練習(1)
とある友人が言った。
「朝目覚めた時、美少女が目の前にいたら最高だよな」
と……。
言いたい事は分からなくもないが、朝の挨拶と同時に言う事ではないはず。その時、俺は「なにを言っているんだ?」と呆れて話しを流したけど、友人よ。今ならその問い掛けに答えてやろう。
「起こし方に問題がなければ、同意したんだがな……」
「なに言ってるの、シンヤ?」
起床時、盛大な一撃を受けたお腹を擦りながら友人が言っていた言葉を思い出していると、準備体操をしていたリリスが怪訝な表情で言ってくる。
「まだ腹が痛いな、って言ったの」
「あれは……。だって、他の人達が朝起こすならあれが鉄板だよって言っていたから」
「だからと言って、寝ている人間の上に馬乗りになるのはどうかと思うぞ」
未来の俺がまたもや神様と自称する少年と相対している所を見せられながら床に就いていたのだが、腹部に衝撃が走り強制的に退場させられてしまったのだ。何事かと目覚めていたら、目の前にリリスの顔があって盛大に驚いてしまったのである。
その時、生理現象で強化されていたある一部分を見られてしまい、色々といざこざが発生したのはお約束と言ったところか……。イリスさん、何でリリスが部屋に侵入した時に来てくれなかったんだよ。俺が起きたと同時に来てくれたのは良いんだが。
「それで、練習の相手をしてくれってどう言う意味なんだ?」
起きると同時に「練習を手伝って」と言ってきた事を思い出す。
昨日のソニアさんの件が影響しているのは容易に想像がつくのだが、彼女の練習に付き合うと言う意味が未だに分かりかねている。
「昨日、お母様が言っていたでしょ。DP戦の相手をしてほしいの」
「DP戦? ……あぁ、デュエルパフォーマンスだっけか? それは構わないが、俺は魔法を使う事が出来ないぞ」
「それは気にしなくていいよ。まず、私なりに考えた戦法で上手く当てられるかどうか知りたいの」
「要するに、俺はリリスの魔法を受ける案山子役か?」
「平たく言うとそう言う事になるね」
つまり、リリスの攻撃魔法の実験台になれと言う事か。
……俺、普通に死ぬんじゃ?
「物凄く心配になってきたんだが」
「だ、大丈夫よ。そんな危険な魔法は使わないと言うか、使えないし……。まずは動いている相手に上手く当てられるか試したいの」
DP戦は初挑戦らしく、上手く出来るかどうか挑戦したいとのこと。
その為、まずはリリスの戦い方を把握しきれていない俺に相手をしてもらって様子を伺いたいとか。
「でもなぁ」
だからと言って、二つ返事する訳にはいかない。
リリスの実力を知らないとはいえ、魔法の威力は何度か体験している。
もしも何か不備が起こって大怪我をしたらたまったものではない。お見舞いと言う理由で動けない俺に襲い掛かってくるものがいないと限らないし。
お医者さんごっこなんてマニアックな遊びなど俺にはまだまだレベルが足りないぞ。
「お願い。もし、引受けてくれたらお礼をするから」
「お礼って?」
「えっと……。一日、私の事を好き放題していい権利とか?」
「それ、リリスの願望じゃないのか」
「それは、そうだけど……。でも、一日好き放題していいって言われて、ときめくものとかないの?」
「誰に言われたか分からないけど、俺はときめかなかったね」
……まあ、ウソだけど。
「そうなの!? おかしいな、クラスのみんなやお母様が言っていた事なのに……」
「またかっ!?」
ほんとどうなっているんだよ、この世界の女性陣達は。
……いや、待てよ。ここまで偏った知識がはびこんでいる事を考えると問題なのはこの世界の男性陣の可能性も。……まさか、な。
「……まあ、それはともかく俺は何をすればいいんだ?」
「誤魔化された気がするけど、まあいいわ。シンヤは適当に逃げてくれればいいよ」
「それだけで良いのか?」
「色々と試したいから、適当に動いてくれた方が都合いいの。けど、それだと防戦一方で練習にならないかな。じゃあ、こうしましょうか? 制限時間以内に私を捕まえたらシンヤの勝ち。私が魔法を五回以上当てる事が出来たらこちらの勝ちで」
「なるほど。それなら、少しは練習になるかな」
「そうね。互いに緊張感を高める為に、罰ゲームでも用意する?」
「罰ゲームよりもご褒美の方がやる気出るんじゃないか? そっちが勝ったら、一日言うことを聞くとかどう?」
「……それ、本気?」
今ので目の色が変わったな。
いったい、どんな事をさせたいのか分からないが、これで少しでも本気度が上がれば練習の足しになるだろう。
「もちろんだ。……ただし、子作りしろはダメだからな。それに近しい事もなしで」
「それぐらいのモラルはあるから大丈夫よ」
ウソつけ、モラルがあったらここで嬉しそうな顔などしないだろ。
あったとしても、俺の知るモラルとは雲泥の差なんだろうな。
「じゃあ、シンヤが勝ったら――」
「二日ほど、一人で自由に過ごす……なんてどうだ?」
言った途端「ふぇ?」と目を丸くして素っ頓狂な声を上げられる。
「そんなんで良いの?」
「充分充分。てか、それでお願い致します」
「そうなんだ。……てっきり、過激な事を要求されると思ったんだけど」
小声で言っているつまりだが、ばっちりと聞こえているからな。
なんだよ、過激な事を要求って。あれか? お子様には言えないようなアブノーマル系を要求するとでも思ったのか。それはそれで大変魅力的ゲフンゲフン。いやいや、紳士の俺がそんな事を要求するわけないからね。
