第4話「その男、財布につき」
エディン・ハライソを乗せたサイドカーが、穏やかな街並みを走り抜けてゆく。
丁度お昼時で、沿道の店はどこも大混雑だ。このウルスラ王国の主産業である、観光……とこを向いても外国人ばかりである。その人種は多彩で、アジア系から欧州系、アフリカ系まで、まるで人種の見本市だった。
元気に働く臣民たちの笑顔が、自然とエディンの頬を綻ばせる。
だが、バイクにまたがる姉は少し御不満なようだ。
「ねね、エディン。これ、あたしが同行する意味、ある?」
「姉さんは昔から、運転だけは上手いよ。それに、腕っ節も強いから護衛にはぴったりだ」
「……それ、褒めてる? ねえ、褒めてるの?」
「とてもね」
「そっかあ……デヘヘヘヘ」
姉のエリシュ・ハライソは、ウェーブの掛かった長い藍色の髪をゆるゆると棚引かせて笑う。ゴーグルの上からでも、いつもの気風の良い笑顔が感じられた。
姉弟だが、あまりエディンとは似ていない。
そのことを話題にしたことはなかったし、両親は亡くなっているので確かめようがない。
ただ、なにかと世話を焼きたがるエリシュはトラブルメーカーなので、こっそりエディンがフォローして世話を焼かないといけないのである。
そんな二人を乗せたサイドカーは、瀟洒なレストランのテラス前で止まった。
先方は既にテーブルについているようで、葉巻を灰皿に葬るや立ち上がった。
「よう、エディン! それと……おお、エリシュ。今日も綺麗だ、とても綺麗だよ」
ちょっと悪趣味なアロハを着た伊達男が、両手を広げて立ち上がる。年の頃は二十代半ば、ちょっと見ると遊び人のような風体だ。すらりと痩せているが筋肉質で、はだけた胸元など古代ギリシャの彫像のように盛り上がっている。
彼の名は、エドモン・デーヴィス。
このウルスラ王国で貿易商をしている。
エディンはヘルメットを脱ぐと、エリシュと一緒に歩み寄って握手を求めた。
「今日はお時間を作っていただいてありがとうございます、エドモンさん」
「なぁに、かわいい弟分のためさ。で、さあエリシャ。ハグをしよう、ハグだ!」
「……なんで? ほらほら、あたしお腹減ってんの! さっさと座りなさいよもう」
スカスカとエドモンが空気を抱擁する、その横をすり抜けてエリシュは座ってしまう。苦笑しつつ、エディンもその隣に腰掛けた。
エドモンは嫌な顔一つせず、三人で食卓を囲む。
因みにエリシュは、船でも食堂で三人分のサンドイッチを平らげてきたばかりだ。
「さあ、二人共好きなものを食べてくれ」
「ほんと? んじゃ、このシュリンプのクリームソースパスタと、サラダはカニがいいわね。あと、肉料理はなにかしら。ほら、エディン! あんたはペスカトーレにしなさい」
「わかったよ、わかったから姉さん。それより」
ウェイトレスがやってくるなり、エリシュがズガガガガ! と注文をまくし立てる。勿論、彼女が完食するのは知っている。そして、気前のいいエドモンは笑顔だった。
エリシュが今日の肉料理を選んでいる間に、エディンは改めて話を進める。
「エドモンさん、本当に今回は助かりました。日本からの八神重工の積荷、全て滞りなく」
「船もまあ、なかなかだろ? 全部俺が手配した」
「ありがとうございます。運用してみたところ、なかなかの好感触ですね」
エドモンは、エディンたちにとって生命線、資金源だ。どんな海軍も、海よりも軍艦よりも、まずは予算が必要である。それはオーレリア姫からも回してもらえるのだろうが、それでは遅過ぎた。
だから、エディンは以前から付き合いのあるエドモンを頼ったのだ。
実は、かなりの額を借金中である。
そのことに関しては、限られた人間しか知らない。
「しっかし、この山国で海軍たあなあ……ま、悪かねえ。百年前にドッカンドッカン爆弾を落とされたからな。あちこち湖だらけで、飛行機や車より船だろ」
「そういうことです。しかし、軍艦は必要ないかなと」
「ウルスラの造船所じゃ、デカい艦は作れねえからな。なにせ内海、湖に池に沼だ」
