VSダイラタント(2)
強化薬の効き目は直ぐに利いてきたようだ。
効力が発揮したのを自覚したのは、見える視界が全てモノクロに変色した時であった。初めは薬の副作用か何かを危惧したのであったが、そうではない。突撃する俺に向かって伸びてくるダイラタントの触手が随分と遅くなって見えるのだ。この経験はつい最近体験したことがある。
これは俺が下着ウーマンに殺されかけた時に起こった現象に近い。つまり、今感じる体感スピードが急激に跳ね上がった証拠と言えよう。襲い掛かる触手の槍は三つ。俺がぎりぎりで避ける事を考慮して三又の鉾の様に形成したそれが心臓目掛けて伸びてくる。先ほどまでならば急ブレーキを踏んで二の足を踏むところであるが、そんな暇はない。今もユニスさんの体を貪る様にダイラタントが撫で回しているのだ。これ以上急遽してはいずれ最悪な事態を招く事になるだろう。
それに加えて躊躇している暇はない。薬の効き目がどれほど持つか分からないが、効力が切れたらダイラタントと一緒になってユニスさんを犯してしまう恐れがある。
そうなってしまうよりも前に奴のふざけた行為を止めなくてはならない。伸びる触手の速さと自分の速さを瞬時に計算し、その場で力強く踏み込み飛び跳ねる。
【side:カレル】
薬の効果は絶大のようじゃ。
あやつめ、これが最初の戦闘だと言っていたがそんな様子は微塵も感じさせない動きを見せよる。幾ら身体能力が向上しているからと言って、触手をすれすれの所で跳んで避けるなんて芸当は中々難しいはずじゃ。しかも、その時に勢いよく跳んでしまったせいか分からないが膝を抱えてクルリと回って避けるなんてあたしが若い頃でもそんな芸当は無理じゃ。
空中で一回転して着地したにも関わらず、僅かの間も入れずにダイラタント目掛けて一直線。流石のダイラタントもこれには虚を突かれたようで、二撃目が遅れたようじゃ。奴がファイアーボールを使おうとしている間に、懐に入り込んでユニスを封じた触手に回し蹴りを放つ。
……あれ? そう言えば、あたしが渡した鍬はどこにあるのじゃ。今になって気づいたが、あやつの手には何も持っていない。強化された動きに魅せられたせいで、ようやくあやつが何も持っていない状態で突貫したことに気付いたのだった。
慌てて周囲を見渡すと、あやつはせっかくあたしが武器にと渡した鍬を放り投げて行ってしまったようじゃ。奴は別名スライム。打撃には滅法強い魔物じゃ。たとえ雑魚中の雑魚と言えどもあやつの蹴り程度でダイラタントの触手を打っ千切る事は不可能じゃ。
不可能と思ったのじゃが、なんと!? あやつの蹴りでユニスの身動きを封じていた触手を打っ千切り、ユニスが落ちる前に掌底を放って、あのダイラタントをぶっ放したのじゃ。
これにはさすがのあたしも驚きじゃ。幾らドーピングした状態とはいえ、力を制限されている現状で魔物をぶっ放すなんてどれほどの力を有していると言うのじゃ。
解放されたユニスから「きゃあ」と久しく聞かない生娘の様な叫び声が届く。ダイラタントからあやつへ視線を移すとユニスを横にして抱き上げていた。うむ、いわゆるお姫様抱っこというやつじゃな。
ユニスめ。まさか夢にまで見ていたお姫様抱っこが現実になるなんて思っても見なかったのじゃろう。真っ赤になった顔を両手で覆い隠している。
「ユニスさん。少しの辛抱だから、動かないで」
「は、はい」
慌てふためくユニスに視線をやれば、今ごろ孫も完全に堕ちたのに勿体ない。けど、あやつは自分が吹き飛ばしたダイラタントから目を離す事はしなかった。自分の拳で距離が開いたのを機に大きく後ろへ跳躍してダイラタントと間を開ける。
だが、今の一発はやはりと言っていいか決定打にならなかったようじゃ。人型から獣へ変化遂げたダイラタントはユニスを抱き抱えているあやつ目掛けて突進する。今の状態では碌に回避出来るはずがない。そろそろあたしも手を貸そうかと思った矢先、あやつはあたしに向かって「鍬を!」と叫ぶのじゃった。
