依頼の報告、互いの心
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タイトルを少し変更します。
暑い日差しを避ける為、大きな木陰に腰を下ろして一杯のコーヒーを飲む。氷でキンキンに冷やされた少し薄めのコーヒーが、舌に確りした苦みと、喉の奥に冷気を与えながら胃へと流れ込む。火照った体に清涼感が行きわたり、汗ばんだ体に心地よい。
今は屋敷に忍び込んだ時から既に2週間経っている。あの後、依頼主への報告を済ませた後、レオネ公爵領内に自生している薬草を探したり、観光がてら公都の中を巡ったりと、割と自由な時間を楽しんだ。
勿論、ペンシオさんとの約束も忘れずに再び訪れ、ヴィオラさんにお小言を貰いながらも一晩の宿をもらった。ペンシオさんの経過は良好で、すでに完治目前と言えるほどに回復していたので、あと数日で治りきるだろう。俺が領内を巡っている間に、ベレッザ商会と提携している行商人が来たようで、無事に薬の注文が出来たと喜んでもらえたのは嬉しい。ペンシオさんも今後は煙草も控えると言っていたのでヴィオラさんも安心だろう。
翌朝の別れの時には、前回の事もあって長めに引き留められ、解放されるまでに時間が掛かったのは、感謝の現れだと思うことにした。
今は任務も終わって、元々滞在していた場所に戻る為に、日差しの照り付ける、茹だるような暑さの中を移動中である。最も前回までと違って、俺は新しく涼を取る手段を手に入れたので、照り付ける太陽も以前ほど気にならない。
今回の任務は、難易度に対して、非常に大きな成果を上げる事が出来たので、追加報酬を貰えたのである。それが、今俺が飲んでいるコーヒーに入っている氷を作り出す魔術具なのである。
報告を聞いた時の依頼主……、フランシア・ディ・フェロ。俺が従者として仕えていたお嬢様は、報告を聞いて大層ご機嫌だった。
『お嬢、任務の報告だ。今いいか?』
『あら?昨日は何も連絡をくれなかったリオック君ですか?』
俺が念話を送って直ぐに返事が来たが、一日連絡をしなかっただけで少し棘を感じる。なんだか不機嫌な姿が目に浮かんでくるようだ。彼女は輝くようなブロンドの髪を長く伸ばし、手足は細く長い。すらりとした流麗な身体の曲線は、見る人の視線を釘付けにする。その目鼻立ちは天女と見紛うほど整っていて、赤子のような肌が瑞々しい。これも二年前の記憶なので、今はもっと綺麗になっているだろう。
因みに、この念話は俺の使役する虫を仲介しているので、領主達が連絡の為に使っている念話の魔術具よりも高性能だったりする。
『ああ、すまない。諜報と薬師の仕事で遅くまで掛かってしまってな。連絡を控えたのだ』
こんな時は、嘘はつかずに素直に答えるのが、一番被害が少ない。
『ふーん、そう。ルーシェは娼館にでも行って、連絡を忘れているのではないかと言ってたけど?』
あの女、ろくでもない事吹き込みやがって……。今彼女が言ったルーシェとは、俺の元同僚で、フランシア以外に俺のことを知っている唯一の人間、フランシアが最も信頼を置くメイド兼秘書だ。非常に優秀なのだが、昔から俺の事を貶めるのに喜びを感じる困った性癖を持っている。
『小さな農村にそんなもの、在るわけないだろ。病気を患ってたおっさんの治療したお礼に、宿を借りただけだ』
『……そう、それならいいけれど』
念話越しにも伝わってくるこの不機嫌オーラ。それでも俺はやっていない。
『ほんとに何もなかったよ。それより、報告したいのだがいいか?』
『……そうね。取り敢えず先に報告を聞きましょう』
取り敢えずも何も報告しか聞くことは無い筈なのだが、これは何処まで引っ張られるのだろうか。ルーシェは本当に余計な事をしてくれる。
『解かった。今回の依頼は簡潔に言って、大成功だ』
『ちょっと!いくら何でも、端折りすぎでしょ?!』
俺の隙の無い、完璧な報告にお嬢はご不満のご様子。今回の依頼に関してなら、この一言で済むぐらいに成功を収めたと思うのだが……。
『まてまて、一から順に説明する』
『最初からそうしなさいよ!で?そんなに上手くいったの?」
『ああ、まず犯罪奴隷越境の訴えだが、これは完全にフェロ公爵家は無実だ。その証拠も押さえている』
『本当に!?よくやったわ。流石私のリオね♪』
