作家さん宅へ
光と闇が幾度も衝突し合う。
縦横無尽に駆け上がる光は、閃光を纏った剣を手に闇に向けて渾身の一撃を振り下ろす。
光の一撃が強力なのは闇も重々承知している。光の攻撃が届くよりも早く魔法を生み出し、光に向けて解き放つ。
闇の一撃は文字通り暗黒の奔流。漆黒のレーザーが一直線に光に向けて駆け上がる。
『はぁああ!』
数多くの死闘を繰り広げただけあり、光は直ぐに攻撃から迎撃へ行動を移す。燦然と輝く光の剣を突出し、暗闇に向けて飛翔する。
暗黒の奔流を突き破り、己へと襲い掛かる光の姿を見て闇が笑いあげる。
『素晴らしい。素晴らしいぞ勇者。この魔王様の一撃を難なく防ぐその力量、まことに素晴らしい』
闇こと魔王がさらに数発の魔法を放出する。
炎の弾丸、氷柱の突風、雷の蛇。ありとあらゆる魔法を用いて光こと勇者へ解き放つが光の剣が前では無力であった。
炎の弾丸は切り下され、氷柱は砕け、雷の蛇は一刀のもとに切り捨てる。
『素晴らしい。素晴らしいぞ、勇者。ますますお前が欲しくなった。お前の初めては必ずこの妾が貰い受ける。お主の童貞は妾のものだ――!』
***
「って、なんでだよ!」
まさかの魔王様発言に思わず声を荒げてツッコミを入れてしまう。
ひどい。あまりにもひどすぎる。冒頭の方は迫力あふれた戦闘シーンから始まったので、見入ってしまったが、魔王様の発言でいろいろ台無しであった。
「クー君。いきなり大声出さないでよね。ほら、シンシア先生がビックリしているじゃないの」
「あ、ごめんシンディーさん」
ふるふる首を横に振って大丈夫だと言ってくれた。同時にシンディーさんのお山も左右に揺れるのだが、少し揺れ過ぎじゃないか。形の整ったお椀がプルプル震える姿はプリンを連想させるが――って、俺は何を考えているんだ。完全にこの世界に毒され初めて来たな。
「あの……。いかがでしたか?」
「これ、とても面白いですよシンディーさん。絵を描くのお上手なんですね」
「って、こらイリスさん。あなたが読むのはまだはや……いのか?」
いかんいかん。
この世界では俺の知る限りの常識など通用しないんだったな。
どうせこの世界では18歳未満お断りとかそんな決まりごとはないだろうし。
そんなツッコミを入れてしまったら、今現在読んでいる俺はどうなるよって話だよな。
「ちなみにこれってさ。もしかして続き物?」
「は、い。そうで、す。それは最新刊で、その前に二十冊ほどあり、ます」
「二十冊!?」
それは随分と長い物語だな。
それなら冒頭でいきなり勇者様と魔王様が戦っているのもうなずける。
けど、最近ではいきなりクライマックスなんて言葉もあるからな。
「ちなみにさ。この魔王様ってなんで勇者の童貞を狙っているわけ?」
「それ、は」
「勇者様のお力は童貞でなければいけないんですよ、クー君。その為、煩悩に塗れた勇者様は自分に好いてくれるヒロイン達に手が出せず、それでも好きな女の子の為に命がけで戦う生き様がカッコいいんですよ」
「く、詳しいね。ダイナさん」
「そりゃもう、大ファンですから。それで、対する魔王軍は勇者の力を消そうとあの手この手と色仕掛けをするんですが……。あっ。お勧めはボクッ子レトリーバちゃんで、勇者様の体を舐めまわすところなど――」
「わかった。分かったから、とりあえず落ち着いてくれダイナさん」
放っておいたらいつまでも話し続けてしまいそうだな。それだけ彼女の作品に惚れ込んでいるのは分かるけど……。ダイナさん、あなたはいま勤務中のはずだろうに。
「それで、その……。依頼は引き受けてくれ、ますか?」
「えっと……。確か新しい作品為にモデルになれでしたね。それは大丈夫ですが、具体的に何をすればいいのですか?」
「く、詳しいお話はお部屋で話します。まずは私の家までご足労願います」
