↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/53

VSダイラタント(1)

 工藤伸哉はカレル・ユンカースから鍬を譲り受けた。

 ……うん。どう考えてもこれから戦いをする内容に聞こえないよな、普通。

 素手じゃないだけまだマシと言ったところだが、幾らなんでも農作業に使われる普通の鍬を装備した所で目の前のスライムもといダイラタントに勝てるとは到底思えないのだが。


「クーちゃん様。相手が雑魚中の雑魚だとしても、油断すると怪我をするよ」


 ユニスさんからお叱りを受けてしまった。これから戦闘行為を始めると言うのに、全くと言って良いほど集中力に欠けている俺に呆れたのであろう。

 自分も稲刈りとかに使われる鎌を受け取ったにも関わらず、半身の構えを取って戦闘態勢を整えている。俺も彼女を見習って、直ぐに鍬を振り下ろせる様に体勢を作った。


「さて、準備はいいかのう。あたしが奴らを湧水から離すから、そこから先は二人とも頼むぞ」

「了解」

「わかったよ、お祖母ちゃん」


 ――ドクンドクン。


 これから始まる戦闘に緊張しているのか、妙に己の心音が大きく聞こえてならなかった。

 それも当然のこと。ファンタジーになくてはならない戦闘行為は今回を除外すると下着ウーマンに襲われた時しか経験がない。しかも、その時は圧倒的な武力行為によってただただ逃げる事しか出来なかったし、人質ならぬ下着質を使って難を逃れただけ。

 今回の様にお約束の魔物と戦う経験は全く持って皆無なのだ。緊張をするなと言う方が無理な話しだろう。


「ゆっくりと深呼吸して」


 そんな俺を見兼ねてか、ユニスさんから「深呼吸をしろ」とアドバイスされた。

 彼女の言うとおり、ゆっくりと息を吸って吐く。緊張をすると深呼吸をすればいいよ、とよく聞くがなるほど。呼吸を吐くと同時にガチガチに固まりつつあった体が解れていく感覚を覚える。


「ありがとう、ユニスさん。少しは緊張が解けたよ」

「どういたしまして。最も、私も少しだけ緊張しているのよね」


 たはは、と苦笑して自分の気持ちを素直に告げる。

 それは無理もないだろう。何せ、この世界では魔物を見るのも珍しいらしい。俺にとってはもちろんのこと、ユニスさんにとっても目の前のレッドスライムもといダイラタントは未知の存在だ。幾ら雑魚中の雑魚と言われていたところで、未知なる存在と相対するのは勇気がいる。


「そうなの? それじゃあ、気持ちを解す為に胸でも揉もうか?」


 ユニスさんの気持ちをほぐす為に、俺はあえておどけて見せた。どうやら、俺も段々とこの世界の瘴気に毒されつつあるらしい。昨日のリリスの件といい、思考がそっち方向に行きやすくなっているみたいだ。実に悪い状況だ。


「嬉しいお誘いだけど、その後、まともに立っていられる自信がないからご褒美にとっておくね」

「いやいや。なに当たり前にこの後やる流れに持っていってるの? やらないよ。やらないからね」

「揉みたいって言ったの、クーちゃん様なのに」

「口を尖らせながら言ってもダメだからね。ダメと言ったらダメ」


 ただでさえ二名ほど予約が入っているのに、更に一名追加なんてしたらきっときっと我慢できないだろう。

 昨日の様に魔力が暴発してくれるならまだしも……まだしも?

