたフェロ公爵家は、色々と鉱山に対して優遇処置を頂き、今後の利益が大きく見込める。
最も、ここまではレオネ公爵家の自業自得だ。今回レオネ公爵家が訴えてきた犯罪奴隷越境の冤罪に対しての罪とは別の物になる。フランシアは今回の件に対して、多額の賠償をレオネ公爵家に要求。ただでさえ多額の罰金を払ったばかりのレオネ公爵家では払えるような額ではないことを理解した上での要求である。
勿論、この要求が通るとは思っていないので、抗議文が届いてからが勝負となる。交渉の場で、多額の賠償金を請求しない代わりに、いくつかの条件を相手に飲ませる為のブラフだ。
フランシアは交代したばかりの当主であるメディオクレに対して、幾つかの要求をした。それは今回の騒ぎの原因の一つであるウンパッゾを犯罪奴隷とし、その身柄をフェロ公爵家に譲渡する旨。今後レオネ公爵家の派閥に属する貴族は、フェロ公爵家に対して婚姻の申し出をしない事を条件に、破格の賠償で済ませると交渉を持ちかけたのだから。
この交渉に対して、新レオネ公爵は二つ返事で了承し、ウンパッゾを切り捨てる事を決断した。新領主に就任したメディオクレには既に二人の男児が産まれている。ウンパッゾの存在は百害あって一利なしなのである。
「そう、それなら安心ね。私達の方も交渉は上手くいったから、我が領にとっては最良の結果で終わったわね」
「はい、前期に比べて二割ほどの利益向上が見込めますわ」
お互い何事でもないように語り合う母娘。同じような思考をしている。自分たちの危機すら利益に変える才能は、フェロ公爵家が代々女性を当主に据える理由の一つなのかもしれない。
この後も、ティターニア不在の領地運営の状況を報告した後、フランシアとルーシェは本来の学生としての身分に戻るのだった。
皆が退出した執務室には、部屋の主であるティターニアと、それを世話するメイド長だけが残った。
「それにしてもリオ君は本当に優秀ね。あの子一人でフェロ公爵家が積み上げてきた密偵の上をいくわよね」
「ええ、あの卒業式の時は何事かと思いましたが、彼の出してきた成果は、もはや無くてはなりませんからね」
二人は新しく淹れたお茶を飲みながら、娘の秘め事について話す。
「本当にあの子達の将来がたのしみよね」
「私はこんな所まで母親に似なくても良いと思うのですがね」
メイド長は小さなため息を付きながらそう告げた。
「あら酷い。私なんて大人しいものでしょ?」
「どの口が言うのですか。うふふふふ」
娘が母に勝るのは、まだまだ先になりそうだ。
今回の話で第一章は終わりで、連日投稿も此処で一度終了です。
次の話から第二章に突入です。
第一章はフランシアの存在を明確にしない為、少し違和感のある内容になってしまいましたが、第二章は王道のダンジョン編です。
現在半分ほど書き終わっているので、それほど時間を空けずに投稿を開始できると思います。
面白いと思って頂けた方は評価を頂けるよう、よろしくお願いします。




