戦神の遺産
あのババアのせいで大変な目にあった。
……いや、現在進行形であっていると言った方が正しいか。
「…………」
ババア、もといカレルさんの言葉を気にしているのか、さっきから畑を耕しながらチラチラこちらの様子を伺っているユニスさん。
こっちが彼女の方へ視線を向けると慌てて作業に没頭し始めるのだが、あれでバレていないと思っているのかな。
「ものすごく意識していますね、シンヤ様」
俺の隣で、同じように畑を耕すイリスさんが言う。
「どことなくキミは楽しそうだね」
「そうですね。シンヤ様がその気になさってくださるならば、私としては大歓迎と言いますか」
「キミ。本当にいい性格しているね。あと、メイド服から着替えたのは良いけど、オーバーオールの下にシャツぐらい着なよ」
「だって、暑いんですもの」
気持ちは分からなくないけど、オーバーオールとブラ姿は淑女としてどうなんだと問いただしたい。特にイリスさんは年齢の割に見事な双子山を持っているんだ。ほとんどそれ、胸が隠れていないだろう。なに、サービスシーンなの? 見たければディスクをお買い上げしなさい、とでも言うつもりかい。
「……す、すごいな」
それは何を持って「すごい」と感想を漏らしているんだ、ユニスさんや。
明らかに視線がイリスさんの揺れる双子山に向けられているね。確かに彼女の戦力は絶大なるものがあるけど、自分の戦力差と比べて絶望する必要ないからね。あなたはあなたで良いものをおもちなんだから……。って、いかんいかん。油断すると直ぐにそっちへ思考が働いてしまう。今は無心に畑を耕すのみ。平常心だ、平常心。作物を育てる為に雑念は不要だ。
「二人とも。今日はこの辺にしましょうか?」
「……ん? なんだい、ユニスさん。まだ半分しか終わっていないけど、いいのかい?」
一心不乱に畑を耕しているとユニスさんから終了のお言葉を貰う。けど、素人目からしてみても、まだ優に半分以上は畑を耕す必要があるはず。
「今からやったら夜遅くまでかかっちゃうし、残りは明日やる事にしましょう。良いよね?」
……明日?
「シンヤ様。契約では本日と明日、お手伝いのお話しとなっていますよ」
「え、本当?」
どうやら契約書にはちゃんと記載されていたようだ。
危ない危ない。こう言った勘違いで相手に迷惑をかける可能性があるから、今後は気をつけなくては。
「了解。イリスさん、今日はこれで切り上げようか」
「……あ、はい」
イリスさんの言葉に従い、俺達は作業を終える事にした。
「あちぃ」
単純作業であるが仕事内容は中々ハードであった。
汗のせいでシャツやその他もろもろがびしょびしょでべた付いて気持ち悪い。
「ずいぶん汗も流したし、うちでシャワーでも浴びていく?」
ユニスさんの申し出に俺達二人はお言葉に甘える事にした。
***
「ふぅ。さっぱりした」
「おや? 随分と早かったじゃないか。やっぱり、男なんだね」
軽く汗を流して早々と浴場から出た俺を待っていたのは、編み物に精を出しているカレルさんであった。
「はい。シャワー、ありがとうございました。あまつさえ着替えもお借りしてしまって」
汗を流して再び自分の服を着る事を覚悟していたにも関わらず、ユンカース家はちゃんと男物の服――作業着であったが――を用意してくれた。さすがに下着は用意されていなかったので、仕方がなく今回はあきらめたが。
……うん、男のノーパンとか誰得って感じだよな。言った俺が悪かったよ。自分で言って気分が悪くなったし。
「いいんじゃよ。それも再び着てもらってさぞかし嬉しかろう」
「そう言えば、これはどなたのなんでしょう? あ、もしかしてカレルさんの旦那さんの物とか?」
「よく分かったじゃないかい。そうさ、それは私の旦那が愛用していたやつでね。少しサイズが大きいかと思ったが、問題なさそうじゃな」