 あれ? それならいいのか? その場合、彼女達の胸も数ミリほど大きくなるし、俺も良い思いが出来るからウィンウィン的な感じになるんじゃないか。

 ……いやいや。確実に昨日のように発動するとは限らないし、あれに頼ってしまったら男としてなんか負けた気がしてならない。特にあれの発動条件を知ってしまったら、何をされるか分かったものではない。ここはなるべく控えるのが得策だろうか。


「ユニス。これは俗に言う、熱湯の前で押すなと言いつつも、本当は押してくれと言ういわゆる振りじゃ」

「えっ! そうなの!?」

「待て待て。どうして、カレルさんが漫才のお約束を知っているんだよ。この世界にいるのかよ、漫才師が」

「ふっ。あたしを誰だと思っているさ」

「知らないよ」

「カレルさんじゃよ」

「それ、パクリだからね。なんで知っているかわらかないけどパクリだからね。訴えられても知らないからね」


 ……もはやグタグタだ。せっかく気持ちを高ぶらせていたのに、誰かさんのお陰でせっかくのシリアス思考が完全に霧散されちゃったよ。


「さて、おふざけもこれぐらいにして、早速始めるかね」

「……ぇ。揉んでくれるのも、おふざけだったの」

「ユニスさん。ちょっと真面目にやろうね。ま・じ・めに」

「そうじゃよ、ユニス。そう言う話は終わった後にちゃんと話し合いなさい。手伝ってあげるから」

「だからぁ!」


 さらに一言二言文句を言うのだが、二人は俺の事など無視して作業を始めてしまう。


「さて、やるかのぉ」

「お祖母ちゃん。どうするつもりなの?」

「なに。あいつらは音に敏感だからね。こうするのさ!」


 魔法を発動させるカレルさん。猫騙しの要領で両手を突き出して掌を合わせて叩くと大音量の衝撃音が響き渡った。思わず俺とユニスさんは耳を抑えてしまう。


「ほら、二人とも。相手が動き出したぞ。さっさと動かんか」


 カレルさんの衝撃音を増幅する魔法によって、今まで湧水に溜まっていたダイラタント達が俺達の方に向かって進撃を始める。先手必勝の作戦のはずなのに動き出しが悪い俺達に注意をするのは良いのだが、そんな事をするならば初めに言って欲しかった。


「クーちゃん様!」

「了解」


 ユニスさんを先頭に俺達は散開しながら近寄るダイラタントに突っ込む。

 勢いよく走り寄ったユニスさんは接近したダイラタントに向けて鎌を横薙ぎに振るうと、ダイラタントはあっけなく真っ二つに切り裂かれ、絶命したのであった。


「これならいけるね。クーちゃん様、迷わず振りぬいて!」

「わかった」


 言われるがままに、近寄った一匹のダイラタントに向けて大きく振りかぶった鍬を振り下ろす。手に異様な感触を覚えつつも鍬を撃ち抜くと上手い事に魔核と呼ばれるコアにダメージを与える事が出来たのか、ダイラタントは力尽きて消滅する。


「確かに弱いな。これなら十分俺でも通用するな」

「散開して各個撃破、いけるよね?」

「了解した」


 予想以上に敵が弱かったため、ユニスさんは一塊になって戦うよりも二手になって戦った方が良策と考えたみたいだ。俺も似た様な事を考えていたから、彼女の考えに賛同して二手に分かれて討伐する事にした。


「はぁっ!」

「せいっ!」


 一撃を放つと面白いようにダイラタントは消滅していく。動きもそれほど速いわけでもなく、攻撃をするわけでもないのでこのままいけば楽勝と思っていたのだが、それが命取りであった。

 ダイラタントが俺達を敵として認識したのか、初めて抗戦する行動に移ったのであった。


「っと!?」


 大きく後ろに跳躍すると、自分がいた地面に衝撃が走る。ダイラタントが自分の体の一部を鞭の様にしならせて、攻撃をしてきたのであった。


「はぁっ!? スライムの癖にそんな事が出来るのかよ」

「油断しない様に。そいつらダイラタントは自分の体を自由自在に変化させられる。今の様に体の一部を変化させて攻撃する事など容易いはず」

「そう言う情報は前もって言ってくれよな、カレルさんや!」

「右に跳んで、クーちゃん様っ!」


 真横からユニスさんの声が耳を劈く。疑問に思ったが、言われたままに右に跳んでその場から離れると、直後に火の玉が通り過ぎ、地面に着弾すると黒煙が立ち上る。


「これは、古代魔法【ファイアーボール】っ!? 魔物も魔法が使えるの!?」

「ダイラタントの属性は火じゃ。それに、奴らは古代魔法を使うことも可能なのは当たり前じゃろ」

「そう言う大切な事は初めに言ってよ、お祖母ちゃん!」


 てか、ファイアーボールが古代魔法とか、他のファンタジーものが知ったら爆笑物だろ。

 今の魔法なんてリリスとかやろうと思えば普通に発動出来ちゃうんじゃないか?

