初魔物、登場!?
「……眠い」
「クーちゃん様。だらだらやっているとそのうち怪我をするよ」
昨日と違って仕事に集中しきれていない為にユニスさんからお叱りを受けてしまった。
いかんいかん。幾ら寝不足だからと言って、そんなのは言い訳にならんよな。報酬を貰う身として、もう少し仕事に集中しなくては。
緩み切った自分自身に喝を入れ、再び地面に鍬を入れ始める。
「……もしかして、昨日はお楽しみでした?」
「うん。ユニスさんが何を言いたいか理解できる俺が嫌だけど、断じて違うからな。それに年若い女性がそんな事を言うのはどうかと思うぞ」
どうして何かがあるとそっち方面に持っていこうとするのかね、ここの世界の人達は。ただ単に昨日のあいつの言葉が気になって寝る事が出来なかっただけなんだが。
クスハさんやイリスさんも俺が寝不足だと知ると「昨晩はお楽しみでしたね」と言ってくるのだから非常に困ったものだ。据え膳食わぬは男の恥なんて言葉があるが、据え膳食った方が男の恥になる場合はどうすればいいんだよ。据え膳バイキングを差し出されても困るんだよ。な、普通はそうだろ。ハーレム思想を持ち合わせている男がリアルにいると思うなよ。
「そうなの? でも……。それじゃあ、あれは?」
予想外の返答に目を丸くさせたユニスさんは、俺達の仕事を見守る二人の女性を指差す。
恐らく彼女が何を言いたいのか分かるのだが、俺はあえてユニスさんが言いたい言葉を分からない振りしながら、今日の事を正直に話すことにした。
「俺がリリスの屋敷で世話になっているのは、今日の休憩時間に話したよね」
「昨日、イーちゃんさんも似た様な事を言っていたね。本当だったんだ?」
信じていなかったのかい。
てか、イーちゃんさんって、もしかしてイリスさんの事か?
少し前から思っていたけど、ユニスさんのニックネームの付け方は安直と言うか、センスがない気がする。俺の事もクーちゃん様だし。そうなるとダイナさんも同じことが言えるのか。
「本当だ。それで、俺のサポート役としてイリスさんが専属メイドとしてお世話してくれるようになったんだが……。その、な。俺が初日以外、ずっと外出していたのがよくなかったみたいで」
「つまり、シルフィード家に仕える他のメイドさん達から抗議があったと?」
「お察しの通りです」
朝食時、またもや俺が仕事の為に外出すると聞いた時、他のメイドさん達の様子はすごかったの一言しか言い表せなかった。雇い主のエリスさんが「仕事なんだから仕方がない」と説得を試みたのだが、他のメイドさん達は「イリスばかりシンヤ様に仕えるのは依怙贔屓だ」と一向に引いてくれなかったのだ。
このまま彼女達の意見を無視したら暴動が起こると思ったのか、エリスさんは「わかった。分かったから、少し抑えてよ。ね、ね?」とあっけなく白旗を振ってしまったのだ。
そんな事の顛末をユニスさんに説明する。彼女は直談判した彼女達の気持ちが理解できたのか「ご愁傷様」と言って苦笑いするのみであった。
「それで、今日はあの人達って訳か。どっちも可愛らしい子じゃない。明日も寝不足確定ね」
「だから、何度も言うけど、そんな事は一度もしていないからな。一度も!」
大切な事だから二回程続けて言ってみたのだが、彼女は「ふーん」と全く信じてくれていないご様子。女性を取っ替え引っ替えしているように見えなくもないから自分でも説得力がないのは理解しているのだが、事実だからしょうがないじゃないか。
「そう言えば、昨日はお祖母ちゃんと何を話していたの?」
「ん? ああ、そのことね。それは――」
昨日、カレルさんに戦神の遺産であるバトルユンボを見せてもらったことを告げると、ユニスさんは驚いた表情を見せる。
「え? あれを見せてもらったの? お祖母ちゃん、私が見せてって言っても、全く見せてくれないのに……」
「そうなのか?」
「うん。お祖母ちゃんが言うには「これは代々ユンカース家を継ぐ者のみにしか見せられない」らしいよ」
それって、聞き様によっては俺がユンカース家を継ぐ様に聞こえるのは気のせいだよな。
ユニスさんも似た様な事を考え付いたのか、頬を赤らめながら訪ねてくる。
