水鈴の姫10
水鈴の姫10
何処からか聞こえる楽しい音楽。その音楽に合わせて踊る人もいれば、楽しい話題で盛り上がってる人に屋台や店から溢れる美味しそうな匂い。
水祭の当日になったファヴールは一層騒がしくなっていた。
街の真ん中に高く建っている時計台の上に、その人達とは違う意味で楽しんでいる外套を被った怪しい男。男は赤い林檎を空中に投げたりして遊んでは何かを見つけたのか、外套に隠れたルビー色の瞳が一箇所から動かなくなった。
「疑わない人、それを騙す人、なにも持たない人、そして……」
手を伸ばして自分の目の前に林檎を置く。
「何も知らずにその真ん中に立っている人。この物語は何処に行くのか楽しみだなぁ〜」
彼は笑う。
まるでずっと楽しみに待っていた映画でも観るかのように。
ただ遠くで胸から込み上がってくる気持ちを堪えながら彼らを観ているだけだった。
「さあ、これからはお前次第だよ。水鈴の姫」
意味ありげに呟いては立ち上がりその場を後にして姿を消した。
「あれ……?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向くが、そこには知らない人だらけ。
それもそうだ。今日は水祭当日で、このファヴールの住民、全員が外に出てると言っても過言ではないくらい何処も人だらけ。
この前までも人が多いと思ったが、今日は格が違くて、もしこの中に知り合いが居ても見つけられるのは無理かもしれない。
「どうかしたのか?」
「あっ、ギルさん」
前を歩いていたギルさんが、私が止まったことに気づいて戻って来てくれた。
「誰かに呼ばれたと思ったんですけど、勘違いだった、わっ…!」
人混みの中で止まっていたのが悪かったのか、通りかかっていた人と打つかってしまう。その勢いで転びそうになったところをギルさんが手を捕まえてくれた。
「ここでは話しもまともにできないな。進むぞ」
「ぎ、ギルさん!?」
掴んだ手を離さずに歩きだすギルさんに私は驚いてしまう。
それは今までお兄ちゃん以外の異性と手を掴んだことがなくて顔が勝手に熱くなったから。
私が人混みの中に巻き込まれないよう、掴んでくれていると分かっていても自然と鼓動は早くなって、何を考えているか分からないギルさんの後ろをついて行くことしかできない私であった。
「二人とも手なんか繋いたりしてどうしたんですか?」
水祭の当日。一番稼ぎ時である日に何故かギルさんはお店を開けなかった。
最初はディランくんの仕事を手伝うのかなと思ったけど、それは違うらしく、ただ忙しくなるのが嫌らしい。だけど、サイがいつもの店を閉めてその代わりに出店を出すと聞いて、私が一緒に行かないかと誘ったところ、少し考えた後に首を縦に振ってくれた。
そして今、私たちはサイやアリヤさんの出店の前に立っている。
サイは未だに繋いでいる手を見て白い目をして、アリヤさんは隣で面白いものでも発見したように笑っていた。
二人の反応に私は急いで自分の手を引っ込めた。
「ありがとうございました、ギルさん!お陰様で人にぶつからなかったです!」
「いいや、ずっと握っていて悪かったな」
恥ずかしさに自然と私の声は大きくなる。
そんな私を見てギルさんは小さく笑い、いつも通り頭を優しく撫でてくれた。
そんな私たちのやりとりを見ていたサイが今度は口を大きく開けてパクパクと動かなくなったと思ったら、次に声を荒げた。
「ふ、二人っていつから付き合ってたんですか!?!?」
「は?」
「…………えええ!?!?!?」
初めて聞くギルさんの間抜けな声と一歩遅れて私の声が響く。
周りを歩いていた人達が何事だとこちらに目線を移しているのが分かったけど、今は必死に否定するのが大事だ。
こんな誤解、ギルさんに申し訳なさすぎる!
「違うよサイ!ギルさんと私がつ、付き合ってるなんて勘違いだよ!」
「そうだ。大体、俺たちが何歳差だと思ってるんだ」
「まあ、歳の差なんて関係ないですよ?」
今まで隣で見守っていたアリヤさんが歳の差という言葉に話の中へ割り込んできた。ギルさんは一瞬目を大きくしては困った様にポケットから煙草を出して火をつける。勘違いかもしれないけど、その行動が何処かぎこちなく思えた。
「とにかく、俺にはコーヒーとこいつにも何か渡してくれ」
「あっ、じゃあ、水羽には私のおすすめ入れてあげるからちょっと待ってて!」
そう言って手をテキパキと動かしたサイは数分後に何か入ってるコップを持ってきてくれた。
「じゃーん!サイ特製の夢見るハーブティーだよ!」
「夢見る、ハーブティー?」
独特な名前に疑問を抱きながらサイから渡されたコップを覗き込むと自然と口から感嘆の言葉が溢れる。
「綺麗……!」
まるで夜空の様に綺麗な藍色。そして浮いている丸い玉がまるで夜空の月みたいで、初めて見る幻想的な飲み物に感動してしまった。もし、ここに携帯があったなら写真を撮りたい衝動に負けていただろう。
実際、今すぐ写真を撮りたい……!
「リラックス効果がある紫色のハーブティーに水玉飴を入れて見たら結構いい感じに出来上がったの。月みたいでしょ?だから名前は夢見るハーブティー。慣れない土地に来て一生懸命働く水羽に、安らいでもらいたいな〜って思って作ったから飲んでみて?」
「サイ……」
まさかそこまで私を考えてくれていると思っていなくて、目元が潤い、直ぐにでも涙が流れそうだった。それを隠すように急いでティー飲み込むと甘い花の香りがすーっと入ってくる。だけど、味は甘すぎず、それでも苦すぎず、ちょうどいい甘さだった。
「見た目も綺麗だけど味も美味しいよ。ありがとう、サイ。本当にありがとう」
「いいのいいの。友達でしょ?」
友達……。
その言葉に胸の奥まで暖かくなるのを感じる。最初は変な世界に来て不安だらけだったけど、こうやっていい人達と出会って本当に良かったと心からそう思った。
「そうだ!後で一緒に水鈴の姫の歌聴きに行こうよ。いいでしょう、お母さん」
サイが両手を合わせ、身を乗り出して目をキラキラさせる。
そう言えば、水祭の目玉は水鈴の姫の歌って前に言ってたっけ。
「その時間帯は皆んな水鈴の姫の神殿に行くから人も少ないし、良いわよ。よろしくお願いします、ギルさん」
アリヤさんの問答無用の笑顔で渡されたコーヒを受け取ったギルさんが、まさか俺も行くのかと嫌そうな顔をした。そんなギルさんを不安そうに見つめる私と目が合うと彼は溜息を吐いて諦めた。
「わかった。じゃあ、後で神殿前集合で」
「やったね水羽!また後でね!」
「うん!またね」
店を去ろうとするギルさんの後ろを付いて行きながら、サイに手を振って人混みの中へと私たちは進んで行った。




