レッスンは大変そうです
直ぐに移動魔法を使用して授業の場所に転移したのであったが、手遅れであった。
「ずいぶんと遅かったわね、あなたたち」
教師であろう女性に声をかけられたとき、一同は申し訳なさそうに謝罪を言いながら整列を始める。教師であろう女性は一見笑顔で彼女たちを迎えてくれたと思うのだが、どうやらこれが彼女のお怒りモードなのだろう。生徒たちは彼女と目を合わせようとせず、ただただ次の言葉を待っているのみ。
「理事長から聞いているわ。気持ちはわからないわけでもないけど、授業は授業。少しはプティーズ候補生として自覚を持ってもらわないと困るわね」
どうやら、俺達が授業を見学する話は担当の教師に知らされているらしい。
「……で、あなたが噂の男性なのかな?」
「はい。工藤伸哉と申します。この度は授業を妨害してしまい、申し訳ありません」
「あなたが謝ることはないわ。おおかた、男であるあなたが珍しくって時間を忘れていたんでしょ」
見た目、小学生ぐらいの容姿の持ち主でしかないのに、随分と理解力のあるお方だ。
これが大人の余裕というやつか。エリスさんにも爪の垢を飲ませたいぐらいだ。
「自己紹介がまだでしたね。私はナディア・エストックよ。フィリア・エストックの母であり、このプティーズ養成学校の実技担当を任されています」
……ん?
いま、何気に聞き流せなかった単語があった気がするのだが。
「え? フィリアさんのお母さん? あの、失礼ですが年齢を聞いても」
「あ、バカ」
横からリリスが俺の口を塞ぎにかかる。
なぜそんな事をされなくてはいけないと思ったのだが、どうやら俺は触れてはいけない逆鱗に触れてしまったらしい。
「……ふふ。何歳に見えますか?」
笑顔で相手を恐怖させる方法があるとは思わなかった。気のせいか、彼女の背中越しからゴゴゴと何かが膨れ上がるような擬音が聞こえてくるし。
「あの、その。気に障ったなら申し訳ありません。ずいぶんとお若いな、と思ったので」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。何歳に見える?」
「えっと……」
この場合、なんて答えるのが正解なんだ。
普通の方々ならば実年齢よりも上だと言ったら間違いなく相手を不機嫌にさせるから自分が思った年齢に五歳ぐらいマイナス補正をかければいいんだけど、この人の場合は逆に不機嫌にさせそうだよな。
普通に推測するならば自分と同い年ぐらいのお子さんを持っているから、三十代後半ぐらいだと思うんだが……。
「二十代後半ぐらいですか?」
恐る恐る答えると周囲から「え!?」と驚く声が上がる。
え、なに? もしかしてまずかったか?
「あら。そう見えるのかな?」
「ええ、まあ」
どうやら今の回答は正解であったらしい。今にでも爆発しそうな擬音が気が付いたら消え去っていたし、重苦しい空気が一気に霧散されていった気がする。
「あらあら、お上手ね。これでも四十近いおばさんなのよ」
いえ、それは絶対に見えません。どう見えても十代前半だと思っていました。
「そうかそうか。私も三十路近く見えるんだ」
「いやいや。今のはリップサービスだから。ナディちゃんが三十路近く見えるわけないでしょうに」
「なんか言いましたか、リリスさん」
「いえ、何も」
「無駄話もここまでにしましょう。もうすぐ、発表考査があるのだから各自気を引き締めてくださいね」
発表考査と聞いて、気を引き締めなおしたのだろう。先ほどまで楽しげに笑い合っていた生徒達の表情が真剣みを増していく。
「では、初めに軽く準備体操をしてから、課題ダンスの練習に移ります。工藤君達は、私の横で見学ということでいいですね?」
「はい、よろしくお願いいたします」
○ ○ ○
発表考査には課題ダンスと創作ダンスの二種目が課せられているらしい。
課題ダンスは魔法を使わない普通のダンスとのこと。アイドルと違って歌と音楽がない分、見学する身としては少しばかり退屈であった。
「退屈ですか?」
俺の心情を読み取ったのか、クスハさんが苦笑いしながら聞いてくる。
「まあ、ね。読み取ったからわかると思うけど、俺の知っている似た様な職業は歌と音楽に合わせて踊るのが基本だから、よほど上手くないと踊っているだけの姿を見るのって、ちょっとな」
まあ、かわいらしい女性が踊っている姿を見るのは目の保養になるけどな。
激しく動く場面もあるから、胸がゆっさゆさ揺れて眼福だし。
「課題ダンスは確かに地味かもしれませんが、創作ダンスの方は楽しめるかもしれませんよ。基本、個人パフォーマンス部門で披露するものですから」
「朝方、リリスが練習していた踊りがそうなんだね」
「その通りです」
しかし、こうして一斉に踊りだすと担当の教師は大変なんじゃないかな。手拍子してリズムをつけてあげるだけでも大変なのに、一人ひとり指導できる余裕はないように思えるんだが。
「七番。顎が下がっていますよ。疲れても顔は下げないこと」
けど、そこは教師と言ったところか。一緒になって踊っているにも関わらず、手拍子をやめることなく一人ひとり指摘していく。
「十六番。ワンテンポ遅れています。二十二番は逆に早い。三番は指先が伸びていません。三十二番は――」
生徒の言葉番号で呼ぶことに違和感を覚えるが、そこは彼女の指導方針だろう。指摘を受けた彼女たちはナディアさんの言葉に従っているし。
「十一番。もう疲れたんですか。フロントキックがなっていませんよ」
あ、十一番はリリスだな。
「は、はい!」
イリスさんから聞いたのだが、フロントキックとは文字通り体の前方に足を上げる動作の事らしい。今回の課題ダンスはキック系の踊りが多いらしく、体力も相当消費されるとのこと。