く、鍬? この状態で鍬を渡して何が出来ると言うのじゃ。
「早くしてくれ、カレルさん!」
「ええい! 分かった。いま、渡す!」
考えても仕方がない。あやつの言うとおり、魔法で鍬を飛ばすのじゃった。
何を企んでいるかと思いきや、あやつは「ユニスさん、ごめんね」と断りを入れると跳んできた鍬の方へ跳び、振り向き様に飛んできた鍬をダイラタント目掛けて蹴り飛ばしたのじゃ。
これにはさすがのあたしも驚きじゃ。まさか飛んできた鍬の柄を蹴り飛ばして攻撃するなんて。蹴った事により風車の様に回転しながら飛んで行った鍬をダイラタントは避ける事が出来ず、顔面に刃が突き刺さる。見ていて痛々しい光景であるが、あやつは今の攻撃によって怯んだダイラタント目掛けて跳びあがり、突き刺さった鍬を力強く踏みつけたのだ。
それが決定打となったのだろう。ダイラタントはその場で弾け飛び、文字通り爆散したのじゃった。ゲル状塗れとなったあやつはダイラタントが消失したことを確認し、こちらへ戻ってくる。
「……どうにか勝ちましたよ、カレルさん」
どうやらこやつは、あたしが思っている以上に凄まじい能力を有しているらしい。
しかし、なぜこのご時世に新しい蛮勇召喚主が現れたのじゃろう。よからぬことが起きなければいいのじゃが。
【side:シンヤ】
どうやら、薬の効き目が終わるよりも早く終わらせることが出来たようじゃ。
俺を見るカレルさんの眼が変わっている事に色々と物申したいところであったが、今はそんな事を言っている余裕はない。
抱き抱えているユニスさんを下ろし、早々とこの場を去らなくてはいけない。
「あの、その……。ありがとうございました、クーちゃん様」
「だ、大丈夫だった?」
「あ、はい。その……。まだ、初めては無事そうです」
どこの事を指しているのか、あえてそこはツッコミを入れない。
「さて、俺はそろそろ仕事に戻ろうかな、と言いたい所だが緊張したら催してきたな。カレルさん。少々花を摘みに行きたいのですが」
「花を摘みに? 随分と少女趣味なのじゃなお主は」
いやいや。察しろよ、むしろ察しているだろあんた!
急に「はっ」と目を剥いたかと思ったらニタニタと悪い顔になっているぞ。
「あんた、分かっていて言っているだろ」
「はて? あたしは何のことかさっぱりじゃ」
「今回の事といい、洗いざらい喋って貰う為に一発お見舞いしてもいいんだぞ」
「ほぉ、一発とな。お主は随分と守備範囲が広いんじゃな。あたしがご所望なら、一発いっとくかい?」
「このババア。いっぺん、ぶっころ!」
流石にサマリウス製の理性を持つ俺でも堪忍袋の緒が切れたぞ。たとえ、相手がご老体であろうとも特大の一撃を放たないと気が済まない。今の俺ならばギャグ漫画よろしくの星の彼方へ誘うことだって出来るはず。リアル人間大砲を体験させてやろうか、このババア。
「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのクーちゃん様。お祖母ちゃんに少女趣味とバカにされたぐらいで怒らないで。せっかくのかっこいいシーンが台無しになっちゃうから」
腕まくりして、これからカレルさんを殴らんと言わんばかりに鬼気迫る俺を羽交い絞めするユニスさん。背中に柔らかい何かが当たり、僅かながら動揺してしまうがそれも一瞬の事。今の俺はリアル超人なのだ。彼女の腕力程度で身動きを封じられる俺では……。
「へ?」
立ち眩みの様に一瞬だけフラッと体が泳いでしまう。同時に全身の力が一気に抜けてしまい、崩れ落ちる様にその場へしゃがみ込んでしまう。当然、俺を羽交い絞めしていたユニスさんも俺の動きに合わせて一緒になって膝を折り、しゃがみ込んでしまったようだ。
「ふむ。どうやら、強化薬の効き目が切れたようじゃな」
