第5話「対決!ロボットVS戦車!」
オーレリア・ディナ・ル・ウルスラは17歳。北欧の辺境であるウルスラ王国を統べる、時期女王たる姫君だ。父である先王が亡くなってから、以前にも増して公務に励んでいる。その過密なスケジュールからくる激務は、率直に言って苛烈を極めた。
だが、どれも疎かにせず全うし、必要である以上に励んだ。
お陰で公用車の中で5分刻みで眠れるようになったし、速読の技も得た。
前よりしたたかで逞しくなった気もするし、なにより毎日が楽しかった。
そして、今日は以前から待ちに待った公務の日だった。
「さ、姫殿下。天覧席へ……本日はいわば、御前試合のようなものです」
「ありがとう、アシュレイ。皆の者もご苦労である、このオーレリア、嬉しく思います」
集まった伯爵や男爵たちに、オーレリアは頭を垂れてから椅子に座る。
目の前には今、国の外れにある草原が広がっていた。普段は羊や牛、馬を放している民には通達済みである。草を喰む動物たちの牧歌的な光景は、今日だけは見ることができない。
今、この大地を揺るがせ砲火を歌うのは、鋼鉄の肉食獣だけだった。
今日は、陸軍派と海軍派の模擬戦……双方、国防に必須と見た陸戦兵器同士をぶつけてのガチンコバトルなのである。実は、オーレリアはこうした対決や決闘が好きだ。臣民や重鎮の前ではおくびにも出さないが、血湧き肉躍る対決は好きなのである。
闘争は、それが殺戮と簒奪を伴わない限り、尊く気高い。
スポーツ観戦は大好きだったし、競い合う者たちは産業や経済、職人同士や名人同士でも見るのが好きだった。勝者も敗者も、オーレリアは等しく愛した。
だが、そんな彼女に作って演じたような声が投げかけられる。
「これはこれは、オーレリア姫殿下。忙しい中で御足労を……御機嫌麗しゅうしゅう」
「うむ。シヴァンツも大儀である」
話しかけてきたのは、細い影の男だ。背が高く、理知的な瞳を輝かせる端正な表情は引き締まって見えた。片眼鏡をかけた美丈夫の名は、シヴァンツ。この国の摂政である。
シヴァンツは従順な下僕の顔でオーレリアに耳打ちする。
媚びた自分を忠誠心で隠そうとしている気配に、オーレリアは眉一つ動かさない。
「既に戦い初めて一時間……膠着状態にございます。これはひとえに、海軍創設を主張する者たちの準備不足、ひいては論理にも合理にも欠けた思慮不足かと」
「それは早計というものだ。こうは思わぬか? この私が来るのを待っていた、と」
「しかし、姫殿下」
オーレリアはアシュレイが渡してきたオペラグラスを手に取り、それを通して戦場を見渡す。互いにペイント弾を撃ち合う双方は、まだ距離を取っての牽制に徹しているように見えた。
陸軍派が陣取る西側を見やれば、見るからに厳つい戦車が並んでいる。
確か、あのシヴァンツが口利きをして、陸軍派がドイツから買い付けたものだ。EU正規軍にも供給されていない、ドイツ国防軍のみが所有する超高性能のMBTである。それくらいの知識は、オーレリアは融通された書類に目を通して知っていた。
「10両ほど見えるが、あれがドイツのレオパルドZ9か。自称地球最強戦車だそうだが」
「よく御存知で、姫殿下。このシヴァンツ、感服いたしました」
「大臣たちの報告と書類がよいのだ。それと、ネットで調べた」
「それはそれは」
あくまでシヴァンツは笑顔を絶やさない。オーレリアもまた、いささかたるんだ戦場を見てアルカイックスマイルを保つ。
だが、謀反の疑いを囁かれるシヴァンツには気を許さない。
オーレリアは、周囲を見渡し陸軍創設を主張する重鎮の一人を立たせた。
「バルドゥール伯爵、来ておるな? うん、御苦労様です。少し説明をお願いできますか」
「ハッ! オーレリア姫殿下。彼の戦車は、世界最高峰のものでございます。ラインメタル社製40mm滑空砲を主砲に用い、防御力も速力もトップクラス! 国防を担う鋼の猛虎に相応しい威容かと!」
「ふむ……して、調達の目処はどうか」
「はい! シヴァンツ殿の配慮も得まして、オーレリア姫殿下の采配が頂ければすぐにでも……悪い買い物ではございません。ウルスラ王国は山国、陸軍力の保持は急務!」
オーレリアはオペラグラスを再び覗き込んで、今度は東側を見た。
