初めての仕事へ
夢を見ている。
まさか、二日目も同じような夢を見ることになるとは夢にも思っていなかった。
今回の舞台は俺が通っている高校の体育館であった。先日の夢と同じ様に何かと戦っている最中なのか、俺が来ている制服は所々刃で切られたような破れが確認できる。
「やめてくれ。――さん。俺はあなたと戦う理由はない」
夢の中の俺はクラスメイトの女性と対峙していた。何者に操られているの分からないが、彼女の瞳には光彩が、意識の輝きが見えなかった。
意識がはっきりしていない彼女は俺の呼びかけに答えることなく、所持しているチェーンソーを駆動させて横薙ぎに振るう。唸り声を上げるチェーンソーが夢の俺の脇腹へ襲いかかるのだが、なんと夢の俺は俺自身びっくりするような運動神経を披露して襲い掛かる凶刃から身をかわしたのであった。
何の助走もせず、推定二メートル弱は飛び上がった俺は左半身に重心をずらして側宙でよけ切ると、彼女の腕をとって凶器を奪おうと抑え込もうとする。
「目を覚ませ、――さん。俺が、俺達があんたの意識を取り戻すから」
彼女の後ろに回り込み、身動きを封じた夢の俺は、今の今まで戦いを見守っていた少女に声をかける。
「いまだ! 頼んだぞ、乳神様よ!」
……は?
「ちょっと待て、夢の俺!」
まさかの乳神様の登場に思わずツッコミを入れた俺は、そのまま夢から目を覚ましてしまったらしい。
「マジかよ。厨二病の次は乳神様とか……。ほんとどうしたんだよ、俺」
羞恥心に負けて力いっぱい叫びたかったのだが、数秒後に登場したイリスさんのせいで悶え苦しむことも出来なかった。
***
朝食を食べ終わった後、俺はシルフィード家を出てギルドへ向かっている。
「本当によろしかったのでしょうか?」
お目付け役として同行しているイリスさんが不安げに言ってくる。
「たはは。まさか、あそこまで否定されるとは思ってもみなかったけどな」
朝食時の事を思い出して苦笑いする。
昨日、言うタイミングがなかったので朝食の時にギルドで仕事を貰って生活費を稼ぎたい等を言ったところ、シルフィード親子は賛成してくれなかった。
この国のギルド状況を知っているお二人は真先に仕事と聞いてあっち系を想像したのだろう。開口一番に「したいなら、私達ですればいいじゃない」と言ってきたのだ。
本当ならば「いや、なんでだよ」と否定したいところだが桃色空間に支配されたギルドの事を考えると今の様な否定文句が出るのもうなずける。だからと言って、こっちがそう言う事をしたいからギルドに入ったと思われるのは大変心外だ。
エリスさんの隣で聞いていたクスハさん笑いをこらえて見守っているのを見て、軽く殺意を覚えても致し方がないはずだ。
「当然ですよ。その、私もギルドの事はあまりよく知りませんが、その……。そう言う事を解決する組織なんですよね?」
何を思ったのか顔を真赤にさせて悶え始める。
今さらであるが、彼女達の羞恥心の琴線がどこにあるのかいまだに把握しきれない。
「昨日見た限りでは、そう言う仕事が主だったな。けど、俺がやる仕事は薬草の採取とかであって、断じてそっち方面の仕事をしたいわけじゃないぞ」
「それはそれで危険が伴うので、お二方も止めていたと思うのですが」
「だけど、このままシルフィード家にお世話になりっぱなしになったら、俺は確実にヒモ人生まっしぐらだぞ。イリスさんもそんなぐうたらな旦那さんは嫌でしょ?」
「私はその……。お情けをいただいて、我が子を授けていただければ喜んでお世話します」
「いやいや。いくらなんでもチョロインすぎだろ」
チョロすぎるヒロインにも程がある、と言うか性欲と愛欲がごっちゃ混ぜになっている。
幾ら男が少なくて恋愛経験が乏しいとは言え、イリスさんの考え方は非常に危険すぎる。
……誰だよ。別に食っても問題ないだろ、と言ったやつ。こんな無知な女性を襲い掛かって自尊心を満たす奴がいるなら表に出ろ。その図太い精神を俺に分けてくれよ。
「あら、そこでいい女を侍らしているのはクドウ君じゃないかい」
「あなたは……。ミーナさんでしたね。昨日ぶりです」
ギルドへ向かう途中、昨日知り合ったミーナさんと出くわす。知らない仲ではなかったので軽く会釈して返すと彼女はイリスさんを見るや、ニヤリと悪い顔をして言ったのだった。
「今日は彼女とやるのかい?」
「あなたの言う「やる」と言う意味が分かりかねますが、違うとだけ言いましょう」
「なんだい。昨日はクスハとよろしくやったんだろ。どうだった? あの女はなかなかのものだったろ」
「あのですね。万年発情期猿みたいに言うのやめてくれませんか。第一、昨日はこの国を案内してもらっただけで、そんな事などしていません」
「またまたぁ。嘘はよくないわよ、クドウ君。男って生き物はあたしでも引くほど、そっち方面に特化されているんだろ?」