「強化薬ってお祖母ちゃん! まさか、お仕置き用のあれを!?」
お、お仕置き用だと。
「失敬な。この薬は今回の様に使うのが本来の使い道じゃぞ。普段、娘を叱る為に用いる方が邪道なのじゃ」
「じゃ、じゃあ……。まさかクーちゃん様は」
「もうすぐすれば、獣の様に貪られるじゃろう。頑張るんだぞ、ユニスや」
「え? あ、ちょ。ちょっと、私一人置いて先に戻らないで、お祖母ちゃん!!」
あのババア。
孫を生贄にして自分はさっさと逃げやがった。
文句の一つや二つ吐き捨てたかったが、そんな余裕はどうやらなさそうだ。
身体から湧き上がる言葉にならない何かが込みあがって来て、今はそれを抑えるのに精いっぱいだった。
「ちょ、クーちゃん様。大丈夫?」
「い、いいから離れて」
薬のせいか知らないが、ユニスさんから感じる甘い匂いが俺の理性を擽ってくる。
今も感じるユニスさんの柔らかい肌や耳元から伝わる彼女の吐息が俺のモリブテン製の理性を打ち砕こうとしている。
俺の指示通り羽交い絞めを説いたユニスさんは、前へ回り込んで様子を伺う為に顔をのぞきこんできた。
近い近い。少しでも動けば彼女の小さな唇に触れてしまいそうなほど接近したユニスさんに俺は「頼むから離れてくれ」と頼むことしか出来なかった。
やばい、マジでやばい。このまま何もしなければ俺は安否を気遣うユニスさんを十八禁よろしくの世界へ強制連行させてしまいそうだ。少しでも気を緩めたら最後、確実に桃色固有結界を形成してしまう。
「つらいんですか、クーちゃん様」
「辛い。だから、今すぐ俺から離れてくれ。頼むから。このままだと――」
「私を抱きたくなります?」
「分かっているなら――」
「いいですよ」
「……は?」
「私の初めて、クーちゃん様になら貰って欲しい。……もらって下さい」
――ぶちん。
次の瞬間、理性が一気に崩壊したのを感じた。
目の前にいるユニスさんの両肩を掴み自分の方へ抱き寄せる。
驚いたように悲鳴を上げる彼女であったが、自分が抱き寄せられた事に気づくと彼女は自分に身を預ける様に力を抜いたのであった。
「ユニスさん」
「クーちゃん様」
お互いの唇を迎えようとした時、視界の端である物が近寄って来るのが移った。
その正体が何かを瞬時に判断した俺の理性が驚くほど再生能力に優れていたのだと素直に褒めてやりたかった。キスの一歩手前まで近寄っていたユニスさんの頭を胸元へ抱き寄せ、彼女と共に転びあう。
俺達がいた場所はボールサイズまで小さくなった無数のダイラタントによって埋め尽くされたのであった。
「ダ、ダイラタント!?」
「さっきのあれで完全に消滅したんじゃないのかよ」
手応えはあった。あのとき、確実に一つの命を刈り取った感触があったのだが、どうやら集合体になったあいつを完全に殺すには一撃では足りなかったらしい。
けど、だからと言って先ほどの一撃が有効でなかったわけではなさそうだ。姿も最初にお目に掛かった状態に戻っているし、数もわずか二十匹足らずだ。
「クーちゃん様」
「分かってる」
こいつらを見過ごしたら、また今回の様な事が起きてしまうだろう。
ここでこいつらを完全に退治しなければ。
「あの、クーちゃん様」
「分かっているよ、ユニスさん」
「だったらその、手を……手を退けてください!」
……手?
言われて気づく。己の左手が何か柔らかい何かを掴んでいた。
何かを確かめる様に手を動かすとユニスさんの口から「ひゃん」と艶やかな声が……。
「えっと……」
「クーちゃん様、時と場合を考えてよね。楽しみは後でね」
「ご、ごめん!」
……死にたい。
幾ら発情中の状態異常がかかっているからと言って、こんな状況にも関わらず左手はしっかりとユニスさんの胸を鷲掴みしている自分を殺したくなってしまった。
慌てて彼女の胸から手を離し、湧き上がる性欲を堪え、隊列を組むダイラタントを睨む。隊列だって?