「そうでしたか」
「二人を待っているまであれじゃろ。なにか飲むかい?」
「では、冷たいものを何か」
カレルさんは「あいよ」と了解の意を示すと唇に指を触れ、投げキスを敢行する。
ご老人から投げキスを貰ってもな、なんて失礼な事を考えていたら食器棚からグラスが飛び出し、テーブルに置かれると同時に頭上から水が注がれる。そして最後にサイコロサイズの氷の粒が入れられ、俺の手元へと瞬間移動された。
「なんじゃい、呆けた顔をして」
「あ、いや。その、流石と言うかなんて言いますか……。素直にすごいですね、今の」
「そうかい? こんなの複数の魔法を一緒くたに構築しただけじゃよ。少し練習すればだれでも出来るじゃろうな」
「そうでしょうか? 今の一つの動作でそこまでプログラムに組込むのは大変至難の業と思いますが?」
少なくとも最低でも三種類の魔法が発動したと思われる。
一つ目は特定の物を特定の場所へ運ぶ魔法。これは任意の物を任意の場所に移動させる技術が必要と思われる。しかも、グラスはガラス製品と来た。グラスが割れない様にテーブルへ降り立つ時は粋な事に地切り――一度、その場に停止させてゆっくり降りること――までしちゃうのだ。
二つ目は水と氷を生み出す魔法。これに関してはグラスに溢れない様に注がれる量が調整されているところがミソと言うべきか。氷も解けやすい用に小さく細切れにされているから中々どうして。
最後は俺の手元に移動された瞬間移動だ。まさか瞬き一つしただけで、テーブルの上にあったグラスが俺の手元へ移動された時は驚いて水をこぼすところであった。
たとえ、基本的な魔法だと言え、これだけ高等技術のオンパレードを投げキス一つで発動させたのはカレルさんが優秀な魔法使い……いや、大魔導師様である確たる証拠であった。
「……まぁ。お主もその異能封じの蛇が消えれば、これぐらいの事は簡単にできると思うがな」
「え、それは本当ですか?」
「お主は蛮勇召喚から来た人間じゃろ? だったら、召喚に応じた者は常人では考えられない能力を備え持つはず。魔力や身体能力も本来ならもっと優れているはずじゃよ」
「……じゃあ、なんで俺は」
「考えられるのはいくつかあるが、大まかに分けると……。一つは召喚を使った者があまりにも未熟すぎるためじゃ」
皮肉が込められた魔法であるが、それでも超高等技術を有する魔法である事は間違いないとのこと。そんな高レベルの魔法を未熟者が使えば、召喚に応じる者もそれ相応の者しか呼ばれないらしい。
仮に術者以上の者が召喚に応じても力に制限がかかる事も少なくないとのこと。
俺に異能封じの蛇が纏わりついている理由は術者に原因があるかも知れないと、カレルさんは推測した。
「他には?」
「あとは……。これは考えにくいのじゃが、召喚陣に何らかの細工がされていたのかもしれないが、こっちは可能性的に少ないと思われる」
召喚陣に細工をする事で誤作動を起こす事も出来るようだ。
しかし、召喚陣は魔法陣と同じで規則的な法則に従って描く必要がある。仮に術者が間違えて陣形を描いたとしても発動しないだけで、誤作動が起きる事はないようだ。
「まぁ。どちらが原因だとしても、何とかできるのは術者のみじゃ」
結局のところ、何とかするにはリリスの成長が必要不可欠のようだ。
「しかし、随分とお詳しいのですね」
「なぁに。さっきも言ったじゃろ。あたしゃ、先代様達の記憶も引き継いでいるのさ」
「あー。確かにさらっととんでもない事を言っていた気がしましたが、あれって本当だったんですね」
「まあ、信じられないのも無理はないじゃろう。あたしも先代様達から引き継ぐまで全く持って信じていなかったしね。んで、その時知ったんじゃが、どうやらユンカース家は代々勇者を支える家系だったみたいのじゃよ」
