帰宅途中
ナディアさんの終わりの一言が告げられるまで、生徒一同はみっきりと練習をし続けていた。
いまは、クールダウンとしてそれぞれストレッチを行っている。
見学組の俺達はただ黙って見ているのも気が引けたので、クールダウンが始まると同時にそれぞれに汗拭き用のタオルとドリンクを渡しまわる事にした。
「はい、お疲れ様です」
パチン。
「ありがとう、クドウ君」
「お疲れ様です、どうぞ」
パチン。
「ありがとうございます。……クドウさん」
えっと、ツッコミを入れるべきなのだろうか。
各々支給したタオルとドリンクを受け取る前に、なぜか知らないが指をパチンと鳴らしてから物を受け取るのだった。
気のせいか、指を鳴らした直後に彼女達から甘い香りが漂ってくるような……。
そんな彼女達の行いを見守っていたナディアさんが呆れ口調で言う。
「あなた達ねぇ。気持ちは分からなくないけど、むしろそれは逆効果よ」
「……えっと、彼女達は何を」
「この子達、自分の汗の匂いが気になっているのよ。だから匂いを誤魔化す為にパフュームを使ったの」
種明かしされた事に使った一同からブーイングが起こる。
「なによ。私は親切に助言してあげたのよ。いい? 男って生き物は女の汗に弱いのよ」
「……おい」
ちょっと待ってもらおうか、ナディア・エストックさんよ。
「今の発言には色々と異議ありなのですが」
「またまた。恥ずかしがらなくってもいいのよ」
「今の発言を肯定したら、俺は世の男達からバッシングを食らいます」
そう言えばこの人、娘のフィリアさんに異性に触れたら凶暴するなんてデマ情報を流した人だったな。
「一応聞いておきますが、それは誰情報なのでしょうか? まさか母親なんて言いませんよね」
「よくわかったわね、その通りよ。事実、手を握っただけで……」
え。まさか、襲われたの。
頬を染めて恥ずかしげに顔を振る仕草を見る限り、母親の言うとおり凶暴化しちゃったの、あんたの相手方。おいおい、どこのバーサーカーさんだよその人。
「……この世界、ある方面に狂いすぎだろ」
その後、ナディアさんの言葉によって納得した一同は、自分の汗の匂いを嗅がそうとあの手この手で誘惑してきたのだが、チタン製の理性のお陰で凶暴化せずに済んだのだった。
あと少しで、破断して粉砕してしまうところだったと言うことは言わないでおく。
***
「……なあ、今日はもう帰りたいんだが」
「なにを言っているの、シンヤ」
俺の右横を歩くリリスさんは笑顔で却下する。
「正直言って、あんた達の猛攻のせいで疲れたんだよ。主に精神面が」
「すごかったですものね、みなさん」
「そういうなら、助けてくれてもよかったのでは。イリスさんや」
「私はほら、メイドですから」
「それって助けられなかった理由にならなくない?」
「シンヤさん。あまりイリスを苛めるのはどうかと思いますよ。それに、内心では「やっほーい」って叫んでいたではないですか」
「そう言う冗談をあなたが言うと洒落にならないから謹んでくさい。いや、マジで」
ほれ見ろ。
冗談と分かっていないリリスさんから冷たい眼差しを頂戴する羽目になったではないか。
確かにクスハさんの言うとおり「やふー」と叫んだ気もしなくはないが、それでも俺はレアメタル製の理性で我慢したんだぞ。
てか、あの方々は少し慎みを覚えるべきだ。まさか、練習を終えた後の着替えの時間も同じように襲い掛かってこようとするなんて誰が思うかよ。
しかも、ナディアさんの助言に従ったのか知らないが、自分の汗が染み込んだタオルを渡すとか反則に近いものがあるぞ。大変香ばしいものでありました、と胸中で「やふー」と叫んでしまったが。
エリスさんから呼び出しを受けていなかったら、今頃はとても言葉で言えないお祭りが開催された事であろう。
「口に言えないお祭りとは、シンヤさんも大概ですね。これからはむっつりシンヤと呼んだ方が?」
「マテやコラ」
誰がむっつりだ。
「それを言うなら、クスハさん。あなたの方が断然――」
「あれ? シンヤさん、今何を言おうとしましたか?」
こ、こええ。この女。
自分のプライドを護る為とは言え、裾の下に隠していたナイフを滑らせて俺の背中に押し付けるなんてどこの暗殺者ですか。昨今のメイドさんはこんな事も出来ないといけないのかよ。
「シンヤさん。ギルドの件を暴露してもいいのですよ」
「それを言うなら、俺もあなたの事をバラしますが?」
言葉を詰まらせることに成功する。
俺もクスハさんに脅しのネタを掴まれているが、逆に俺もクスハさんを脅すカードが存在する。クスハさん的にはギルドのような件リリスとイリスさんに知られたくないはず。相手がどれだけ脅しの手札を抱えていようが、俺が切り札を持っている限り、そうそう易々と暴露することはできないはずだ。
