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閑話:事の始まり、信頼の証

不快な人間を表現するのは難しいですね

 夏の少し蒸し暑さが残る夕暮れ時、とある公爵領の一室で、不機嫌な声色を隠そうともしない声が響いた。


「それはどういったことでしょうか?」


 この精一杯冷静さを保とうとしているのが、このフェロ公爵家の令嬢、フランシア・ディ・フェロである。彼女は現在、とても人様に見せられるような顔をしていない。最早その顔には怒りの形相が滲み出ていた。


『なんだぁ?理解できねぇのか?もっかい言うぞ?オタクの所の犯罪奴隷がウチの領地に侵入してきてめーわくしとるんやわ。それをお前が股開けば許したるって言っとんやて。理解できる?』


 この人の神経を逆なでしてくる喋り方をしているのが、レオネ公爵家始まって以来のドアホである、ウンパッゾ・ディ・レオネである。声も態度も喋り方さえ品の無い愚物である。


「ですから、その証拠となる物をお持ちなのですか?」


 額に浮き出る血管が、彼女が今抱えている感情をありありと現している。


『だぁかぁら~、目撃者がいるんだって言ってるだろぉ?とりあえずぅ、詫び入れに来いってこーとー。あ、エロイ下着履いてこいよ』


「なんですか!あなたは人として会話する最低限度の礼節も守る事が出来ないのですか!それに目撃者だけでは証拠能力として不十分です」


 もはやこれが人類の会話なのかと疑いたくなるような、酷く下品な言葉の数々。少なくとも高貴な身分の人間がして良い会話ではない。


『そんなのぉ、犯罪奴隷捕まえればわかることだろぉー?と・に・か・く!誠意みせろや』


 この男から『誠意』なんて単語が出てくることに、最早驚きすら感じる。フランシアの怒りも最高潮に達しそうだが、流石は次期公爵当主。一度深呼吸をして高ぶった気持ちを落ち着かせる。


「兎に角、一度こちらでも確認を取ります。これで貴方がたの訴えが、事実無根であった場合、この度の侮辱きっちり返させていただきますから」


 そう言って相手の返答も聞かずに、叩きつける様に念話を切る。今の姿を見て、領民に愛されるフランシアと気が付く人は、いったい何人いることだろうか・・・・・・。


「シア、大丈夫ですか?」


 この、ささくれだつフランシアに声を掛けたのが、彼女が最も信頼するメイドのルーシェ・ルスクリタである。肩口に掛かるくらいの綺麗な黒髪に、小ぶりの顔、それほど背は高くないが、整ったプロポーションをして、色白の肌をしている。彼女が着るその服は、紺色を基調としたメイド服に白いエプロン。頭のカチューシャがチャームポイントだ。


「ああ、ルーシェ。あの男が難癖をつけてきました。徹底抗戦です!」


「あの男とは、親子そろって気持ち悪いレオネ公爵家の次男坊ですか?」


「そう!我が領の犯罪奴隷が越境したと訴えてきました」


「それはおかしいですね。これと言ったトラブルの連絡は入って来ていませんが?」


 このフェロ公爵領では、有事の際に情報を瞬時に伝達するためのシステムが、既に構築されている。何かトラブルがあった場合、迅速にそれは領主まで情報が伝わってくるのだ。


「こんな丁度、お母様が出掛けている時に限って・・・・・・。」


 彼女の母親、このフェロ公爵領の領主であるティターニア・ディ・フェロは、隣国のクリサンテモ王国へ外交へと赴いているのだ。そして現在、その代理としてフランシアが領主代理を務めている。


 入り婿である父親も共に隣国へと付いて行っているので、現状頼れる人が居ないのだ。


「シア、南方の鉱山に連絡を取りましたが、誰一人欠員は出ていないそうです」


「ではやはり、我が領からの越境ではないですね」


「その可能性は高いです。しかし、現状情報が不足していることは確かです」


 そう、ルーシェの言う通り現在得ている情報は、ウンパッゾから齎された不確定な情報のみ。信憑性は低いが、確認しないわけにもいかない。


「兎に角、情報を集めるのが先決です。密偵にレオネ公爵領との境を探索させましょう」


「畏まりました。そのように手配します」


 そう言ってルーシェは部屋を出ていく。


 こういった時、打てば響くと言わんばかりの対応をしてくれるルーシェは、本当に頼りになる。他の四人の従者兼幼馴染ではこうはいかない。こんな時にあの人が傍にいてくれたら・・・・・・。あ。


「そうよ、リオにお願いすればいいのよ。丁度彼が欲しがっていた魔導具も手に入ったし、善は急げよ!」


 フランシアは、ここでもう一人頼りになる幼馴染、リオックの事を思いついた。


『ねえ、リオ。今いいかしら?』


 彼女は、リオックが置いて行った虫を取り出して話しかける。この目の前にある虫は、リオックが魔術を使えない代わりに行使できる、特殊能力で配下にした伝言虫と言われる珍しい種類の虫だ。


『ん?お嬢か?こんな時間に珍しいな。どうした?』


 いつものリオックの対応にフランシアはどことなく安堵を覚える。本当は傍にいてほしい、でも領地の事を考えると危険でも見事に仕事を熟してくれるリオックは、フランシアが本当に信頼できる数少ない一人である。


『突然ごめんなさい。でも少しトラブルがあって、力を貸してほしいの』


『解かった。何があった?』


 こうしてフランシアが困っていれば、いつも力を貸してくれる頼もしい人。実際にリオックの能力は汎用性があり、フランシア自身の特殊能力よりも、ずっと立派な力だと思っている。


 フランシアは先程のウンパッゾとのやり取りをリオックに説明する。説明の途中から何だか怒りの感情が伝わって来た気がしたのだが、気のせいだったのかな。


 フランシアの説明を一通り聞いたリオックは一拍置いて返事をする。


『……いいだろう。俺が請け負う。書類や地図なんかは後で送ってくれ、取り敢えず今は大まかな場所を教えてくれればいい』


『場所はフェロ公爵領とレオネ公爵領の境付近が、今回の探索地域になるの。でも逃亡した犯罪奴隷は向こうもまだ見つけてないみたい』


『了解。至急現場に向かう。今回の任務におあつらえ向きな薬も丁度持ってるから、お嬢はどんと俺に任せておけ』


 なんとも頼もしい一言である。リオックがこうやって言ってくれた時は、大体どうにかしてしまうので、先程まで力が入っていた全身から力が抜ける。


「ふふふ」


 思わず笑い声が零れてしまった。未だに何も解決していないのに、リオックの『任せろ』を聞いただけで安心してしまう自分自身が笑えてきたのだ。


『うん、おねがいね。報酬は頑張っちゃうからよろしくね。私のリオ』


『おう』


 先程まで抱いていた、苛立ちも不安も焦燥感も何時の間にか無くなっていた。我ながら単純だな、なんて考えていたらルーシェが戻って来たみたいだ。


「失礼します。密偵への指示は終わりました。この後はどのよ・・・・・・シア顔色が戻りましたね。何かあったのですか?」


「ふふふ、流石ルーシェね。さっきリオにお願いしたの、そしたら『任せろ』だって♪」


「ああ、それでですか。では大丈夫そうですね」


「そうね、取り敢えずリオの連絡が来るまでに、出来る事をやっておきましょう」


「畏まりました」


 なんだかんだとルーシェもリオックの事を信頼している。私達は二人で、和やかに今後の方針について話し合うのだった。





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