「本当にそれでいいの?」
「それが良いんだ」
思えば、一人でゆっくりと過ごした事は少ない、と言うかほとんどない。
まだ、この世界に慣れていない故の配慮としてお供を付けてくれている事に感謝するのだが、いかんせん彼女達と過ごすと必ずと言っていいほど桃色イベントが強制的に展開されてしまう。それはそれで嬉しい悲鳴と言っていいのだけど、そのな……。独りじゃないと出来ない事と言うか、ハッスル出来ないと言うか、色々と溜まる一方でいつ暴発しても不思議じゃない状況にあったりする。
俺だって思春期真っ盛りの男だ。たまにクールダウンしないと、いつ過ちを起こすか気が気でならない状況に陥っている。……もう、手遅れだと言った奴は前に出ろ。
「……いいわ。どうせ、シンヤが勝つ可能性何て万に一つもないからね。私が勝ったら一日中相手をしてもらうから覚悟してよね」
「分かった」
どうやらご褒美の件で俄然やる気が出てきたご様子。
DP戦用の戦闘服、披露用のコスチュームに着替え、準備を整え始めるリリス。
それは良いのだが――。
「それ、スカート丈短すぎない?」
彼女がDP専用に着替えたコスチュームは赤を基色としたインナーとスカート姿である。
両手に銀色のポンポンを持って構える姿は完全にチアガールそのものと言ってもいいだろう。
少し動けばスカートの中に隠れている下着が見えてしまいそうで、目のやり場に困ってしまう。
「そう? まあ、別に見られても困らないけどね」
「……だから、少しは羞恥心を持ってくれよ」
分かっていたけど、全くと言っていいほど恥ずかしく思わない態度を改めて欲しい。
「じゃあ、始めるわよシンヤ。あなたから先に動いて良いよ。シンヤが動いたら、練習を開始するから」
「……了解した」
先手を譲ってくれたのは、リリスなりのハンデを与えてくれたのだろう。
彼女の心配りに素直に甘える事にする。
「じゃあ、行くぞ」
言うと同時に、地面を蹴ってリリスに向かう。相手は魔法を行使する故、間合いを開けるのは愚の骨頂。勝利条件なども考慮すると基本的に接近してリリスに魔法を使わせない工夫をしなくてはいけない。
「まあ、普通に考えればそう来るよね」
俺が猪の様に猛進してくる様を見て苦笑いを見せる。
魔法を使って牽制してくると思いきや、リリスは俺が直ぐ傍まで来るのを待っている。
何を考えているか知らないが、待ってくれるなら遠慮なくやらせてもらう。この勢いのまま、リリス目掛けてタックルを御見舞いしようと突っ込むと――。
「ほいっと」
不意にリリスの姿が消える。まさか、瞬間移動を使ったのではと考えていると、すぐ後ろに着地音が聞こえてきた。
「ダメよ、シンヤ。そんな安直なことでは。激しいのは嫌いじゃないけど、それじゃあ私は捕まえられないよ」
「それは分かっているが、いまどうやって避けたんだ?」
「どうやってって、こう軽くジャンプしてクルッと一回転しただけよ」
言うと、その場で宙返りを見せてくれる。
ばっちり見える彼女の下着に目がいくのを堪え「ね?」と肩を竦めるリリスを見やる。
「もう少し工夫しないと、シンヤが勝つ可能性はほとんどないかな」
「みたいだなっ!」
だからと言って、今の俺に出来る事など走り寄って捕まえる以外に方法がない。
対ダイラタントの時に起こったバストゲインが発現すれば……。
『条件は相手が本気に惚れたか、ってこと』
ダメだダメだ。あんな力に頼ったら色々とダメな気がする。対象者の性能を加算できる能力は有能であるが、あの力を頼りっきりにしたらいずれダメになってしまう。
「相手を前にして考え事何て随分と余裕だね」
考えに浸っている間に、リリスから攻撃が放たれる。クルリと一回転すると同時に炎の羽根がばら撒かれ、それが意思を持ったかの様に俺目掛けて放たれる。
「行きなさい! 焔翼の舞」
無数の羽根が襲い掛かる。回避を試みようとするのだが、あまりにも数が多すぎる。
避ける事もままならず、無数の羽根が俺の四肢に触れ消失したのであった。
「……あれ?」
まともに攻撃を受けたにも関わらず、全くと言っていいほどダメージがなかった。
「ふふん、驚いた。威力を最小限まで抑えたのよ。まず一回ね」
「これだけの技術力があるにも関わらず、何で本番は色々とボロが出るんだろうな」
「う、うるさいわね! 今回はご褒美がかかっているんだから、色々と本気なのよ」
「それだけ聞くと、いつもは本気を出していない様に聞こえるんだが」
「そんな軽口を言っている暇があるの? ほら、もう一回行くわよ――焔犬の爪!」
単純のフロントキックじゃないか、とツッコミを入れようとした直後、蹴りの軌道を描くように鎌鼬が発生する。
「いっ!?」
どうにか避ける事が出来たが、今ので体勢を崩してしまう。
それを機に、リリスは追撃の一撃を放つのであった。
「まだまだ行くよ、焔槍群!」
「ちょ、ちょっと待て! 幾ら何でも容赦なさすぎだろ!」
生み出される数多くの槍を見やり慌てて呼び止めるが、そんな事などお構いなくリリスは放つのであった。
「幾ら何でも無茶苦茶だろ!」
結果、俺がリリスの魔法攻撃を五回程受けるのにそれほど時間がかからなかった。
あまりの容赦のない怒涛の攻撃に嫌味の一つも言おうとするのだが、全身で喜びを見せるリリスを見て言うに言えなかったのであった。