「……なんか二人ともすっかり仲良くなったわね」
俺達二人のやり取りを見て、どうすればそんな感想が出てくるか分からないけどリリスがふとそんな事を言う。
それで気を良くしたクスハさんと言うと、リリスの反対側に移動して、俺の腕を抱えたのであった。
「ちょっ。クスハ、あなたは何をしているの?」
「なにをって、見たままですが」
「私はなんで、シンヤの腕を組んでいるのかと訊いているんだけど?」
「いいじゃないですか。いずれ、シンヤさんは私達の旦那さんになる予定なんですし、腕の一つや二つ組んでも問題ないと思いますよ」
この世界では俺を抜いたら年若い男はいない。故にクスハさんの言い分は間違っていないと思うんだが、だからと言って挑発紛いな行為をするのはあなたのキャラではないはず。
「クスハ。シンヤが来てからキャラがブレ過ぎよ。冷静沈着、仕事真人間であったクスハに戻ってちょうだい」
「お嬢様、私も女だと言うことをお忘れでしょうか?」
なんか空気が重たくなってきた気がする。
「あの……。あなた方、俺を挟んで諍いを始めないで欲しいのですが」
一応、意見を申し出てみたけど、案の定二人は俺の意見など聞いてはくれない。
俺の後ろで「あわわ」と泡を食っているイリスさんに頼んだところで、きっと何の解決の足しにもならないだろうな。
仕方がない。ここは別の話題を話して、話の流れを変えるしかないか。
「それより、リリス。あの下着ウーマンについてエリスさんと話し合わなくて良かったのか?」
エリスさんに呼び出しを受けた時に話せばよかったのだが、あろうことか軽く談笑した程度で終わってしまった。
やはり理事長にもなると忙しくなるのだろう。彼女の机には山の様に積み重ねられていた書類の山があったしな。
「……あ。えっと、それね。うん、一応念話で話はしてあるから、シンヤは気にしなくていいよ」
念話って、確か通信用の魔法だったな。
そんな事をした素振りはまったく見せていなかったと思っていたのだが、いつの間に連絡したのだろう。
授業が終わった途端、俺達はリリスに促されるまま学園を後にしたのだから、話をするまで気がかりであったが、連絡したなら安心か。
「下着ウーマンってなんですか?」
「学園を騒がせている下着ドロの事だよ、イリスさん」
そう言えばイリスさんとクスハさんには話していなかったな。
俺は二人と離れた後の顛末を話した。
「そんな事があったのですか。申し訳ありません、シンヤ様」
「いやいや、いいんだよイリスさん。さっき謝罪してもらったし、いまさら蒸し返す事なんて言わないから」
「話しを聞く限り、空歩と風穿を得意としているみたいですね。あと、認識妨害の魔法も使えるとなると中々の手練れですね」
「そうなのか? 魔法については半分も理解していないのだが、やはり難易度とか存在するのか?」
「そうですね。まず簡単なレベルの魔法が微乳レベルです。これは――」
「おい、ちょっと待て」
今、なんつった?
「はい?」
「はい? じゃねえよ。なに? 魔法のレベル分けもそんな感じなわけか?」
「はい、そうですが」
「……マジかよ」
どこまで乳の名前が浸透されているんだ、この国は。
「ちなみに、微乳の次は?」
「貧乳。並乳。豊乳。爆乳。そして、最大レベルの超乳の六段階に分かれています」
「…………」
乳に支配されているファンタジーとかマジどうなのよ。
この世界の神様に会ったら一度文句の一つも言ってやりたいぐらいだ。
……ああ、この世界の神様って乳神様なんだっけか? そう言う意味ではまともなのか?
「そんな事よりシンヤ。私小腹が空いたから、何か食べていこうよ」
リリスが指差してある店を指差す。
甘味処と書いている暖簾があることから飲食店だと思われる。
「お嬢様。止めはしませんが、一品だけにしてくださいね。食べ過ぎて夕食が食べられないなんて事がないようにお願いします」
「わかっているわよ、クスハ。ちゃんと一品だけにするから。イリスも良いよね? ここの大福は絶品よ」
「そうなんですか? それじゃあ……。あ、でも」
「イリス、今日の所は大目に見ます。ですから、気にせず一緒に行きましょう。屋敷の方には私から連絡いたしますので」
「ありがとうございます、メイド長」
あれやこれと行くことが決定されてしまった。
ここで俺が拒否した所で意見が覆されることはないだろう。
「了解。あまり食べ過ぎるなよ」
しかし、俺とクスハさんが忠告したにも関わらずリリスは五人分ぐらいあるであろうジャンボ団子串なんて冗談としか思えない物を注文したのであった。
まあ、ビックサイズの団子串にもびっくりしたが、それをペロリと平らげたイリスさんの食欲の方がもっとすごかったが。あの立派な果実はこうして育ったんじゃなかろうか。




