一難去ってまた一難
予想外の戦闘で既に俺の体は疲れ切っていた。
……まぁ、疲れた理由はそれだけではないのだけど、とにかく今は早く汗を流して泥の様に眠り着きたい気持ちでいっぱいであった。
「お二人さん。そろそろ到着するから離れてくれませんかね?」
俺の両手を拘束しているお二人さん、本日のお世話係を担当してくれたメイドさんに向けて言うのだが彼女達は「ダメです」と笑顔で断ったのだ。困ったな、両手に花と言えば聞こえが良いのだが、今の状態は非常によろしくない。
今思えば、本当に俺の理性はよく働いてくれたと言えよう。
ダイラタントを何とか退いた俺とユニスさんが戻った時には、既に俺がやらなくてはいけないであろう畑仕事を終えてお茶会を開いていた。何でも一足先に戻ってきたカレルさんからの要望だったらしく、優雅にお茶を楽しんでいるあの人を見た時、軽く殺意が芽生えたのは仕方がないだろう。疲れ切った俺とユニスさんを見て「随分と激しかったようじゃな」とにやついて言った時のカレルさんの顔を思いっきりぶん殴れたらどれだけ気が晴れたことであろうか。
「えっと……。今日は二人ともありがと。俺がやるはずの仕事を最後まで押し付けてしまって。今度お礼をさせてね」
成り行きとは言え、本日の仕事はほとんど彼女達に押し付ける形となってしまった。本来ならば俺がやらなくてはいけない仕事だったため、今回得た報酬でお茶でもどうだ、と尋ねたのだが二人はそれよりも「それよりも先に――」と例の約束の報酬をせがんで来た。
……分かるだろ? あの戦闘の後、俺はユニスさんやカレルさんの眼の前で満面な笑みを浮かばせて腕に抱きついている彼女達にマッサージさせられたのだ。
誰だよ、一部分しか揉んでいないのにマッサージとか(笑)なんて言ったやつは。ああ、そうだよ。揉んだよ、揉みましたよ。しっかり彼女達の二つのお山を堪能させていただきましたよ、これでいいか? これでいいだろ。おかげで再び理性が木端微塵に粉砕するところだったよ。感想だと? ばっか、今この状態で弾力があって実に揉み応えがあったと言わせたいのか。……って言っているし。
俺は誰に向けて言っているんだよ。疲れているのかな。疲れているんだろうな。
「え!? ほ、本当ですか? ですか?」
褐色肌のメイドさんが俺の申し出に驚きを見せる。そんなに驚く事かな、と思いつつ俺は「もちろん」と答える。
「あの、それでしたら……。今度、三人でご一緒に新作のデザートを食べに行きましぇんか? ……せんか?」
提案したのはもう一人のメイドさん――割烹着姿だから家政婦さんと言うべきか――が提案してきた。
「デザート?」
「は、はい。私達の行きつけのカフェに新作が登場したので、その……。よければクドウしゃま、様も一緒に」
「それは楽しみだ。俺でよければ喜んで」
快くうなずくと、家政婦さんが小さく「やった」と喜びを見せてくれる。
「だから、ね。今日の所はそろそろ解放してくれないかな? 正直、君たちのその……。柔らかいあれが腕に当たって色々と危険なんだよ」
俺の正直な告白に二人は目を丸くさせる。一瞬、何を言っているのか理解に苦しんだのであろう。数秒後、俺の言いたいことを理解したのか、あろうことかさらに強く抱きしめて自分のそれを押し付けてきやがった。
「ちょ、ちょっと!?」
「別にいいじゃありませんか、減る物ではありませんし。ませんし」
減るよ!
