理解者と思っていたのに
それは予想もしていなかった一言であった。不意打ちにも程がある。
記憶が正しければ蛮勇召喚はシルフィード家に伝わる禁術指定の魔法であったはず。
四代目勇者が元の世界に戻ってからどれほどの時間が経っているのか知らないが、果たして無関係者の人間が蛮勇召喚を知っているだろうか。可能性から考えると極めて低い気がする。それに加えてこの婆さんは見ただけで俺が蛮勇召喚に呼ばれた人間と看破した。
先ほどの威圧感といい、この婆さんは本当に只者ではなさそうだ。
「……あなたは何者です?」
「自己紹介がまだだったね。あたしゃカレル・ユンカース。見た通り、ただの老いぼれさ」
「ご謙遜を。ただのご老人とは到底思えません。さぞかし名高い賢者様とお見受けしますが」
「賢者ねぇ。あたしゃ、そう言った偉そうな名前が好きじゃなくてね。呼ぶなら大魔導師様とでも呼んでほしいものじゃ」
「……なるほど。自称できるほど魔法のお力に自信があるとお見受けできる」
「おやまぁ。もしかしてあたしゃ、誘導尋問に引っ掛かったのかい。若いくせに中々侮れないね」
「白々しい。ご自身で名乗り出たと言うのによく言います」
「そうじゃったかのぉ」
ケラケラ調子よくお笑いになる。
この調子で腹の探り合いをしても俺程度が経験豊富のご老体から情報を引き出すことはできないだろう。それなら、ここは若者らしく真正面から相対するべきか。
「なぜ、あなたは俺が蛮勇召喚に応じた人間だと見抜いたのでしょう」
「なぁに。あたしゃ、特別な眼を持っていてね。人の魔力の流れを見る事ができるのさ」
なんかそれ、とある漫画に出てきたあれに似ているな。
「あたしが見る限り、あんたは中々面白いものに纏われているぞ」
「先ほども似た様な事を言っていましたね。面白いものとはなんでしょう?」
「蛇じゃ」
「蛇?」
「作用。お主の全身に蛇の様が纏わり付いている。これはおそらく、異能封じの蛇じゃな。お主、召喚特有の異能が上手く使えないのじゃあるまいか?」
異能封じの蛇。文字通り、俺の何らかの力を封じ込める力という訳か。
しかし、そんな魔法を何者からも受けた覚えはない。
婆さんの言葉を信じるのは少し判断材料に欠けるが会って間もない人間がこんな虚言を吐くのも少し考えづらい。
「その様子。どうやら信じられないらしいな」
「……そうですね。にわかに信じられないのは確かです」
「正直に言うな、お主」
「言い繕った所で仕方がないでしょう」
「はは。確かにな」
カレルさんの言葉を「信じていません」と言ったようなものなのに、この人は気にする様子もなく話を続ける。
「蛮勇召喚から来たものなら、この国の常識に色々と思うところがあるじゃろう」
「……わかっていただけますか?」
「完全に理解してあげることは難しいが、昔と比べると色々とずれていることは自覚しているさ」
……お、おぉ!
「そ、そうなんですよ。この国と言うか、この世界? の常識にほんと色々とついて行けないんですよ」
な、何てことか。
まさか、俺の気持ちを少しでも理解してくれる御仁がおられたとは。
今回のクエストは報酬以上に思いがけないよき出会いが会ったと言えよう。
気持ちを理解できるものと出会えたことが、これほど嬉しいとは思ってもみなかった。
「なはは。あたしも先代様達の記憶を受け継いでいる身じゃがら、そこそこ理解してあげられるつもりさ。何か困ったことがあれば言ってみな。少しぐらいは手助けしてやるさ」
「それはありがたいお話しですが……。その、会って間もない俺なんかを――」
「気を揉んでくれるのか、じゃろ? なぁに。記憶を受け継いでいる身からしてみれば、お主は懐かしい存在なのじゃよ」
「……懐かしい存在?」
「おっと。少し話し過ぎたかのぉ。ほれ、お主は仕事をしに来たのじゃろ?」
「……っと。少々会話に花を咲かせすぎましたね。……あの、ユンカースさん。できれば、またお話しを伺いに来てもよろしいでしょうか?」
「言ったじゃろ。少しぐらいなら手助けしてやるとな」
「あ、ありがとうございます!」
やばい。妙に気持ちが高揚してやば過ぎる。まさかこれがときめきと言うものか。
もう少しで、カレルさんに惚れてしまうところだったかもしれない。
俺は勢いよく頭を垂れ、意気揚々と仕事に戻って行った。