先程までの不機嫌は、何処に吹っ飛んでしまったのだろう。最初の報告だけでもお嬢のご機嫌は急上昇だ。しかし、今回はまだまだ情報が盛沢山だ。
『犯罪奴隷の身柄もフェロ公爵領内で抑えてある。虫人がそっちの密偵に引き渡したはずだから、後で確認してくれ』
『わかったわ。それにしても、なんで身柄も押さえずに証言だけで訴えてきたのかしら?』
お嬢の疑問も、最もである。俺はパルベヌ・マジストラータから聞き出した。フェロ公爵領に罪を擦り付ける方法を説明してやる。その事には流石のお嬢も驚いたようである。
『成る程ね、盲点だわ……。まさか死亡申請を出した奴隷の首輪が、そんな所に流れてたなんて、これからは王都まで返却されるまで確り監視したほうがいいわね』
『ああ、同感だ。他にも過去に同様の例がないか調べる必要もあると思う』
『そうね、一度過去の物も調べて見るわ。勿論その首輪は回収したのよね?』
『それは問題ない。結構な数があったが全て回収しといた。何時ものようにベレッザ商会経由で送る』
回収した首輪は逃げ出した犯罪奴隷の数よりも多く20個近くあった。死亡申請も、ある程度の量が溜まってからしていたのも、これ程の首輪が流出する原因になったのかもしれない。
『わかったわ、よろしくね。これであの変態に一泡吹かせられるわね!』
『まてまて、報告はこれで終わりじゃないぞ』
まったく、お嬢はせっかちで困る。何時も最後まで話を聞かずに突っ走って、それをフォローするのは何時も俺達だった。俺が従者を辞めて二年たつが、そこは一向に成長する兆しが見えない。普段は優秀なのに、少し抜けている。まあ、次期当主としては申し分なく、領民からの人気も高いのでフェロ公爵領の未来は明るいだろう事は救いだな。
『あら、まだ何かあるの?』
『ある意味、先程の情報より重要だぞ……。レオネ公爵領北北西にある王領との境付近に、密鉱山の所有を確認した』
『えぇ!?本当なの?』
『ああ、間違いない。直接現場に行って確認してきたからな。しかも採掘されているのは純度の高いクリスタルだった』
『……』
お嬢は思わず声を失ったようだ。それも仕方のない事だろう。実際このことは、それほどまでに重要な情報だ。どんなに軽く見積もっても、当事者は国家反逆罪で斬首の刑は逃れられない程だの罪なのだから。
『しかも、王都の貴族やクリサンテモの商人に協力者がいる。脱税でかなりの金額を儲けてるぞ』
『そ……それは、ちょっと話が大きすぎるわね……。何か証拠になる物は見つけた?』
『そこは抜かりなく。すでに代官の屋敷から証拠物件の押収は済んでいる。暗示も掛けてあるから、ある程度の日数なら稼げるはずだ』
『わかったわ。これは急性をようするわね。悪いけど、書類は先に送ってもらっていいかしら?』
『わかった。少し量が多いが送ろう。今そちらに出して大丈夫か?』
『大丈夫よ。今ここには私しかいないから』
相手の状況を確認しつつ俺は虫達を呼び出して、押収した書類を渡す。本来、俺の能力は虫のみ異空間に形成された場所に出入りできるのだが。ちょっとした裏技があって、閉じた羽の隙間に数枚の書類を紛れ込ませる事が出来るのだ。後はお嬢の近くに配置してある虫の座標を経由して送る事が出来る。このやりかたで、普段は依頼書などのやり取りをしているのだ。
俺は虫を次々と呼び出し、書類を託して送り出す。なんだかファックスみたいだ……。
『ん、来たわ。……これ、内務監査署のラスーラ・バトス侯爵じゃない!王都の大物ね。こっちは……、クリサンテモの豪商かしら?……えっ?こっちは関所を預かってる貴族ね。しっかり領主のサインまで入れちゃって……。ええ!?こんなに産出してるの?!はぁ?何よこの金額!?ああっ……各地に出荷してる……なるほど、ここを経由して……」
次々に届く書類に、お嬢の驚きが留まるところを知らない。俺はある程度予測を立てて対応していたからよかったが、普通はお嬢のようなリアクションになってしまうのも、仕方がないだろう。
『これ、相当な額の賄賂が流れてるわね……』
『どうだ?なかなか有用な情報だろ?』
『そうね……とんでもなく、有用な情報だわ。正直私一人で対応するには事が大きすぎるもの』
『ティターニア様に応援は頼めないのか?』