あんたも男に対してそんな認識なのかよ。
「少なくとも俺は該当していませんからご安心を」
「該当しないって……。まさかあんた、不能?」
「よし、ミーナさん。少しお話しをしましょうか」
この女、言うに事欠いてなんて事を言うんだよ。
「冗談よ冗談」
「どうだか。いま、目が本気でしたよ。失礼な」
「あの、シンヤ様。そろそろご紹介していただいてもよろしいでしょうか?」
「っと、ごめんごめんイリスさん。この方はギルドに所属している――」
「ミーナ・ルーリックよ。クスハと似たメイド服を着ていると言うことは、あなたもシルフィード家に仕えているのかしら?」
「お初にお目にかかります、イリス・ツヴァイゼルと申します。以後、お見知りおき願います」
「うんうん、イリスね。あなた、実に良い物を持っているじゃない。どう? 今度、一緒にベッドでも」
「……おい、変態淑女。うら若き乙女であるイリスさんを変態道に誘うな」
それに、さっきから胸を見過ぎだ。
イリスさんの二つの山々は確かに立派なものだと同意するが、それでも胸を見過ぎだ。思春期の中学生でもあるまいし。
「ねえ、ミーナ。そろそろ行きましょうよ。私達、ずっと待っているのよ」
ミーナさんの後ろで待機している女性の一人が不満げな態度で口を挟んでくる。
どうやら、ミーナさんは仕事の途中であったらしい。彼女の後ろでは今か今かと待ち続けている女性達がいた。
数からして五名と言ったところか。全員、随分と肌を露出している扇情的な格好をしている。言わなくても分かると思うが、これからお楽しみタイムを行う為に移動している最中だったのだろう。
「待たせてごめんね。その分、たっぷりとサービスするから。悪いね、クドウ君。これから仕事だから、今日はこの辺で」
「はい。お仕事頑張ってくださいね」
くるりと踵を返し、ミーナさんは待たせていた依頼主の元へ歩み寄る。彼女は「ごめんごめん」と軽く謝罪の言葉を口にすると、近くにいた女性の肩に腕を回し、自分の傍へ引き寄せる。そのまま、自分の戦場へと歩み始めたミーナさんのプレイボーイ振りに尊敬の念が芽生えたのだった。一言で言うと「すげぇ」であった。
「なんか、すごいお方でしたね」
「初めてイリスさんと意見があった気がするよ」
大人の世界を目の当たりにした俺達はそれ以上何も言うことなくギルドに向かったのであった。
***
ギルドに入った俺達は、真先に仕事が張り付けられている掲示板に足を運ぶ。
「これがギルドの仕事ですか。初めて見ますが興味注がれるものばかりですね」
「この仕事一覧を見て、そんな感想を第一声に出せるのはある意味尊敬するよ」
相変わらず本日のギルドに集まっている仕事の数々はお楽しみ仕事ばかりであった。
どれも報酬はそこそこいいと思わられるが、内容がひど過ぎる。
特にアブノーマル物の要求が入っている仕事は文章を読んでいるだけで鼻血が吹き出しそうになるぐらいだ。決して俺がむっつりだったからじゃないぞ。この仕事の数々を読んで興奮しない同い年ぐらいの思春期男性がいたら手を挙げてみなさい。
「それでどれに致しましょうか? この、奥様トリオなんて仕事は私も参加したいのですが」
「やめて。一斉に三人もとかハードルが高すぎるから。未経験者の俺にはとても無理だからね」
「そうですか? それなら初幕突破ならいかがでしょう」
「それも言葉を濁しているけど、初めてを貰えって言っている仕事だから。てか、依頼主が俺よりも歳下とかませているにも程があるぞ」
「それなら……。あっ。これなんていかがでしょう。晴天の空へなんて」
「イリスさん。分かっていて言っているだろう。それは外でレッツトライと言う仕事だ。他に普通の仕事はないのかよ、ここは……」
全ての仕事を確認するのだが、今日は普通の仕事らしい仕事が見当たらない。
どれもこれもアハン系の仕事のみで、俺が求めているような仕事が何一つなかった。
「マジかよ。昨日は少なかったけど、まともな仕事もあったはずなのに」
やばい。やばすぎる。仕事のジャンルが偏りすぎている。
このままだと、俺は何の稼ぎもないヒモルートに一直線だ。
「シンヤ様シンヤ様」
「なんだよ、イリスさん。俺はいま、仕事のない現状に絶望している最中なんだが」
「これなんていかがでしょうか?」
イリスさんから差し出された依頼書を受け取り、その中身を確認する。
どうせ、またイリスさんの願望が入ったようなアブノーマル物かと思ったのだが、今回の仕事の中身は至って普通のものであった。
「なになに? 依頼名は写生依頼? 資料集めの為に、あらゆるポーズを描かせていただきたい、ね」
思ったよりまともだった。
他の仕事と比べたら実に良い仕事だったと言えよう。
報酬額も5000capとそこそこ割にあったって……capって何?