……てか、はたから見てるとチアダンスに似ているような気がするんだが気のせいかな。
それから、三十秒近く踊り続けていたであろうか。一通り踊り通した生徒達は全身から吹き出す汗を拭い始める。
「いかがでしたか、工藤君」
「いやはや、さすがは候補生の皆さんですね。迫力満点といったところですか」
「さっきまで退屈とおっしゃっていたのに」
「クスハさん、うるさいですよ」
「そう言っていただけると嬉しい限りです。けど、素人のあなたから見てほかに感想はありませんか?」
どうやらナディアさんは思うところがあるのだろう。ダンスに関しては素人同然の俺にこんなことを聞くなんて、よっぽど彼女達に注意したい点でもあるのだろうか。
「……まあ、強いてあげるならば必至すぎる感は否めませんでしたが」
「そうですね。皆さん、一生懸命さが伝わってすごかったと思います」
同じ感想を抱いていたのかイリスさんも同意してくれる。
そんな俺達の感想を聞いて「そう思いますよね」とナディアさんは頷く。
「やはりそうか……。やっぱ、もう少し難易度を下げるべきかな」
「ん? みなさん、よく頑張って踊っていたと思いますよ。難易度を下げる理由はないと思いますが」
「いえ。工藤君やイリスさんの言っていた必至すぎる雰囲気を悟られるのはいただけないんですよ」
「なんでですか? 一生懸命にやるのはいいことではありませんか」
イリスさんの言うとおり、不真面目にやるよりは一生懸命やる事がいいに決まっている。
けど、それを悟られてはいけないとナディアさんは言った。その真意がわからなかった。
「皆さんの表情ですね?」
「さすがですね、クスハさん。あなた、資格を取って教師になるべきよ」
……なるほど。
確かに終始踊っている最中、彼女たちの表情は固かった気がする。
「彼女達はいずれ大勢の人達の前で踊らなくてはいけません。そんな彼女達が苦しそうに踊った所で誰も楽しめません。現に工藤君は退屈していましたよね」
「……すみません」
「いいんですよ。今の彼女達を見て楽しめるとは思っていませんでしたし。今回の課題は例年よりも少しばかりレベルが高い技が要求されるんです。同時に基礎体力も重要視されます。今の彼女達ではこの後に創作系を行うのは酷だと思っているのですが……」
「なぜ、例年よりもレベルを上げたのですか?」
「それは……」
どうやら大人の事情というものがあるらしい。
部外者の俺達が突っ込んでいい話ではなかったようだ。
「お話できない内容だったら無理に言わなくて結構ですよ。そちらの事情もおありでしょうし」
「あ、あはは。ありがとうございます。娘と同い年だと聞いたのですが、しっかりとしてますね」
「それほどでもありませんよ」
まあ、こっちの世界よりも元の世界の方が込み入った事情の業は深いと思うから、場の空気を読む能力が長けてしまうのは当たり前だろう。
「さて、休憩もそろそろいい頃でしょう。あなたたち、いつまでも休んでいないの。これからもう一回やりますからね」
ナディアさんの言葉に全員が非難の声を上げるのだが、彼女の「早くしなさい」の一言によって一蹴させられたのであった。
「これが終わったら、創作系に移りますので各自真剣にやってくださいね」
あと一回踊れば課題ダンスから解放されると知って、生徒全員のモチベーションが少しだけ上がったようだ。
まあ、大半の体力を持っていかれてしまったせいか、一度目よりも二度目のダンスは芳しくなかったようだ。
○ ○ ○
課題ダンスを踊り終えた一同は、力尽きてしまったのか膝から崩れ落ち者が現れた。揚句には仰向けになって寝転ぶ者も出始める始末。
正直思ったけど、こいつらって体力がなさすぎだろ。幾ら激しい踊りだったとはいえ、三分二セット踊ったぐらいでここまで消耗するのもおかしいと思うんだが。
「おい、大丈夫かリリス?」
「だ、だめぇ。もう踊れない」
「おいおい。たった数回しか踊っていないのに、何でそこまで疲れているの」
幾ら無酸素運動の連続時間が長かったとはいえ、吹き出す汗の量が尋常じゃないぞ。汗で透けて下着が見えるとかどんだけだよ。
「ナディちゃんが私達に重力負荷魔法を施したせいよ」
「重力負荷魔法?」
……え。いつの間に魔法なんて使ったの。
俺、全然知らなかったんだけど。
「なるほど。幾ら体力がなさすぎるお嬢様でも、今回はいささか消耗が激しいと思ったのはそのせいでしたか」
「けど、メイド長。重力負荷魔法って難易度高いと聞きます。エストック講師様が魔法を使った様子はなかったと思いますが」
「推測ですが、手拍子をしている時に発動させたのでしょう。Dランクと聞きましたが、流石は指導係といったところでしょうか」
あの見た目でDランクなんだ。結構着やせするタイプなんだね。
って、気になるのはその点じゃなくって……。
「なあ、重力負荷魔法ってなんだ?」
「特定の人物の重力を変動させる魔法です。おそらくですが、お嬢様達は私達の倍近い重力が加えられていたのでしょう」
「あー。なるほど、それなら納得いくな。けど、重力を操作するって、また随分と高難易度の魔法を使ったんじゃないか?」
「そうですね。Dクラスで生徒全員にこれだけの重力負荷魔法をかけるのは難しいと思います。少なくとも私はできません」
「あなたたち、講釈していないで水の一つや二つ用意してちょうだいよ」
水を求めるリリスであったが――。「ほらほら、休んでいないでさっさと創作種目の準備をしなさい」ナディアさんの一言によって水分補給はお預けになってしまった。