「了解。……イリスさん、俺達はこれから彼女の家に行くが、お前さんはどうする?」
どうやら勇者様と一緒にはまってしまったのだろう。参考用の見本誌に見入る様に読んでいるようだ。てか、鼻息が荒いよイリスさん。「むはー」なんて女性が軽々と言っていい言葉じゃないよね。
「あ、申し訳ありません。勿論、一緒について行きますよ」
「じゃ、イーちゃん。また、連絡するからね。クー君も約束忘れないでよね」
やはり昨日の口から滑らせた約束は有効らしい。
俺は「まあ、気が向いたらな」と誤魔化すように言い、イリスさんと共にシンディーさんの移動魔法で彼女の部屋にとんだのであった。
***
「ここ、が私の部屋兼仕事部屋になります。す、直ぐに飲み物を用意しますので、適当な場所でくつろいでください」
シンディーさんは自分の部屋にとぶや直ぐに台所の方へ行ってしまった。
「適当にくつろげと言われてもなぁ……」
「凄いですね、色々と」
ある意味ですごかった。具体的には資料と思われる写真や本の量に。
近くに置かれてあった一冊の分厚い本を手に取り、軽く流し読み程度で視線を走らせてみたのだが、中身は魔法に関する論文だったらしく難しい数式やら魔法陣が描かれていて全くもって理解出来なかった。てか、今さらだけど俺ってこっちの世界の文字が読めちゃうんだな。まあ、助かるから良いけど。
「……さて、どうする? この溢れ返った本やら資料を片さないと座れそうにもないぞ」
「そうですね。しかし、下手に整理してもよろしいのでしょうか。勝手に片づけるのは何とも」
「そうだよな」
だからと言って、何もしないと足場の踏み入れる場所もないしな。
この子、シンディーって子は見た目しっかりしているように見えたのに、結構ずぼらなんだな。普通、こんな部屋を他人に見られても何とも思わないのかね。
「お、お待たせいたしました……って、どうしました?」
飲み物をトレイに乗せて持ってきたシンディーさんはいまだに呆然と立ち尽くす俺達を見て不思議そうに尋ねてくる。俺達が自分の部屋に視線が釘付けになって悟ったのだろう。
彼女は慌てて持ってきた飲み物を台所の方へ置きに行く。
「ご、ごめんなさい。昨日、締切日だったのでそれで……」
「いえいえ、お構いなく。なんなら片づけるの手伝いましょうか?」
「だ、大丈夫です。その、色々と見られたくないものもありますし」
他人に自分の部屋を弄繰り回されたくないのは理解できるが、だからと言ってこの部屋で話し合うのは無理があると思うのだが。
けど、どうやらそれは無駄な心配であったようだ。彼女が軽く「元に戻れ」と部屋に向けて声を上げると散らばった資料や本の数々が自動的に動き出し、本来ある場所へ自動的に戻されたのであった。なにそれ、すごく便利な魔法だな。
「驚きました。今の魔法はなんでしょう?」
イリスさんも知らない魔法の類らしい。
「えっと、今のは【修正】って魔法ですけど」
「修正って言うんですか。どんな効力があるんですか?」
「ひ、一つ一つにマーキングを付けて、魔力を流す事で本来あるべき場所へ自動的に移送するようになっています」
つまり、その物が置かれる場所に魔力と言う目印を植え付け、彼女の任意で目印のつけた位置へ自動的に移動されるというわけか。滅茶苦茶便利じゃないか、その魔法。
「わたし、どんくさいし、整理整頓とか苦手ですから手に入れたら直ぐにマーキングして、移動させるようにしているんです」
「素晴らしい魔法ですよ。私にもできますか? その修正は」
「で、できると思う。そんなに大きいし」
いま、明らかにイリスさんの胸を見たよな、あの子。羨ましいのかイリスさんの胸を見た後、自分の胸を見て己のちっぽけさに落胆しているご様子。
独り言のように「いいなぁ」とつぶやいているようだが、今の発言はばっちりと聞こえてしまったからな。