『一応連絡してみるけど、正直分からないわね。でも、私でも対処できるところを、先に済ませておくことは出来るわ。兎に角、凄いわリオ!大手柄よ。報酬はサービスしとくから楽しみにしててね♪』
よほど興奮しているのか、喜びと驚きの混ざった感情が伝わってくる。事をうまく運べば、ある程度の利権にも口出しできるし、採掘されたクリスタルの優先権も狙えるから、フェロ公爵家としては、かなりの利益が見込めるだろう。
『な?言っただろ。大成功だって』
『ええ、本当ね。……犯罪奴隷の無断移動に、密鉱山。これだけの証拠があれば、あの気持ち悪い親子共々沈めてくれる……ふふふ』
お嬢から何か黒い物が出てきてしまっているが、相当にストレスを抱えていたのだろう。普段は気高く振舞って、公爵令嬢として相応しい姿を見せているが、やはり大きなプレッシャーを感じているのだと思う。今出ている黒い物はそれとは別物かもしれないが……。
『代官を尋問して聞き出したことは、後程レポートにして送るから。取り敢えず報告は以上になる』
『ええ!ありがとう。とても素晴らしわ!早速取り掛からないとっ』
『おいおい、夜も遅いし、一度寝てからでよくないか?』
『ふふふ、心配してくれるの?そうね、お母様に連絡できるのも明日だし、今日は休んだ方がいいかもね』
こういった所は素直に聞いてくれる。人の話を確り聞いてくれれば文句なしなのだが……。
『あ、報酬はどこに送ればいいかしら?なんだったら取りに来ても良いわよ?』
『いや、下手に接触しない方がいいだろ。王都にあるベレッザ商会支部にでも送ってくれ。あそこなら二日も有れば届くだろ』
『むぅー、仕方ないわね。まだ他に気取られる訳にはいかないし……』
『学園を卒業したら、ある程度自由に行動できるから、その後なら外で会うことも出来るだろ』
お嬢も残り半年程で学園は卒業になる。卒業後は領地経営の手伝いで他国に出ることもあるだろう。ある程度視線が減ればどこかで落ち合うことも不可能ではない。
『そうね、それまでは我慢だわ』
この後も、他愛無い話をしながら、日ごろの出来事を報告しあう。最も、俺は聞く方専門だ。一人旅だとそれほど大きな変化があることは少ないので仕方がない。逆にお嬢は毎日が楽しそうで何よりだ。元同僚の連中も元気でやっているようで、残り少ない学園生活を満喫しているらしい。ただ、何故かメルクリオの事だけは、陰険メガネと呼ぶのは何故だろうか。喧嘩でもしたのだろうか。
『それでね。ルーシェったら……あら?』
『どうかしたか?』
『リオ、ごめんなさい。人が来ちゃったわ。名残惜しいけどまた明日ね』
俺達の事は、例え身内でも秘密にしている。悟られる訳にはいかない。
『わかった、また明日な。おやすみ』
『ええ、おやすみなさい。ゆっくり休んでね』
こうして任務の報告は、依頼主を満足させるに足る出来で終わった。
その後、俺は王都に移動して報酬を受け取った。今回受け取った報酬は、先程言った追加の氷を作る魔術具と、元々の報酬である。腕輪型収納魔導具である。魔導具である!
ダンジョンの中で極々稀に見つかることのある収納魔導具が報酬なのだ。正直今回の任務であれば報酬が高すぎると思わなくはないが、誕生日が近いこともあって、お祝い込みで送ってくれたのだと思う。
この魔導具を手に入れる為に、散々ダンジョンに潜ったのだが手に入れることができないと、この前話したことを覚えていてくれたのだろう。
この日ばかりは一生分ではないかと思われるほど、お礼の言葉をお嬢に送った。俺も、お嬢の次の誕生日には、素敵な物をプレゼントしてやろう。
俺は右腕に光る、銀色の腕輪を撫でながら思わず顔がにやける。
飲みかけのコーヒーは氷が全部溶けて、かなり味が薄くなってしまったようだ。どうやらまた腕輪に意識を持って行かれていたらしい。
マグに残ったシャビシャビコーヒーを一気に胃に流し込むと、散らかった道具を仕舞う。収納魔導具があればあっという間に片付く。
次に大きな都市に付いたら、少し早いがお嬢へのプレゼントを探そう。俺は何をあげれば喜んでもらえるのか考えながら、遠くに陽炎が揺らめく炎天下の道を、再び歩みだす。
この話で第一章は終わりになります。
閑話を数話挟んだ後、第二章となります。
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