 そんな事を考えている間に、二発目のファイアーボールが放たれる。


「おっとと」


 流石に二発目は難なく避ける事が出来た。射出速度もあまり早くないし、何より相手が発動するときに赤いオーラの様なものが発現するから、油断しなければ問題なさそうだ。これが某アニメの様に自由自在軌道を操れるならば脅威だろうがそう言った技術力はない用なので助かった。


「せやっ!」


 発動後、僅かの間か硬直するのだろう。

 ファイアーボールを放出したダイラタントは素人の俺でも攻撃を当てる事が出来た。

 ユニスさんも最初は未知の相手に戸惑っていたのだが、徐々に慣れ始めたのか迫り来るダイラタントを次々と鎌で刈り取る。

 俺も負けじと鍬で一撃入れ、力尽きたのを確認してから次のダイラタントに鍬を入れ続ける。


「この様子なら何とかなりそうだな」

「油断しないで、クーちゃん様。相手は魔物。私達が想像出来ない特殊技能を備わっているはずよ」

「特殊技能? それはスキルみたいなものか?」

「スキルが何を意味するか分からないけど、そんな感じかな。確かダイラタントの特殊技能は……」


 少しずつ数も減っていき、終わりも見え始めてきたなと思っていた最中、ダイラタント達が奇妙な動きを見せ始める。奴らは俺達二人に突貫するのを止めると、一か所に集まり始めたのであった。

 そんな動きを見たユニスは「まずいわね」と表情を強張らせつつも、大地を強く蹴り飛ばして奴らに詰め寄る。


【戦技・ジェットストリーム】


 詰め寄った勢いのまま、集合しつつあるダイラタントに一撃を加えると、大きく跳躍を見せてその場から離れる――と、思ったら空中で跳躍した方向と真逆に軌道を変化させたのであった。まるで何もないはずの空間に足場が形成されて、三角跳びを行ったようなイメージと言えば分りやすいだろうか。

 一撃離脱戦法を行うかと思いきや、まさかの突進戦法。相手に時間を与えないと言わんばかりに次から次へと斬撃を与え続ける。


「すげぇ」


 常人離れした動きに戦い中にも関わらず目を奪われてしまう。あれほどの素早い連続技を受けたら流石のダイラタントも力尽きてしまうだろう。どうやら、この戦いは無事に俺達の勝利で終わる――と思っていたのだが。


「……手応えがない」

「気を付けるじゃ、ユニス。合体変化をしたそやつらは手ごわいぞ」


 カレルさんの忠告にユニスさんは「分かっている」と短く答えて、更に一撃を与えようと横薙ぎに振るうのだが、一つの集合体となったダイラタントは体の一部を鞭の様に飛ばして彼女の手に絡みつかせたのであった。


「しまっ、きゃっ!?」


 絡ませたそれを引っ張り、ユニスさんの体が宙に投げ出される。受け止めようと彼女の元へ駆け寄ろうとするのだが、近寄らせまいとダイラタントがファイアーボールを発動させて牽制してくる。


「くっ、この野郎。集合体になったら同時に五発も出せるのかよ!」


 一発と高を括って強引に詰め寄ろうとしたのだが、予想外にダイラタントは同時に五発のファイアーボールを生み出して俺に飛ばしてくる。更に集合体になったことにより射出速度が向上しているらしく、ぎりぎりまで見極めて躱す事が困難であった。そのせいでユニスさんに近寄る事が出来なかった。