俺の理性がガンガン削られているよ。
現在進行形で、怒涛の勢いで減少中なんだよ。
「こういう時、甲斐性を見せるのが殿方じゃありましぇんか。……せんか?」
「さっきから噛みまくっているけど、キミも恥ずかしいならやめましぇんか! せんかね!」
「やめましぇん。……せん」
うぅ。この体勢恥ずかしいんだけど。
恥かしさのあまり、家政婦メイドさんの言葉遣いがうつってしまったよ。
それから色々と提案して、どうにかして解放しようと試みるのだが、二人は中々首を縦に振ってくれなかった。結局のところ、この状態はシルフィード家のお屋敷内に入るまで続く事となり、お出迎えに来てくれた人達の視線を集める結果となってしまう。
***
「えっと……。今日はありがとね」
玄関ホールに足を踏み入れた途端、多くのメイドさんが出現し、俺の両隣を確保していた担当メイドさんを連れ去って行ったのであった。あまりの電撃戦に呆然と立ち尽くす俺は、とりあえず彼女達が去って行った方へ向かって再びお礼を言ってみる。当然、返事が来るわけがない。このまま立ちっ放しもなんなので、とりあえず帰宅したことを告げに皆がいるであろう応接室に向かう事にした。
「あっ!? シンヤ様。ちょうどいいところに!」
「……イリスさん?」
応接室に向かう途中、イリスさんとエンカウントする。何やら慌てているようで、かなりの距離があるにも関わらず俺の元へ駆け寄ってくる。
「こらこら、廊下は走ってはいけないと教わらなかったのか?」
「そ、そんな事より一緒に来てください」
この子、なんだかんだで俺の忠告をことごとく無視するよね。
俺の手を取るや、イリスさんは俺ごと魔法を使ってとある一室へ移動させたのであった。
何の前触れもなく移動魔法を使った事に文句の一つも言おうとするのだが、視線に入った異様な光景を目の当たりにしたせいで意識がそっちの方へ向けられてしまう。
リリス・シルフィードが見知らぬ女性と頬の引っ張り合いをしている最中であった。
「……リリス。何をしているの?」
「シ、シンヤ!?」
慌てて女性の頬から手を離し、距離を開けるリリス。
「きょ、今日は遅かったね」
「あぁ、うん。思った以上に仕事が手こずってね。それより、どうしたの?」
「どうしたって?」
「いやいや。それは俺が聞きたいんだが……」
見られたくない一面を見られて気恥ずかしいのは分かるけど、現状説明をして欲しいところだ。
そんな俺の心情を知ってか――って、クスハさんは心情を読み取る事が出来たな。読みっとってくれたんだろう。クスハさんが俺の疑問に答えてくれる。
「シンヤさん。こちらは、現プティーズの一人であらせられますソニア・ミントス様です。何でも本日はシンヤさんにお会いになりたいとか」
「はぁ……。それはそれは、ご足労おかけしました、工藤伸哉です。……ん? ソニア・ミントス?」
……あれ?
その名前、どっかで聞いたことがあるような。
「あら? この私をご存じとは。なよなよとした見た目の殿方にしては見る目はお持ちなようね」
「ご存知と言うか……。あっ、思い出した。下着ウーマンに下着を盗まれた女性か」
確かソニア何とかって言っていたから、きっと間違いないだろう。
クスハさんも彼女の事を現プティーズの一人だと紹介してくれたことだし。
……うん。確かに中々見事なお山をお持ちなようだ。下着ウーマンが盗みたくなったのも分からなくはない。見事なロケット型である。
「下着ウーマンですって!?」
……ぁ。下着を盗まれた彼女に下着ウーマンって単語はご法度だったようだ。
彼女の顔がみるみるうちに赤くなり、気のせいか左右をお下げにした縦ロールの髪がドリルの様に回転し始めた。
「思い出しただけで腹が立ちますわ。あの女、私のお気に入りであった勝負コレクションの一つを持って行って……。捕まえたらただではすみませんわ」
「勝負コレクションって、何の勝負だよ、何の」
「女性で下着の勝負と言ったら決まっていますわ。せっ――」
「――わわわ! こらこらこら、こんな所でなんて単語を口に出そうとしているんだ、あなたは! PTOを知らないの? Time place occasionって言って時と場所を考えて物事を発現してよね」
