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第7話「ミスターアメリカ」

 西暦2044年を、後世の歴史家はこう振り返るだろう。

 まさしく激動、大きな人類史の転換点だったと。

 世界の保安官(シェリフ)を自負していたアメリカが、懐古主義で引き()もってしまった。国際経済の低迷が長引く中で、一国のみで完結した経済圏を形勢、その中に閉じ篭ってしまったのだ。

 アメリカが国際的に孤立する中、台頭してきたのはロシアと中国だ。二大大国による野蛮な帝国主義の時代が到来すると、欧州各国はEUの結び付きを強めた。しかし、それは覇権主義に対抗するための覇権主義を呼ぶ。

 そんな中、来年で不可侵条約の失効する風光明媚(ふうこうめいび)な小国がある。

 あの未曾有(みぞう)の大戦の後、百年の平和を約束された時。

 軍隊をもたぬのに永世中立国えいせいちゅうりつこくという、矛盾した国だ。

 その名を、ウルスラ王国……別名、千湖(せんこ)の国である。


「やあ、今日()つと聞いてね。見送りくらいはいいだろう?」


 親友の声に、男は整理の終わったロッカールームで振り返る。

 名は、スェイン・バルガ。アメリカ海軍の軍人だ。全米が憧れるエリート集団、アクロバットチーム『ブルーエンジェルズ』、通称ブルースの一番機を務めるパイロットである。

 パイロットだった、と言うべきか。

 彼はもう、()えあるブルースの一員ではない。

 それでも、パイロットであることだけはやめられない……否、パイロットとしての自分の本質に立ち返るため、チームを抜けて母国へ帰るのだ。

 ロッカールームを出るスェインに、親友のベネットはついてくる。

 外には黒服のSPがずらりと並んで待っていた。


「しっかし、スェイン。俺は思ってもみなかったよ。君があんなに愛したブルースを抜けて、田舎(いなか)に帰っちまうなんてなあ」


 やや肥満体のベネットは、そう言って(ほが)らかに笑う。

 だから、スェインも精悍な顔つきを笑顔でクシャクシャにする。そこには、32歳にして頂点を極めてた男の顔があった。本当に夢を追いかけ追いついた人間は、いつでも少年に戻れるのだ。

 だからスェインは、ベネットの腹を(ひじ)で小突きつつ言ってやる。


「俺もだ、ベネット。でも、どっちかというと俺は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ホワイトハウスはどうだい? ベネット」

「悪くないさ。世間じゃ若すぎるプレジデントにてんてこ舞いらしいけどね。俺はでも、なすべきことをなしている。国民のため、国土のため、国益のため」

「ホワイトハウスにプラモデルだけを飾っておく部屋を作ったっていう、あの疑惑は?」

「疑惑だなんて……よしてくれ、()()()()()()()()()。俺は小さい頃からミリタリーが大好きなんだ。プラモを飾る部屋くらい当然さ」

「血税で?」

「給料でさ」

「ならいいか」

「だろう?」


 笑って二人は海軍基地の廊下を歩く。

 もう、二度と共に歩くことはないだろう。

 この場所にも帰ってくることはない。

 今日、これからスェインは旅立つのだ。

 生まれた故国、ウルスラ王国に。

 ベネットは少し声を(ひそ)めて、スェインにだけ聴こえる声を小さく絞る。


「スェイン、考え直さないか? 帰化してアメリカ人になるんだ。あの国は……ウルスラ王国は正直、やばい。ありゃもう、来年にコンロの上で爆発するポップコーンだ」

「そんなにか?」

「ああ……周辺国との不可侵条約が来年に失効するのは知っているな? だが、あの国には軍隊がない。ようやく今になってなにかやってるらしいが、絶望的だね。年明けと同時にあらゆる国家が侵攻を始めるだろう」

「何故? 資源もなにもない、ただの小さな観光国だが?」

「理由は……わからない。俺はこれでも大統領だが、機密事項が多過ぎるんだ。そして、今のアメリカは困ってる小国を助けることができないんだ」


 スェインは重々承知の上でだ。決してベネットを責めたりしない。歴代大統領が継承してきた一国独立主義、孤立主義からの脱却を目指して彼は日々奮闘している。しかし、議会工作も大企業への根回しも、一筋縄ではいかないのだ。

 親友がアメリカのために心を砕いているのは知っている。

 だから彼は、スェインの突然の帰国を見送りにきてくれたのだ。


「ウルスラ王国は東にロシア、西に欧州各国、北は北欧に抑えられて、南は山に覆われている。はっきり言って、逃げ場のない場所なんだ。わかるだろう? スェイン」

「ああ、頭ではな。……俺は生まれてすぐ、両親とアメリカに来た。この国が俺を育て、養ってくれた。夢も栄光も、それに繋がるチャンスも全て、アメリカがくれたんだ」

「なら、なおさら残るべきだ、スェイン!」


 隣を歩いていたベネットは、ドアの前で一歩抜きん出た。そのままスェインの前で振り返り、通せんぼするように両手を広げる。

 ベネットは愛嬌(あいきょう)があっておどけたひょうきん者だが、真剣になるとテコでも動かない。

 さんざん手を焼いたこともあるし、(うと)ましく思ったこともある。

 だが、大学を出てからもずっと、スェインにとっては彼が一番の親友だった。

 だから、この国の最高権力者に向かって、気安くスェインは肩へと手を伸ばす。


「すまんな、ベネット。俺はあの国に……母国に戻らなければいけない。それが例え見たこともない国で、育つ中で無関係だったとしてもだ。俺の国籍は未だにウルスラ王国で、両親がいつか帰りたいと言ってるのも……あの国なんだ」