一目で人の姿とわかる巨大な機動兵器が、両手で持ったライフルを撃っている。数は、2機。それが妙だと感じて、僅かにオーレリアは首を捻った。
だが、まずは確認せねばならぬことがある。
バルドゥール伯爵は代々続く忠臣の家系、その忠義を疑うことはない。
だが、忠義厚き者は時として、さかしき奸計にたやすく脚をすくわれるものだ。
「伯爵、ドイツはEU諸国の主導権を掌握、既にEUの盟主となって長い。その中で、ドイツの兵器を用いる意味は心得ておろうな?」
「ハ、それは……そう、ですが」
「2016年のイギリス離脱を契機に、EU各国はドイツの恫喝に近い論法で縛り上げられている。国境を廃した経済圏という甘い蜜は、一度浸れば逃げらぬ。それを盾に、ドイツが強権的な支配体制を敷く中で右傾化していること、既に承知していますね?」
「え、ええ、それは、もう」
「ドイツは古来より、徹底した合理を重んじる国です。損得勘定は、ある意味ではアメリカを凌駕する嗅覚で察知し、嗅ぎ分けます。……これに乗じて、ウルスラ王国のEU併合をも迫ってくるかもしれませんが」
「え、いや、それは! しかし!」
慌てふためくバルドゥール伯爵には、これで釘が刺せたと思う。昔からこの肥満体の大柄な男は、公明正大で実直そのものな人間だ。幼い頃のオーレリアはよく遊んでもらったのを覚えている。
だが、それを悪用する人間が感じられる以上、気を抜くわけにはいかない。
この天覧席を囲むテントの周囲は、既にオーレリアの戦場だった。
「で、シュヴァンツ。何故、戦車が10両に対して……確か、機動戦闘機と言ったか。海軍の数は2機だけなのか?」
「当初より10と10、互角の勝負を申し入れておりましたが……海軍は期日までに定数を揃えられず、陸軍側が2両で挑むことも断ってきたのです」
「ほう? しかし、露骨に数が違えば心象は悪いが……そもそも、何故互角に撃ち合っている?」
妙だ、変である。
2機の人型兵器は、どう見ても大きな的だ。前面投影面積で圧倒的に戦車に劣る。しかし、両者には有効弾を示すペイント弾の特殊塗料は、全く彩られていないのだ。
その時、天覧席の隅から一人の男が立った。スーツ姿の彼は帽子を脱ぐ。
「お初にお目にかかります、オーレリア姫殿下。僭越ながら私から説明を」
「誰か。名乗れ、見知りおく」
「身に余る光栄……私はエドモン・デーヴィス。しがない貿易商です。海軍創設のお手伝いをさせて頂いてる者で、そうですね……まあ、連中の財布、歩く財布です」
「フッ、面白いことを言う。城下に確か、デーヴィス商会という会社があったな。よい商いをする者たちと聞いている。なにより、国の内外を問わずよい人材を雇う姿勢がよい」
「周囲からは、ウルスラ人をもっと雇えと言われますが……?」
「能力に国籍はない。そして、有能な者たちは人種を問わずウルスラに富をもたらす。その上でウルスラ人のお主が目を光らせていれば、無闇に搾取はされまいな?」
「御意。このエドモン、感服しました」
一瞬、シュヴァンツが嫌な顔をした。直ぐに笑顔に戻った彼を一瞥して、エドモンは喋り出す。それは、オーレリアの眺める戦場が一変したのと同時だった。
「王立海軍は主を……姫殿下をお待ちしておりました。先程連絡を入れましたので……始めましょう。オーレリア姫殿下にお見せする、王立海軍の戦いを」
同時に、声が走る。
テントの外で無線機にかじりついていた近衛の者が、悲鳴のような声をあげた。
「戦車隊、五号車と六号車、および七号車が被弾! 八号車も撃破判定です!」
「馬鹿な! 相手は歩く的だぞ! 何故、最新鋭戦車で勝てぬ!」
立ち上がったバルドゥール伯爵が顔を真っ赤にした。
だが、近衛の青年は続いて一号車と二号車の撃破判定を伝える。
そして、エドモンは流暢な言葉を歌うように伝えてきた。
「姫殿下、戦車の動かし方を御存知で?」
「常識程度には。左右のキャタピラが別個に駆動し、前進後進は勿論、その場での超信地旋回も……ふむ! なるほど、そういうことですか? 私には少しわかりました」
「左様です、姫殿下。戦車は常に、前後にしか動けません。左右には向きを変えての前進か後退……加えて、主砲は通常は静止して撃つもの。現代の戦車は走行射撃も高い命中率を誇りますが。ですが、機動戦闘機には……ストライダー・モードには当りません」