「なんか、あいつら鶴翼の陣をやっているんだが……」
「かくよくの陣? なんですか、それ」
鶴翼の陣。両翼を前方に張出、Vの形を取る陣形を指す。古来より会戦に用いられた有名な陣形であり、防御に適した陣形として有名とされている。
「説明している暇はなさそうだ。来るぞ、ユニスさん」
「はい! ……だからその、お尻を撫で回さないでください」
こんな状況にも関わらず、俺の手は性欲に正直なご様子。この戦いが終わったら、絶対にカレルさんに一撃御見舞いしてくれよう。
隊列を組んだダイラタント達は一斉にファイアーボールを繰り出す。総勢二十個の火球を避ける為に散開した俺達は先鋒に立つダイラタント目掛けて鍬と鎌を振るう。
これでまずは二匹、と思いきや攻撃を受けたダイラタントは最後の力を振り絞り、ファイアーボールを生み出してその場に解き放ったのだ。
「なっ!?」
「っ。まさかの自爆戦術かよ」
スライムの癖にこいつら、初めの二匹を囮にして怯んだ隙に俺達を囲む様に隊列を組みやがった。
互いに死角を打ち消す様に背中合わせで立ち上がる。
「……ユニスさん。移動魔法で一旦距離を置こう」
「無理です。私、ただでさえ魔法が苦手なの。使うには数秒ほどの間が必要なの。その間、無防備になっちゃうのよ」
「じゃあ、さっきのあれは?」
「ジェットストリーム? あれも助走がないと使えないの」
どうやら打つ手がないようだ。
俺だって少しでも気が緩んだら、状況を考えず後ろのユニスさんに抱きつきそうだ。
ああ、くそ。さっきから背中から感じる彼女の汗の匂いが俺の理性をぶち壊そうとしている。このまま、何も考えず強く抱き寄せて犬の様に匂いを嗅いだらどんだけ幸せなんだろうか。
……違う違う。今はそんなことを考えていい状況ではないだろう。ここを切り抜けなければ、ユニスさんの初めてを――じゃなくって! くそ、くそ! 戦いに集中したいのに本能が「彼女を抱け」と煩いほど告げている。
悪魔と天使の姿をした俺が息を合わせて抱けコールを続けている。
――だーけ、だーけ。
――うるさい。少し黙っていろ。
――だーけ、だーけ。だーけ、だーけ。
――今、そんな時じゃないんだよ。
――だーけ、だーけ。だーけ、だーけ。だーけ、だーけ。だーけ、だーけ。
「あー! くそが!」
「ク、クーちゃん様?」
唐突の俺の叫び声に戸惑いを隠せないユニスさん。だけど、いま彼女の事を気遣う余裕はない。頭の中で何度も何度も「抱け」と叫び続ける本能を黙らす為に、俺は自分自身に渾身の一撃を額目がけてぶん殴ったのであった。
「いたた……」
後先顧みない渾身の一撃は脳天に響き、先ほどまでうるさくアピールしていた悪魔と天使の声がやっとの事で消え去る。
「だ、大丈夫なの? クーちゃん様」
「だ、大丈夫。やっと、性欲を抑え込むことが出来た。それに、殴ったせいか妙に頭がよく回る」
よく回ると言うよりか、集中しやすくなったようだ。現状を打破する立案が面白い様に浮かび上がってくる。戦いに集中しているいま、包囲された状況を打開するために動こうとした矢先、ユニスさんから悲鳴の声が上がる。
「きゃ。な、なに?」
「どうした、ユニスさん」
「急に胸が、胸が熱く」
「……へ?」
振り向く事が出来ないので何とも言えないが、背中越しに感じる体温が上昇しているのは感じ取れた。
この現象は確か前にも。……まさか。
「まさか、これって」
気が付くと俺の両手も赤いオーラによって包まれていた。
この現象は見たことがある。これは俺がリリスの胸を揉んでいた時に起こったのと――。
【Bust Gain】
――違う、だと。
俺の両手に英文字の文章が浮かび上がる。内容はBust Gain。
意味は……これ、どう言う意味? 増加破壊ってなんだよ、それ。
どうやら、今起こっている現象は俺が知る現象とは違う部類のようだ。両手から糸の様なモノが生み出されると、二つのそれはユニスさんの両胸に吸い込まれる。直後、俺の頭の中に数多くの知識が流れ込む。
【有効時間62秒。カウントスタート】
……は?
突然、俄然に制限時間を知らせるタイマーがセットされる。
「あの、クーちゃん様? なんか、残り62秒って出たんだけど」
「ユニスさんの方にも出たの!?」
「うん。あとそれと……。クーちゃん様の今までの記憶が頭の中に」
「……はぁ!?」
ちょっと待って。タイム!
ダイラタントさん、一回タイムをお願いします。
なんで俺の記憶がそっちに筒抜けなの。……って、考え得る原因はさっきのあれしかないよな。
【残り50秒】
気が付いたら既に12秒も過ぎている。
今の今までダイラタントが動かない事に奇妙に感じているがって、こいつら俺達が何もしないのをいいことに、湧水に群がって体力を回復しているよ。先ほどまで小さかったからだが一回り大きく見えるのは絶対に気のせいではないよね。
こいつら、俺達を倒すよりも自分の回復を優先したってことなのかよ。……こいつら、本当に雑魚中の雑魚なのかよ。
【残り40秒】
まずい。よく分からないが、タイムリミットが刻々と迫っている。何の時間制限なのか分からないが、この時間を過ぎるとよくない気がする。
「ユニスさん、今が好機。一気にジェットストリームを仕掛けるぞ」
「うん! って、クーちゃん様も出来るの!?」
「……え? あれ? そう言えば、なぜかやり方を知っているな、俺。えーい! 考えている暇はない、行くぞユニス!」
「あ、はい!」
【戦技・ジェットストリーム・ツヴァイ】
俺とユニスさんの同時で放ったジェットストリームが無防備のダイラタント目掛けて解き放たれ、最後はあっけなく終わってしまったのであった。