「お借りした古い貨物船、あれと同程度の船舶を手配できますか? あと二十隻」
「豪気だねえ……どうしてそう急ぐ? スポンサーとしては説明が聞きたいんだが」
そういってエドモンは、笑顔の中で瞳を鋭く輝かせる。
そうしてエディンを射抜くように見詰めつつ、隣で先に運ばれてきたワインを飲むエリシュに目を細めた。
いい飲みっぷりで口元を拭って、エリシュはどうやら御満悦である。
「ん? なに、エドモン。あ、あんたも飲むのね。ほら、注いだげるわよ」
「こりゃ嬉しいね、美人のお酌がなによりの御馳走だ。それで? エディン、話の続きだ」
エディンは周囲を見渡し、やんわりと姉の出すワインのボトルを断る。
そして、静かに声を潜めて要点のみを話した。
「来年、西暦2045年で第二次世界大戦終戦から百年の節目を迎えます。そして、永世中立国ウルスラ王国の、周囲の国家との相互不可侵条約が失効します」
「それは知ってる。百年軍隊のなかった国、それがウルスラ王国だからな」
「そして……これはあくまで僕の推測にしか過ぎませんが」
静かにエディンは、一度言葉を切る。
エリシュは二杯目のワインを飲んでいたが、エドモンの目は笑ってはいなかった。
「条約失効と同時に、全世界から宣戦布告される恐れがあります。それも、かなり高い確率で」
「根拠は?」
「そもそも、何故……どうしてウルスラは、百年前に無数の新型爆弾を落とされたか……それを考えたことはありますか? エドモンさん」
「一説にゃあ、戦後の世界を誰が牛耳るかで揉めたって話だろう?」
「……本当にそれだけしょうか」
改めてエドモンは、周囲を見渡す。
そして、即座に気付いて近付いてきたウェイターに、二言三言小声で囁いた。
この店のオーナーは、エドモンなのだ。
彼は周囲に一応気を配るように言って、テーブルの上で手を組む。
「この百年でソ連はなくなり、欧州はEUにまとまった……ま、多少はほころびもしたがな。世界じゃ中国が経済を牛耳り始めて、アフリカや東南アジアは荒らされたい放題。そこにきてアメリカさんは引き篭りときてやがる」
「それでもです、エドモンさん」
料理が運ばれてきたが、エディンはエドモンしか見ていない。
エドモンもまた、エディンを真っ直ぐ見つめてナイフもフォークも持たなかった。
エリシュだけが脳天気に、まずはサラダを全員に取り分けた。そして、一番大盛りの皿に夢中でかぶりつく。食欲旺盛なのはいつものことだが、全く話に絡んでこようともしない。……ように見えて、実は彼女は全て脳裏に記憶し情報を整理しているのだ。
世が世なら才媛才女、しかして実態はふしだらな姉……それがエリシュなのだ。
その食いっぷりにだけは、エドモンも微笑みを浮かべる。
エリシュにはほかにも、この場の重要な仕事があるのだ。
だからエディンは連れてきたのである。
「エドモンさん、百年前……このウルスラが戦後世界の調整のための会談場所になった、それはいいと思います。比較的政情も安定していて、ウルスラは参戦国ではなかった。ナチスも流石に、片田舎の辺境へは攻めて来なかった。でも……」
「でも?」
「でも、逆は考えられませんか? ウルスラはナチスの侵略から守られていた……連合国側によって。そして、戦勝国たちはその見返りに、このウルスラになにかを要求したんです」
「それを突っぱねられて、はいドカーン! か?」
エディンは重々しく頷く。
そもそも、百年間軍隊を持たないウルスラ王国は、不思議なことだらけだ。ありったけの新型爆弾を落したくせに、どこの国も賠償は口にせず、周辺国および主要国との相互不可侵条約を締結させた。名目は、軍事費をゼロにすることで復興を加速させるためだ。
表向きは各国の手違いということで、謝罪は勿論十分にあった。
復興への支援も滞りなく、こうしてウルスラ王国は平和を取り戻した。
それが全て……この地に眠るなにかを巡る策謀が生んだ、空白の百年だとしたら?