「あなたが何を言いたいのか分からないけど、男女の営みである単語を口にするぐらいでわけないでしょ? それともなに? あなた、童貞なわけ?」
「ど、童貞で悪いかよ」
「ええ、悪いわね。ただでさえ、男が少ないのは知っているでしょ? あなた、この国に暮らしているなら種馬であることを自覚したらいかがかしら」
「どストレートに言いますね、この人。ちょっとリリス、この人は何のためにここに来たの? 俺を罵倒するために来たんじゃないよね」
「えっと……」
おい、コラ。目をそらすな。
まさか本当に罵倒をするために来たの、この人は。
「不肖な弟子に聞いたわ。あなたは人の胸を大きくさせる魔法の手をお持ちなようね」
「魔法の手って……」
「あら、誤魔化さなくてもいいわよ。この手で確かに確認したのだから」
わきわき、と両手を動かして揉んだことをアピールする。
恐らくソニアさんが言う魔法の手とはバスト・ゲインの事を言っているのであろう。
発動条件があれだけど、未来の俺が言うには能力が発動すればソニアさんの言った通り大きくさせる事が可能らしい。
「まあ、どうやらそのようですね。なんでそんな力が得られたのか分かりません」
「ウソばっかり」
「クスハさん、少し黙っていて」
人の心情を読み取れるからと言って、こっちの策略を真向からつぶすような発言は控えていただきたい。どうせ、今の俺の心情も読み取っているんだろ? 少し黙っていてね。邪魔をするならば、二度と揉みませんから。
「……っ!? 申し訳ありませんでした」
読み取ったらしい。揉まないの一言は彼女に対して多大な効力を発揮してくれたようだ。
てか、脅し文句が「揉まない」とか、俺の思考も完全に染まりきっているな。色々と男として最低だな、俺は……。
「なんでメイド長さんが謝罪したのか知りませんが、試にその力で私の胸を大きくしてみませんか?」
「あの力を行使しなくても、充分だと思いますが?」
一目でイリスさん並みの大きさを持っている事が分かる。
これほどの立派なものがあれば男の俺から言わせてみれば充分だと思うのだが。
「そう言って下さるのはうれしいですが、まだまだですわ。できればクラスGは最低欲しいですわ」
「クラスGってGカップの事だよな。……強欲すぎるだろ、このお蝶夫人様は」
「強欲で結構よ。プティーズの私がそこのメイドと同じクラスなのは耐え難いわ。他のプティーズの先輩達だって最低でもクラスGを誇っているのだし」
「そのプティーズ達って化け物だろ。てか、踊っていて邪魔じゃないのかよ? クラスEだって充分だと思うよ、マジで」
だって、少し動くだけでゆさゆさ動くんだぜ。
イリスさんが走っている時なんてこれでもかってぐらいに上下に揺れまくるから、踊ったりしたら、それはもう凄い事になるんじゃないかな。
「それは慣れですわ。女性のたしなみ故、そんな事を気にする人なんていませんわよ」
「さいですか」
そんなたしなみ、聞きたくなかったな。
「それで、どうなんですか? 揉みますか? 揉みませんか? 揉みますわよね」
「さりげなく迫ってこないでください。ちょっと、リリス。この人、どうにかしてよ」
嬉しい申し出であることは否定しないが、今日は精神的にも肉体的にも疲れている。
ただでさえ、今日は三名の女性のあれを揉んでしまったのだ。これ以上、女性のあれを揉んでしまったらどうなってしまう事やら……。そのうち、女性恐怖症に陥るんじゃないかな。
「ソニア先生。お気持ちは分からなくもありませんが、今日の所はお引き取り願います。当然、あのお話しもお断りさせていただきます」
「なによ、私の弟子なら師匠の頼みを聞いてもいいじゃない」
「幾ら先生のお頼みでも、シンヤをお貸しする事はできません。他の男性で我慢してください」
なんか、周囲の空気が徐々に重たくなって行っているな。
二人が何の話をしているのか分からないけど、火花が散っている気がするぞ。
「なあ、イリス。この二人はいったい何の話をしているんだ?」
「えっと……。何でも、シンヤ様をミントス家に迎えたい、だそうです」
「へぇ。……へ?」
一難去ってまた一難のようだ。