シンディーさんの落ち込む姿を見て疑問符を浮かべるイリスさんであったが、俺から彼女が落ち込む理由を教えるは野暮だろう。
とりあえず、ここは話題を仕事へ向ける様に会話を切り出そう。
「それでシンディーさん。本日の仕事の内容を聞いても」
「あ、はい。あっ、その前に飲み物を」
一度置いてきた飲み物を取りに戻り、今ではすっかり綺麗になったガラステーブルに三人分の飲み物を置く。
「とりあえず、座ってください」
促されるまま、俺とイリスさんはシンディーさんと対面する形で座る。
「えっと、ですね。改めて自己紹介を致します。わ、私はシンディー・リシャール十七歳。プティーズ・アカデミーに通う為にちょっとした物語を描くお仕事をしています」
エロ本をちょっとした物語と言えるのか知らないが、夢を追いかける為に仕事をしているのは素直にすごいと思う。
「ダ、ダイナさんが言っていてわかっているかもしれませんが、ペンネームはシンシア。代表作は勇者と一緒シリーズです」
自己紹介を受けたならば、こちらも名を名乗るのが礼儀。改めて自己紹介を始めようとしたのだが、それよりも先にシンディーさんは仕事の話を始めてしまう。
「今回は新作を描こうと思いまして、構想を練っていたのですが……。その、描きたい内容の幾つかが資料で見つからなかったので、モデル写生の協力をお願いしました」
「なるほど。それならお安い御用です。ちなみにどんな作品を考えているのですか?」
世界は違えど相手はプロの作家と言えよう。そんな彼女がどんな構想を練って物語を描くのか個人的に大変興味がある。
そんな俺の何気ない質問に対し、シンディーさんは今まで見たことがないような楽しげな表情で話し始める。
「そうですね。前回は勇者物でしたので、今回は純粋に魔王を主体としたものを描こうかと思います。世界観は前作となるべく同じにして、簡単な設定として魔王様は超純粋にも関わらず、周囲の者達は次代の魔王様を授かる為にあれやこれと……」
不意に言葉が閉ざされる。
どうやら自分でも信じられないぐらいに流暢に物語の話をしたのが恥ずかしかったのだろうか。あんなに生き生きとしていた表情が今では羞恥心によって真っ赤になって伏してしまった。
「それはなんと言うか、前作と似た様な印象がありますね」
ここで、話を取り繕ったり、慰めたりしたら気まずい空気によって支配されてしまう。
故に彼女の聞いた話から簡潔に感想を述べてみた。話を続ける事でこちらが気にしていない事をアピールしてみたのだ。
それが功を奏したのか、下げられた視線が再び上がり、顎に手を置いて思案顔を見せる。
「それは……。そうかもしれませんね。結局は逃げる男と追う女の形になってしまいますし、確かに目新しい印象が薄いかもしれませんね」
「でしたら、ある一定の条件になると主人公の性格が豹変するとかなんていかがでしょう?」
イリスさんの提案に俺達二人は「なるほど」と頷いた。
それはそれで面白いかもしれない。たとえば女性嫌いの主人公が興奮した時だけ誑しになるとかそんな設定が付加されれば、物語的に多少の深みが与えられるはず。
「いい、かも知れませんね。純粋なピュア魔王様は攻める時は鬼畜外道とか、ありかもしれません」
この場合、シンディーさんの言った攻めが何を意味するか気にしない方がいいんだろうな。
「ありがとうございます。今の案を採用させて頂こうかと思います。それでなんですが、今の提案を聞いて、更にやってポーズが増えたのですがよろしいでしょうか?」
「まあ、それぐらいならば構いませんよ」
ただ絵のモデルになるだけだ。
多少、ポーズの一つや二つ増えた所で文句を言うつもりはないし。
「で、でしたらまず……。私を壁に追い込んで、逃げるのを遮る様に壁に手を付けてください」
えっと……シンディーさん。
それっていわゆる壁ドンと言うやつですよね。