「……わかってたさ、知ってた。君は頑固だからな」

「お互い様だろう?」

「まあね」


 スェインはアメリカで育ったが、国籍はウルスラ王国だ。そのことで過去、多くの(いさか)いや問題を呼び込む羽目(はめ)になった。アメリカ人の誰もが憧れるブルースの、その一番機に乗るリーダーが外国人でいいのかと。

 勿論、スェインはアメリカに忠誠を誓って飛んだ。

 飛ぶことで全てを納得させてきた。

 それでも、ベネットの言葉がなかったら挫けていたかもしれない。

 親友の一言が、母国の危機に彼を奮い立たせたのだ。


「覚えているかい、スェイン。俺はいつも君に言って聞かせてただろう?」

「ああ……アメリカ人でない者がアメリカ人以上にアメリカ人であること、それがアメリカという国そのものなんだ」

「そうさ、そして今や君は国民的なヒーローだ。移民たちの希望の星で、在米外国人たちの憧れで……そしてなにより、生粋(きっすい)のアメリカン以上にアメリカ人らしい」

「ああ。だが、俺は戻らなければいけない」

「死ぬぞ、スェイン」

「それでもだ。さ、そこをどいてくれ」


 俯くベネットにSPたちが耳打(みみう)ちする。

 それで彼は、ようやく滑走路へのドアを自分で開けた。

 ロンドンへの軍の定期便で、移動を兼ねてパイロットをやらせてもらえるのは幸運だった。そこからは小型飛行機が手配されている。手を打ってくれたのは確か、フリメラルダとかいう女男爵(おんなだんしゃく)だ。噂にちらりと聞いたが、『益荒男嬢爵(ますらおじょうしゃく)』などと言われている女傑(じょけつ)だとか。

 そう思い出して滑走路に歩み出ると……突然の不意打ち。

 全く想像していなかった光景がスェインを出迎えた。


「祖国アメリカの英雄、スェイン・バルガ少佐に……敬礼っ!」


 そこには、ブルースの仲間たち全員が待っていた。左右に別れて一列に花道を作り、スェインを見るなり敬礼に身を正す。

 そして……花道の続く先に、一機の戦闘機がアイドルに震えている。

 全く予想だにせぬ出来事に、流石(さすが)のスェインも小さな鞄を落とした。

 その横で、ベネットが笑って背中をバシバシと叩いてくる。


「いやあ、サプライズだよ! 間に合ってよかったなあ、ヒヤヒヤしたさ」

「ベネット、これは……」

「ああ、これかい? NASA(ナサ)が作った次期主力戦闘機選定用じきしゅりょくせんとうきせんていよう検証実験機(けんしょうじっけんき)だ。凄いらしいぞ、アフターバーナーなしでマッハ3のスーパークルーズが可能だ。ステルス性も抜群、三次元ベクタードノズルによる高機動を――」

「そういう話をしてるんじゃない! ……みんなも、任務はどうした。訓練は! あ、いや……俺の、ために?」


 若い女性士官が花束を渡してくれて、仲間たちの拍手がスェインを包む。

 投げかけられる声はどれも温かく、別れを惜しみながらもスェインを勇気づけてくれた。


「隊長ぉ! ド田舎でも頑張ってください! なにかあったら一個旅団で駆けつけますぜ!」

「空軍にも陸軍にも知り合いがいまさぁ! ステイツの威信をかけてお助けします!」

大統領閣下(ミスタープレジデント)もさっき、そう言ってましたしね! ね、ベネット大統領!」


 振り返ると、スェインの鞄を拾ってベネットが笑う。

 それは、二人にとって今生(こんじょう)の別れにも等しい。彼はこの国の大統領で、スェインはこの国を捨ててゆく人間なのだ。それなのに、いつもの豪胆(ごうたん)な表情でベネットは笑う。


「行きたまえ、スェイン。これは退職金代わりだ。……正直言うと、この機体は……YF-37"ドミニオン"は、乗りこなせるパイロットがいないのだ。だから、いいレポートを期待している。暗号化した上でいつもの俺のアドレスにメールしてくれ」

「ベネット、俺は……」

「アメリカは移民の国、そして多民族国家だ。スェイン。いつでもだれでもアメリカ人になれる。母国や故国が別にあっても、それは同じだ。君はアメリカ人として、アメリカ軍人として責務を果たした。行ってくれ、スェイン……君にしか守れない国がある」


 スェインの決意は硬く、祖国の危機は見捨てられなかった。

 だが、それは育ててくれたアメリカを捨てるということだ。そのことに後ろめたさを感じつつ、それでも決断したのだ。だから、こんなにも温かな見送りに目頭(めがしら)が熱くなる。

 身を正して振り返ると、鞄を受け取りスェインはピシリと敬礼する。


「スェイン・バルガ、これより任を解かれ帰国します! ……ありがとう、ベネット。ありがとう、我が青春のブルース!」

「俺もできるかぎりのことはする。実際、大統領の俺でもわからないことが多過ぎる。何故、あんな辺鄙(へんぴ)な小国をどの国も欲しがっているのか。あの国に、なにがあるのか」

「あの国には……ウルスラ王国には、民がいます。自分と同じ血を持つ、王家と民が。それは、軍人として自分が守らねばならないものです。軍備なき国に今、自分の力は必要な(はず)です」

「だな。では、スェイン。また会おう。……グッドラック!」


 こうしてスェインは、初めて祖国の土を踏むべく翼になる。初めて乗る機体を、誰もが手を振り見送ってくれた。燃料は満タンで、両翼と胴体下部のドロップタンクを含めれば無給油で飛べる。

 滑走路の先にはもう、まだ見ぬウルスラ王国が待っていた。

 迷わずスェインは、多くの仲間たちに見送られて空へと舞い上がった。

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