閑話:虫人の里、虫人の誇り
ブックマーク有難うございます。
今回はただのネタ回です。
ここはリオックが持つ特殊能力故に繋がった一つの星、その中でも一際巨大な木が一本立っている周辺に広がる集落である。
年中気温は暖かく、凍えることのない地がそこには広がっていた。
そんな集落の片隅で、一人の虫人が機嫌よく己の仕事道具の手入れをしている姿が見て取れた。背が高く色黒、灰色の髪で目元まで隠しているその顔は、一度見ただけでは記憶に残りにくい、印象の薄い男性だ。
その男は、先日自分が仕える主自ら仕事を申し渡され、それを見事にこなした事でお褒めの言葉を頂いたのだ。
そんな周囲から浮いた状態であれば。必然的に周りの視線を集めてしまうのも仕方のないことだったかもしれない。
「ケーツなぜそんなにご機嫌なの?」
ケーツと呼ばれた男に話しかけたのは、少し幼く見える少年のような姿をした一人の男の子だった。勿論、ケーツと呼ばれた男は、その男の子のことをよく知っている。それは、自分と同じ仕事についている仲間であるからだ。
「主より賜りし責務を、見事に熟したのでお褒めの言葉を頂いたのだ」
ケーツはやたらと自慢げに、自らの功績を誇る。きっと彼の主人が聞いたら、呆けた顔をするのではと思うほど鼻高々だ。
「へー、でも実行したのは他の虫たちだって聞いたけど?」
「確かにそうだ。だが、それを采配したのは私だ。ローツェには任せられないから私が呼ばれたのであろう」
ローツェの皮肉も受け流して、逆に皮肉をぶつける余裕さえ今の彼にはある。普段密偵の仕事は目立つことがないのでなかなか評価を頂けることが少ないのだが、稀にもらえた賛辞には全力で自慢するのが彼らの常となっていた。
「ケーツがただ暇だっただけでしょ? 僕は大事な任務があったから行けなかっただけで、僕の手が空いていたら必ず僕に主はご命令されるから!」
成果を出したケーツには、言葉では勝てないと悟ったのか、ローツェは趣旨を変えて反撃する。
そんな時、二人の子供じみた喧嘩を止める声が二人に掛けられた。
「二人とも言い争いはそれくらいにしなさい。主の命令に貴賤はないのよ」
二人が顔を向けた先には、この虫人の代表を務めるエベレスが立っていた。長身でバランスの取れた立ち姿、髪と目はサファイアと同じ色をしている。長い髪は後ろで一つに纏められ、どの角度から見ても男性を虜にしてしまいそうな妖艶ささえ感じる。
そんな彼女の言い分には納得できるが、今は主に褒めてもらえた事を誇っているケーツに対して、嫉妬の心を向けているローツェには今一納得ができないでいた。
「そんなこと言って、エベレスだってケーツが主に直接褒めてもらったこと悔しくないの!?」
そんなローツェの言い分を聞いて、エベレスは穏やかな笑顔を浮かべながら口を開く。
「勿論それは許せることではないのよ。ケーツあなた一人だけ主から褒められるなどあってはならないことです!」
その笑顔からは想像も出来ないほどの狂気を孕んだ言葉が齎される。どうやら彼女はただ喧嘩を止めに来ただけではないようだ。
「む、しかし主自らのお言葉を頂かないわけにもいくまい?」
当然、そんな理不尽な怒りを向けられたケーツも黙ってはいない。真っすぐ正論を投げる。
「当然です。しかしあなたが密偵の責務を遂行できたのは、あなた自身の力だけだと思っているのですか? 私達のような陰から支えている者がいるからこそ、なんの憂いもなく密偵の仕事に集中できるのではないのですか? その辺りを主へ確りご報告したのですか?」
裏方の仕事である密偵を前に、陰から支えるとは一件矛盾しているようだが、確かに一人で密偵の仕事を熟しているわけではないので否定できない。
「……いや、それはご報告していない」
今一納得できないケーツだが、エベレスの言い分にも納得が出来る事があるので大人しく認める。
「そうです! 私はそこを怒っているのです。私達の仕事は皆が支えあって、全体で主に仕えているのです。賛辞を頂くときも、酷評を頂くときも、みなのものです」
エベレスの言い分には流石にケーツも納得した。確かに今回直接褒められたのは自分だが、だからと言って他の者たちの働きが不十分なわけではない。各々が得意な分野で主を支え、満足して頂けるように努力しているのだ。褒められたことを自らの手柄だけと自慢するのは間違っていたのだろう。ここは素直に謝罪するべきである。
「そうだ、我々は皆で一丸となって主を支える存在だ。私だけの力ではなかった。謝罪しよう。ローツェもすまなかった」
ケーツという男は義理堅く、真面目な男なのだ。自らの過ちは素直に謝罪できるのだ。ただ、素直なだけでは損をするのが世の常。
「でも、エベレスは虫人の代表だからって、行く必要もないのに頻繁に主の元まで出向いて、他の人の成果まで報告して、お褒めの言葉をもらってるよね? 本音は?」
ここでローツェが、先ほどのエベレスの言葉からは真逆といえる行動を暴露する。おもわずケーツはエベレスの凝視する。
「そんな事、勿論私が褒められたいからです! 私は良いのです」
先ほど彼女が語った言葉の全てが色あせてしまう言葉を彼女は口にする。
そんな身勝手な彼女の言葉に、ケーツは無言で立ち去り、ローツェは呆れてその場を後にする。エベレスは他にも何か言っているようだが、誰もそれを聞いている者はいない。
この集落ではよくある日常。主の為に働き、主に尽くし、主に褒められるために頑張る虫人たちの楽園である。