またもやさらっととんでも発言が飛び出したな。
カレルさんの話ではユンカースは初代勇者を支えた戦神の血が流れているらしい。厳密に言えば戦神の妹君の血脈だそうが。
「まあ、色々あったようでね。戦神は勇者を護って行方不明。あたし達のご先祖様である戦神の妹君はいつ戦神が戻ってもいいように記憶の継承を行い、待ち続けているとのことさ」
「……待ってくれませんか。確か記憶が正しければ初代勇者様に関しては記述がまったく残っていないとか。今、それを知る者は誰もいないと聞いていましたが」
「おや? よく知っているじゃないか。そうじゃね。今、初代様を初め、二代目様、三代目様、そして四代目様の詳細を知っているのはこの世でもあたしだけじゃないかね」
どうやらユンカース家は代々勇者を支えてきた家系のようだ。
しかし、その誉れ高き戦士の家系が、どうして今では畑仕事なんかやっているのだろう。
「お主、思っている事が顔に出るようじゃの」
「……え、あ。す、すみません」
「なぁに、気にせんよ。恐らく、そんな家系がなんで今は畑仕事に精を出しているのか、と言う事じゃろ?」
「……はい」
「もともと、ユンカース家はただの畑仕事を生業とした農民じゃよ。戦神はそんな農作業が嫌で、初めは勇者と一緒に旅に出たとらしいぞ」
な、なるほど。なんかその戦神武勇伝を聞いて執筆したら物凄く売れそうだな。
題して、初代勇者を支えた戦神の生き様……。うん、自分で言ってなんだがセンスの欠片も感じられない題名だったな。
「そうじゃ、かつて戦神が使っていた武器があるのじゃが、見てみるかい?」
「え、いいのですか!?」
「構わんさ。……もしかしたら、お主になら」
後半がよく聞き取れなかったが、戦神が愛用していた武器と聞いて色々と妄想が膨らんでしまう。
いったい、かの戦神様はどのような武器をお使いになっていたのだろう。
無難な所で行くとやはり剣だろうか。両刃の大剣がイメージ的にピッタリだよな。
それとも勇者を護る事を考えると突撃槍と盾なんて組み合わせも映えるかもしれない。
どちらにしろ、ファンタジーになくてはならない物を見る事ができるんだ。なんか、ものすごくわくわくしている俺がいるよ。まるで童心に返った感じがする。
まだ、彼女達二人も上がってくる様子が見られないし、俺はカレルさんのお誘いを受けて初代勇者様を支えた戦神の武器を見に行くことにした。
***
「さて、着いたぞ」
カレルさんの転移魔法で移動した俺達は……って。
「あの、カレルさん?」
「ん? なんじゃ?」
「確か、ユンカース家では魔法は無暗に使ってはいけないのでは?」
「今さらじゃないか。なぁに。これは秘密なんじゃが、本来は作物を対象とした魔法のみ禁じればいいのじゃよ」
それは大体予想できていた事であったが、それでもトップにいるであろうあなたが軽々と魔法を使うのはどうだろう。水を貰った時も何の疑問も感じることなく受け取ってしまったが。
「ま、若いうちは苦労しないとな。魔法で楽をするなど五十年早いのさ」
前進し、戦神が愛用していた武器がある場所へ歩みだす。
どんな武器を見せてくれるだろう、とドキドキワクワクしていると、カレルさんは俺が想像もしていなかったあるものの脇に立って云うのだった。
「これが、初代勇者様を支えた戦神の相棒。バトルユンボじゃ」
おいおいおい。どうなっているんだ、ファンタジーよ。
まさか、戦神さんが愛用していたのが剣でもなければ、斧や槍でもないなんて。
これはどちらかと言うと近代系で出てくるバトルスーツじゃないか。
しかも、両腕に油圧シリンダーで可動するアームがあり、両足にキャタピラが付いているそれは間違いなくショベルカーですよね、これ。
どこまでこの世界はお約束に喧嘩をうるんだよ、おい。