「二本の脚で歩いて駆けるとは、こういう意味なのだな?」
頷くエドモンに変わって、再び通信係の近衛が叫んだ。
既に陸軍派が用意した戦車は、あっという間に1両のみになっていた。
オーレリアは直感と知識とで理解した。人型の機動兵器、ロボットなどというのは一見して冗談のように思える。だが、陸戦兵器として見た場合、360度の全方向に自在に動けるというのは利点だ。立ったままで前面投影面積が広くても、それが前後左右に斜めを交えて自在に走れば、これへの命中は難しい。
しかも、両手のあるロボットは、どの方向に動いても銃を敵へ向け続けられるのだ。
無論、戦車の砲塔は旋回する。それでも、コンピューターと砲手が連動して動く訓練された操作でも、ロボットを狙い撃つのは至難に思えた。それは、人が人の形を操ることの意味を教えてくれる。自分と同じ姿は動かしやすく、通常ならば致命的な命中弾すら避けてしまうのだ。
そうこうしていると、バルドゥール伯爵は両手を振り上げ絶叫した。
「奥の手だ! プランBを発動、急いで連絡せよ!」
その時、既に一番機と思しき機動戦闘機のストライダー・モードは、靭やかな全身の動きで疾駆していた。手に持つライフルに着剣し。鈍色に光る銃剣で最後の戦車に襲いかかる。踊るように滑らかで、滑るように馳せる……機械人形の戦神は零距離に食い込んだ。
不思議と、その機動戦闘機は両足を踏み変え、立ち位置を変えて最後の戦車を斬った。
銃剣の一撃で、最後の一両が撃破判定を明確にする。
いわゆる峰打ちという感じで、ポッケーンと叩いただけだ。
だが、直ぐにオーレリアはわかった。
あの機動戦闘機、一番機のパイロットはわかっていた。オーレリアがこの場所で、この角度で見ていることを。だからわざわざ、見やすいように切り込む場所を変えてトドメをさしたのだ。
「……なかなかどうして、面白いものだな。アシュレイ、車の用意を。戻ります」
「承知いたしました、姫殿下」
だがその時、不意に異変が襲った。
なんと、10両の戦車とは別に……伏せていた歩兵が、肩に担いだ対戦車用のミサイルランチャーを構えて走り出たのだ。完全に不意打ちである。
放たれるミサイル。
この時代、歩兵が携行するミサイルでも威力は前世紀とは段違いだ。
だが、ミサイルは振り向く機動戦闘機の直前で突然乱れて、明後日の方向へと飛び去って爆発する。風が襲う中ではっきりとオーレリアは見た。
そう、見ていた。
この天覧席にも響く大絶叫と共に、最後に撃破された戦車から戦車長が飛び出すのを。
「クソッ、引き下がれっかあ! 親父のメンツがあんだ、ブッ叩いてやるっ! オラァ!」
なんと、ヘルメットを脱ぎ捨て走る戦車長は、女の子だ。
そして、機動戦闘機は苦もなくその少女の襟首を指で摘んで吊るし上げる。驚くべき器用さ、繊細な操作だ。手足をばたつかせる少女は、よく見ればバルドゥール伯爵の御令嬢だ。振り向けば伯爵は、顔に手を当て俯いている。
エドモンだけが愉快そうに笑って、席を立った。
「まあ、機動戦闘機に敵はありません。強いて言えば歩兵が怖いですが、御覧の通りです。機動戦闘機は磁力炉で動いてまして……その磁気はジャミングや防御にも使えます」
「誘導兵器を無効化するのか」
「全部ではありません、姫殿下。それなりに、です」
「して、あの娘は。……あっ! あれはリシュリーではないか! 私の友達、伯爵家の跡取り娘だ。……なにをしてるんだ、リシュリーは。何故、あんなところに」
「御覧の通り、怪我一つさせていません。手先の器用さは精密機械そのものです」
背後では、既にバルドゥール伯爵は言葉を失ってオロオロしていた。
端正なマスクは騎士を思わせる、そんな人型の機動戦闘機がこちらを向いた。オーレリアはカメラ越しに見詰める名も知らぬパイロットへと、大きく頷いて微笑んだ。
後日、ドイツとの交渉は丁重に断られ、陸軍派の計画は見直されることになったのだった。無論、軍隊には陸軍と空軍が必須である。限られた予算の使い道が、オーレリアには徐々にわかってきたような気がしていた。