気のせいか、この後の仕事は妙に体が軽かった。気持ちが楽になったのかもしれないが、先ほどと違って動きのキレが上がった気がする。これが俗に言うキレキレと言うやつか。
***
「なんか妙に元気になっているね、クーちゃん様」
「そうかい?」
俺のハイテンション振りを見て、何を思ったか知らないが若干引き気味であった。
「だって、一日はかかるであろうと思ったシャベツの山をこんな短時間で移送して仕分けするなんて異常よ異常。見ないところで魔法を使ってずるなんかしていませんよね?」
「しないよ、そんなこと。そんな事をしたら売り物にならないんだろ」
「……分かっているならいいんだけど」
その眼はまるっきり信じていないだろ。「わたし、疑っています」とあからさまに疑いの眼差しを向けるのはどうかな。
「そんなに言うならば、確認してみたら? 魔力を測定するような何かがあるんだろ?」
「……いいわ。そこまで言われたら信じてあげる」
「自分で言うのもなんだが、そんな簡単に信じていいのか?」
「これぐらいは信じてあげるわよ。肌を重ねた同士だしね、私達」
「うん。信じてくれるのはうれしいけど、誤解を招く発言は控えてね」
「じゃあ、今度は一緒に畑を耕すのを手伝ってくれない?」
「お安い御用で」
次の仕事は土を掘り返す作業とのことだ。
ユニスさんから鍬を受け取り、耕し作業が必要な畑に案内される。
畑を耕すなんて初めての事だったから、最初は勝手が分からなかったが横でユニスさんが指導しながら一緒に耕してくれたおかげで、徐々に鍬を振り下ろす加減も慣れ始めてきたのだった。
「うんうん。いい調子じゃない、クーちゃん様。これなら、いつでもユンカース家に婿入りしても問題ないよ」
「あはは。それはうれしいお誘いなこと、で!」
あれからどれほど経ったか知らないが、やっと体が畑を耕す感覚を理解してくれたらしい。今ではこうしてユニスさんと話しながら地面に鍬を入れる事も出来る様になった。
「お二人とも。そろそろご休憩をなされたらいかがでしょう! お茶をお持ちいたしました!」
汗水垂らしながら何度も地面を耕していると、遠くからイリスさんの声が届く。
あれから姿を見ていないと思ったら、彼女は休憩用のお茶を用意してくれたみたいだ。
「クーちゃん様、少し休憩にしましょう」
「了解」
***
イリスさんの休憩のお誘いに応じて歩み寄ってみると、そこには彼女の他にカレルさんも座してお茶を啜っていた。
「ご苦労さん。二人とも、随分と頑張っているじゃないか」
「……あれ? お祖母ちゃん?? ちょっと、腰の具合は大丈夫なの?」
「なはは。これぐらい、少し休んだら。……っ!? っててて」
元気であることを見せる様に体を伸ばすのだが、今ので多少ながら腰に痛みが走ったのだろう。苦悶の表情を見せて、痛めた腰に手を当てる。
「ほら見たことか。もうお歳なんだから、無理をしたらダメだよ」
「まだまだ若いものには負けんさ。あたしゃ、あんたの孫を抱きあげるまで、現役でやるつもりさ」
「孫って……。もう、何歳まで生きるつもりなのよ」
「カカカ。少なくともお主が良い人と一緒になるまで死ぬつもりはないさ。だから、はよ子供を作ってあたしに抱かせておくれよ」
「そんな事を言っても……。この男性が圧倒的に少ない世の中で、いい人とめぐり合わせるなんて」
そこでチラチラと俺を横目で見られても困るんだが。
大丈夫、カレルさん。お孫さんは必ず僕が幸せにして見せます。……なんて、言えと? それはいくらなんでもハードルが高すぎじゃありませんかね。
「なはは。なぁに。いざとなったら、隣で素知らぬ顔でお茶を啜っている男に頼ればよかろう」
「……ぇ。ちょっと、カレルさん。あなた、さっきと言っている事が違いません?」
会ったときは、少しは力になってくれるとか、この常識のズレに苦労していることを察してくれるような事を言ってくれたのに。
「それはそれ、これはこれと言うじゃろ。孫の幸せを考えないババアがどこにいる」
「それはそうなんですが」
「なぁに。ちょっと子種を授けるだけじゃろ。こう見えてもこの子はお買い得じゃよ。どうじゃい? 今夜にでも早速」
「いやいやいや。お孫さんを無視してなんちゅう事を提案するんですか。てか、返してくださいよ俺の感動を。上げて落とすなんてちょっとひど過ぎませんかね!」
「カカカ。そんな昔の事、忘れちゃったね」
前言撤回。……この、クソババアが。