「……もしかして、クーちゃん様。その……。私のお婿さんになってくれるの?」
「非常に魅力的なお話しだが、違うからね。カレルさんが見せてくれるって言ったから、見せてくれただけだし」
「そうなんだ?」
ユニスさんは俺が蛮勇召喚でこの世界に来た異世界人であることは知らないはず。やはりと言うか、そう言った結論に至るのは仕方がないが、そう言った事情があるならばちゃんと説明して欲しかったな。
「それで、どうだった?」
「どうだった、と聞かれてもすごかったとしか言いようがないんだが」
あれはこの世界では異質な物としか言い様がない。あんな技術がこの世界にあるならば、もう少し文明が発展してもおかしくないだろう。何せ、あれは俺達の世界でも製作出来るか微妙なところなんだから。
「私も幼いころに一度だけ見せてもらったけど、凄いよねあれ。私、あれを装着した人と一緒になるのが子供の頃の夢だったんだ」
「へぇ。そうなんだ? ちなみにユニスさんは、あれの事をなんて説明されたの?」
「バトルユンボの事? 確か……。お祖母ちゃんが言うにはご先祖様の大切な物であり、ユンカース家の家宝って言っていたかな」
なるほど。
つまり、彼女には未だにあれが初代勇者の仲間である戦神の武装である事は知らされていないんだな。カレルさんの言葉が本当であるならば、ユニスさんは戦神の妹さんの血を継いでいる事になる。そんな重大な事を知っていたら、今の様に学園の門番なんかしていないだろうな。
「カレルさんの話では、今まで動かした人がいないと聞いたけど本当なの?」
「そうみたいなの。前にお父さんが興味半分で装着しようとして、お祖母ちゃんに怒られた事があるの。その夜、お母さんにこってり絞られて大変だった、と嘆いていたよ。なぜか、お母さんの肌が艶々になったような気がしたんだけど、なんでだろう?」
それはつまり、お叱りを口実に色んな意味で搾り取られたって訳かい。
ユニスさんのお母さんも中々どうして……。同じ男として、この場合はご愁傷様と合掌するべきだろうか。
「二人とも、作業の途中で悪いんだが、少しいいかい?」
「お祖母ちゃん? どうしたの。まだ、休憩時間には早いと思うんだけど」
「少し、困ったことが起きてね。ちょっといいかい」
どことなく様子がおかしいカレルさんの言葉に俺達は首を傾げつつ、作業を一旦中断して、カレルさんの後を追う。
気を使ってくれたのかメイドの二人は、残った俺達の作業を継いでくれたから大助かりであった。ただ、後ほどご褒美をくださいと頼まれてしまったので、また今日も試練のお時間が待っていると思うと複雑な気持ちでいっぱいであった。
***
カレルさんに連れられた場所は、この畑の生命線になる湧水であった。
「これは……」
見慣れた水場の惨状を確認したユニスさんが言葉を失う。
「こいつはひどい。水が赤く変色しているとは……」
まるで赤錆でも混じったように濁ってしまった水場を俺とユニスさんは目を剥くしか出来なかった。この水場はユンカース家の農業用水として利用されている。魔法がご法度なユンカース家の畑にとって、この水場は大切な場所である言っても過言ではない。
「原因はあれか?」
「そうみたいね。しかし、あれは……」
「ダイラタントさ。あたしも初めて見るね。まさか、このご時世に魔物を見る日が来るなんて」
どうやら、あの赤いゲル状の名称はダイラタントと言うらしい。
しかし、それよりも気になる事を言っていたな。
「カレルさん。あれが魔物と言うのも気になりますが、このご時世とはどう言う意味で?」
「おぉ。お主は知らなかったな。四代目勇者が魔王を倒してから、この世界には魔物はほぼ絶滅されたと聞く。もともと、魔物は魔王が生み出したある施設によって作られた創造物じゃ。魔王が消え去った時に自然と魔物も姿を消していったらしい。だから、平和になったこのご時世で魔物を見るのは珍しい事なのじゃ」
だから、ギルドの討伐依頼も少なくなっていったと言う訳か。
魔物と言う単語も全く持って聞く事がなかったから、きっと本当の事なのだろう。