 空中に投げ飛ばされたユニスさんは勢いよく地面に叩きつけられる。受け身すらままならず背中から落ちたせいで呼吸困難に陥ってしまったようだ。直ぐに回復したのか軽くせき込みながら立ち上がろうとするのだけど、その隙にダイラタントは絡みつけていたそれを滑らせ、彼女の四肢に巻き付ける。


「ちょっ。なによこれ」


 これは……。

 気が付くと人型に変化を遂げたダイラタントは、自分のそれを動かしてユニスさんの体に這わせる。両手両足の自由を奪った事により、進軍を阻止できないユニスさんの体の至る所にダイラタントのそれが纏わりついて行く。こう言ったらなんだけど、正直に言ってエロいな。友人に無理やり見せられた漫画にこんなシーンがあったけ。


「まずいぞ。早く救い出さないと、ユニスの初めてがあ奴に奪われるぞ」

「……は? 初めてって、まさかさっきのあれって本当だった訳?」

「当たり前じゃ。あたしが嘘を言っていたと思っていたのかい」

「思うだろう、普通は!」


 なんてこった。初めに言ったあれは俺達が油断しない様にブラフをかませたと思いきや、まさか本当の事だったとは。


「ほら、あたしに怒鳴るよりも前にさっさと助けに行きなさい。いま、凄い事になっているぞ」


 だったら、あんたが助けに行けと言いたいのだが、魔法が通じない以上、このババアは完全に戦力外。脳天に一発ぶん殴りたいところだが、触手の様に体を撫で回すダイラタントを見た以上、そんな暇はない。ないのだが……。


「くっ」


 一歩、足を踏み込むと同時にファイアーボールが飛んでくる。こっちに来るなと言わんばかりに古代魔法を放つダイラタントにどうにかして接近したいところであるが、俺の戦闘技術ではそれは難しい。二の足を踏む俺にカレルさんは「仕方がないな」とあきれつつも、魔法である物を取り出したのであった。


「ほれ。これを食べな」


 渡されたのは二粒の小さな豆であった。


「これは?」

「強化薬じゃ。これを食べれば一時的にお主の身体能力が倍加される」

「それはすごい」

「じゃが、当然副作用も持つ。一定の時間を過ぎるとその……なんじゃ」

「なんですって? よく聞こえませんが!?」


 一刻も争う状況なのに、そんなモゴモゴして言われても聞き取れないだろうが。


「これを食すと同時に性欲も倍になるのじゃ」

「……は?」

「つまり、効果が切れるとお主はムラムラして、性的欲求を発散せずにいられなくなるのじゃ」

「なんで、そんな副作用があるんだよ! なんでもかんでもそっち方面に持っていくって、この世界は少しトチ狂っているぞ」


 副作用が媚薬効果とか酷い薬もあったものだ。大体、男性が絶望的に少ないこの国でそんな副作用がある薬の需要があるとは到底思えない。

 まさか……。


「なぁ。カレルさんや」

「なんじゃ?」

「この戦い……。まさか、あなたが仕組んだ事じゃあるまいな」


 冷静になって考えてみれば、色々とツッコミどころが多すぎる。

 突然魔物が現れたり、俺達の得物が農具だったり、疑問点を上げればキリがないだろう。

 極めつけがこの媚薬効果と言う副作用を持つ薬の登場だ。まさかとは思いたくないが、これはカレルさんが俺を陥れる罠の一環と考えてしまった。


「何の事じゃ。あたしは知らないぞ」


 素知らぬ顔で否定されるが、僅かながらカレルさんの眼が泳いでいる。

 俺が図星を付いた事に僅かながら動揺が見えたと考えてよいだろう。けど、ここで追及した所で誤魔化されるのが目に見えている。時間的余裕もない事なので、俺は「そうですか」と気づかない振りをしつつ、カレルさんから渡された強化薬を一粒口に含む。


「俺はてっきり、ユニスさんを抱かせる為の策略かと思ってしまいましたよ。疑ってすみませんでした」


 わずかな苦みが口の中に広がるのを感じつつ、俺は今にも凌辱を始めそうなダイラタントに向けて駆け出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。