そのことを口にしたエディンを前に、流石のエドモンも汗を拭う。
彼は「失礼」と一言添えて葉巻を取り出し、エリシュに笑顔を放った。
「エリシュ、俺の店は抜群だろう? どうだ? 美味いか!」
「あーっ、すみません! そう、そこのお兄さん! この海鮮グラタンを追加で。あと、ワインもお願い。よろしくぅ! ……ん? なんか言った、エドモン」
「……いや、なんでもない。で……エリシュはどう思う?」
「知らないわよ、そんなの。でも、エディンが言うんだから本当でしょ? ほらエディン、あんたも食べなさいよ。冷めちゃうから、ほら! 姉さんがよそってあげるから!」
相変わらずエリシュはマイペースだ。
だが、エディンの言いたいことははっきりとエドモンに伝わった。そして、この男はそれで態度を翻したりはしない。
しかし、釘は刺してくるし、商売とはそういうものだ。
「よーしわかった! 俺ぁウルスラ王国育ちのウルスラ人だ。この土地で商売させてもらって、他の国にあれこれ手を広げられるのも地元あればこそ。だがな、エディン!」
「はい、心得てます」
「俺は慈善事業はしねえ……日本の八神重工とのパイプも持てたし、このままお前さんの海軍が軌道に乗ればウハウハだ。だが」
「ええ……空軍派と陸軍派には黙ってもらわないといけませんね」
「へへ、そういうこった。お前のそういう怖い顔、好きだぜ?」
「ご冗談を、っと、姉さん?」
相変わらず姉は健啖家で、バリバリムシャムシャ食べつつエディンにも皿を押し付けてくる。そうして自分とエドモンとに二本目のワインを注ぐと、追加でやってきた海鮮グラタンに手をつけ始めた。
「ふぉれひょり、フェディン!」
「姉さん、食べながら喋っちゃ駄目だよ。美人が台無しだ、ねえ? エドモンさん」
「そ、そうだぜエリシュ! 焦らずゆっくり食べようぜ。で、このあともし良ければ二人で――」
実は、エドモンはエリシュに惚れている。
そして、会う都度涙ぐましい努力を重ねてアプローチするのだが……残念ながら一度も成果が実ったことはない。弟一筋のエリシュは、まだない海軍の不沈艦なのだ。
そのエリシュが、ようやくギョクン! と喉を鳴らしてから喋り出す。
「とりあえず、来週に陸軍派との模擬戦があるわ。機動戦闘機のお披露目よ。そうよね? エディン」
「ええ。エドモンさんも来てください。席を確保しておきますので。相手は……なんだっけ、姉さん」
「戦車よ、戦車! ドイツが他国に絶対供給しない、門外不出のMBT……レオパルドZ9! ラインメタル社製の大砲つけてる、現時点での地上最強戦車ね」
エドモンは「えっ!?」と驚いたが、エディンは笑みを浮かべるだけだった。
こうしてエディンたちは、来週の模擬戦に向けて本格的に動き出す。史上例を見ない、最強戦車と機動戦闘機の模擬戦。
しかも、向こうが提示した条件は決して飛ばないこと。
機兵形態のみで戦うことを余儀なくされているが……エディンには勝機があった。それは自分が信じるものであり、仲間と共有して確信になっている。まずは、陸軍派を潰す……海軍と機動戦闘機による国防を認めさせる戦いが始まろうとしていた。