「なるほど。しかし、解せないな。だとしたら、何でこの場にこんな大量のダイラタントが発生したんだろうか。しかも、昨日は姿形も見る事はなかったのに」
「そこなのじゃ。あたしも朝方水を汲むのに訪れたが、その時はまだ普通だった。お主が来てほんの少ししてから訪れたらご覧のあり様じゃ」
ますます解せないな。
証言通りだと、このダイラタントが来たのは俺達が仕事をしている最中となる。
その時は俺達の他に多くの労働者がいたはず。侵入してきたのならば、誰かが遭遇してもおかしくないのだが。
「いったい、奴らはどうやって……」
「恐らくは、地下から来たのでしょう。奴らの別名はスライム。身体を自由自在変化させることが得意の奴らは、好物の水を取り入れる為に地面と同化する性質を持っています。推測ですが、ユンカース家の湧水に釣られて地下から出現したと思われます」
「なるほどね。奴らの生態に付いては多少理解した。さて、ここから本題なのだが、俺達はどうすればいいんだ、カレルさん。あなたとあろうものが、まさか俺達に退治を依頼するとは思えないのだが」
こんな状況の現場に俺達を連れてきた理由は退治意外に考えられないのだが、カレルさんの魔法技術ならば、あの程度の雑魚に後れを取るとは到底思えない。
わざわざ自分たちを連れてきた理由が分からないと尋ねると、予想もしなかった解答が返ってきたのだった。
「そのまさかじゃ。あいにく、奴ら魔物はあたしたちの現代魔法は全く持って通じない。奴らに通じる攻撃手段は古代魔法と物理的攻撃のみ。いま頼れるのはあんたら二人だけなのじゃよ」
……は?
通じないの? 魔法は。
まさかの魔法役立たず説が飛び込んできたので、唖然とするしかなかった。
今の今まで、魔法万能説を聞かされた身としては、肝心な時に使えない事に呆れるしかなかった。それでどうやって過去の勇者様達は死線を潜り抜けてきたと言うんだ。
「心配するんじゃない。奴らは魔核と呼ばれるコアを破壊すれば絶命する雑魚中の雑魚じゃ。素人のお前さんでも奴らに勝つのは容易いじゃろう」
「俺が素人と分かって居るならば、何で俺をこの場に連れてきたんだよ。ユニスさんみたいに剣とか使えないぞ、俺は」
「もっともな疑問じゃが、これはいい機会じゃ。お主に経験を積ませるのに打って付けの相手だと思うが、どうじゃろう?」
それを聞いて、昨日の奴の言葉を思い出す。
奴は戦いに備える為に体を鍛えておけと言っていた。
戦いとはこの事を言っていたのだろうか。いや、しかし。忠告した翌日に戦闘が起きる事を知っていて、そんな助言をしてくるだろうか。
もしも、これからも似た様な事件が起きるならば、カレルさんの言うとおりこの状況は打って付けかもしれない。有名なRPGゲームでも、まずはスライムを倒して経験値とお金を稼いでレベルアップしている事だし、俺もそれを見習うべきかもしれない。
「……了解。と、言う事でユニスさん。足手まといになるかもしれませんが、よろしくね」
「よろしくねって、本当に大丈夫? あの程度ならば私一人でも何とかなると思うけど」
「魔物と対峙するのはユニスも初めてじゃろ。油断して、奴らに負けて苗床にされてもあたしゃ責任もてないさ」
「苗床って……。お祖母ちゃん、それって……」
「なんじゃ、知らなかったのかい? 魔物はなぜだか人間の女子が好きでね。とらえた女子に――」
「ああ! そう言う生々しい事は言わないで下さいよ、カレルさん」
少し想像してしまったじゃないか。
そう言う属性はないから少し吐き気を覚えたぞ。
「ユニスさん、とにかく油断しないで行こう」
「う、うん。その……。何かあったら助けてよね」
「よし。覚悟が決まった所で、お主らにこれを渡そう」
お決まりの指パチンで魔法を使ったカレルさんは、どうやら俺とユニスさんが使う武器を取り出してくれたようだ。得物を提供してくれたのはありがたいのだが、カレルさんや。あんた、まさかと思うけどウケを狙った訳じゃないよね。
「お祖母ちゃん。普通、この状況で鍬と鎌はないんじゃない?」
カレルさんが提供してくれた武器は農具でお馴染みの鍬と鎌であった。
ババア、はっきり言わせて頂こう。あんた、この状況をちょっとは楽しんでいるだろ。