「なあ、イリスさん。このcapってもしかしてお金の単位?」
「はい? そう言えばまだ説明していませんでしたね。通貨単位はcapと言います。ちなみに5000capはこちらとなります」
懐から財布を取り出したイリスさんは、俺に5000capのお札を見せてくれる。
ファンタジーの世界にかかわらず、お金がお札とかファンタジーを舐めていると思うんだが。
「ちなみに、その金銭的価値ってどれぐらい?」
「そうですね。節約すれば一月の昼食代ぐらいにはなるかと」
「一月の一食分。……よし、これにしよう!」
「本当にこちらでよろしいのですか? 他にも肉欲満開とか双丘隆起など、もっといい仕事がありますよ」
「それってイリスさんの願望だろ。複数とか、双丘は……。やれないことはないけど、仕事で胸を揉んだりしたら何かが崩壊しちゃう気がする」
そうと決まれば早速仕事の受注をしなくては。
昨日の説明の通りだと、この依頼書を受け付けの男装したお姉さんに渡せばいいんだよな。
「すみません。こちらの仕事を受けたいのですが」
「承りました。でしたら、お名前のご確認と――」
俺の顔を見るなり、男装姉さんの動きが止まる。
はて。なんか失礼なことでもしたかな。
ギルドで起こり得るテンプレイベントは一切起こっていなかったはずだが。
「申し訳ありません。少々お待ちください」
深々とお辞儀をした男装お姉さんは、顔を上げるなりパンと手を打ち合わせる。
「お待たせいたしました。ギルドへようこそ、クドウシンヤ様」
「……なんで、服を着替えたの?」
「はて、何のことでしょう」
妖艶な瞳を細めて白を切る受付のお姉さんは、今の今まで燕尾服を着ていたのだが、俺を見るなりに舞踏会にでも行きそうな煌びやかなドレスに衣装チェンジしたのだ。
女性って凄いよな。衣装一つ変わるだけで、こうにも印象が変わるなんて。燕尾服では分からなかったが、細い体つきなのに女性らしい豊満な巨峰が大変結構なお点前であった。
「……まあ、いいや。仕事の受注を頼みたい。確認をお願いします」
「畏まりました。お仕事は写生依頼……ですか? あの、差し出がましいですが、本当にこちらでよろしいのですか? 他にもたくさんあなた様に見合った依頼があったと思うのですが」
意外な仕事の受注に目を丸くさせる彼女に「それでいいんです」と力強く頷く。
「しかしですね。もっと見返りの良いお仕事があったはずですよ」
彼女としては不服だったのだろう。
どうにかして俺をアダルト系のお仕事をやらせたいらしい。
「仕事の選択は個人の自由だったはずですが?」
「それはそうなんですが」
「でしたら、俺がこの仕事を受けても何の問題もありませんよね。受注確認お願いします」
「……わかりました」
渋々と言った形で受注の手続きを始める受付のお姉さん。
手続きは専用の魔法を使用するらしく、依頼書に掌を当てて魔力を流し始める。
依頼書が新緑に輝いたのを確認すると、書類に手を押し付けてくださいと言ってきた。
言われた通り書類に手を当てると、新緑の輝きは青白く変色する。どうやら、これで受け付けは完了されたようだ。
「それでは仕事の受注は完了しました。依頼完了の際にはこの依頼書に手を当てる様にお願いいたします」
依頼完了の確認も同じように行うらしい。
「ちなみに、依頼主とはどうやって合流するのですか?」
依頼書を見る限り、名前は書かれているのだがどこに向かえば本人と会えるとか、そう言った必要事項がまるっきり抜け落ちている。
「それは簡単ですよ。その依頼書を持っていれば、ご本人様から連絡が来ます。詳細は依頼主様とご連絡してください」
「なるほど。分かりました、長々とありがとうございます」
「いえ。その、できれば今度は私の依頼もお願いしますね」
明らかに大人の関係をお誘いしてくる受付のお姉さんに俺は苦笑いをして返す事しかできなかった。




