第11話「戦争が聴こえる」
フランス中部、オルレアン。
かつて百年戦争の折に、オルレアンの乙女ことジャンヌ・ダルクを輩出した古い街である。その郊外に、八神重工のフランス工場がある。
広大な敷地には滑走路もあり、今もジェットの轟音が鳴り響いていた。
離着陸を繰り返すのは、先行量産型の機動戦闘機。
管制塔でその一挙手一投足を見詰めていたエディンは、携帯電話に呼び出されて外に来ていた。まだまだフランスの日差しは強く、風も熱気をはらんでいる。
「もしもし? ああ、リシュリー様。どうも、お疲れ様です」
『だからやめろってー、リシュリー様とかさあ。ケツがむず痒くなんだよ』
回線の向こう側では、相も変わらず元気な声が弾んでいる。
いつだってリシュリーは、活発さの塊みたいな娘だった。
『でよ、エディン! ちょっと頼めるか? お前を通じてあのオバハンに頼みがあんだよ』
「オバハン……ああ、フリメラルダ女男爵ですね。怒られますよ、そんなことを言っては」
『へへ、直接会う時だけ気をつけるぜ。んで、お前を通じてオバハンに調べて欲しいんだ。宰相のシヴァンツな、どうにも臭えんだよ。プンプン臭う』
「……オーレリア姫殿下になにか?」
『最近、オーレリアのスケジュールは滅茶苦茶だ。寝る暇もろくにねえんだよ。しかも、シヴァンツの野郎が容赦なく仕事を押し付け続けてんだ』
タッチ・アンド・ゴーの訓練中で、エディンは携帯電話を持ち替える。
頭上を今、一機の機動戦闘機が飛び去っていった。
MCF-1X"カリバーン"ではない。
特徴的な前進翼はなく、主翼はクリップドデルタで綺麗にまとめられている。細かな仕様も違って、一部は簡素化されたり新素材や新型機器に置き換えられている。
現在オルレアンで機種転換訓練に使われている、先行量産型だ。
MCF-1A"カラドボルグ"、世界初の機動戦闘機、そのマスプロダクトモデルである。
現在、1stロットの45機がこの場所でテスト中だ。
「……あれは37番機か。彼は、駄目だね。また一人、別のパイロットを探さなきゃ」
『エディン? 聞いてんのかよ、エディン!』
「ああ、ごめん。ええと、リシュ? 話はだいたい掴めたよ。頼めばすぐにフリメラルダ女男爵が動いてくれる。……僕も以前から、宰相は警戒していたんだ。それなのに」
『一応、こっちではオレがオーレリアについてる。心配すんな!』
「……別の意味で心配だけど」
『ああ? んだとコラァ!』
「冗談だよ。っと、ごめん。別口から通話が……この番号は」
すぐにエディンは、手短にリシュリーとの話をまとめて会話を打ち切る。
回線を切り替えれば、先程話題にのぼった女傑の声が響いた。
『ハイ、エディン。お仕事ははかどってるかしらん?』
「それなりには順調ですね。量産型の受領と、45人のパイロットの目処が付きました」
『傭兵……外人部隊で揃えたそうね?』
電話の相手は勿論、フリメラルダ女男爵だ。
確か今、彼女はロンドンにいる筈である。その目的は、あらゆる国家へのロビー活動、そして折衝と工作だ。先の大戦の後に結ばれた、百年の相互不可侵条約。その平和で復興してきた非武装国家が、ウルスラ王国だ。
今、条約失効を前に水面下で世界は動き出した。
なにが各国を戦争に駆り立てるのか、それはわからない。
だが、エディンと仲間達には避けられぬ戦争だけがはっきりとした現実だった。
同志として見えない戦いを続けるフリメラルダは、今日もよく通る声を伝えてくる。益荒男嬢爵と恐れられた彼女の詰問から、逃げられる者など存在しない。
「戦時下で傭兵を雇うのは戦の常道、そして最もコストがかからない手段でもあります」
『それは承知しているわ。兵隊一人を教育し、訓練して、一人前にする……そのコストは莫大な額だし、その時間も今はないんですもの。ただ』
「ただ?」
『国の民に血と汗を なんて言ってた君が、外国人ばかりパイロットに選ぶなんて。少し不思議でしてよ? 説明して頂戴』
「傭兵の中でも、特に国や民族に偏りがない人選をしました。結果として、多国籍な外人部隊になっただけです。まず第一に、彼等が単純にパイロットとして一流の腕を商品としたプロであること。そして、金銭しか目的としないプロ中のプロであること」
『……お金で彼等の命を買い続ける限り、裏切られるリスクは少ないわね』
「それがプロですから。綺麗事や精神論だけでは人は動きませんよ」
エディンの人選は徹底していた。
自ら面接官を務めたし、何度もレクリエーションを繰り返した中で人物像や人格まで分け入った。勿論、戦闘機のパイロットとしての資質と技量、そして機動戦闘機への対応力なども考慮した。
逆に、金に糸目はつけなかった。
そもそも、ウルスラ王国は決して豊かな国ではない。
食料自給率こそ高いが、農耕や畜産、漁業の他には観光事業しか収入源のない小国である。それでも、必要な人間と認めた傭兵達へは破格の条件を提示したのである。
「歴戦の勇士達ですから、"カラドボルグ"も徐々に乗りこなしてくれてます。中には手足のように使う猛者もいて、頼もしいですね」
『の、ようね……こっちにも報告書が回ってきてたみたい。ごめんなさい、なにしろオフィスは書類だらけで、処理すべき案件が山積してるの。ああ、これね』
「現場は着々と準備が進んでます。フリメラルダ女男爵、貴女は貴女の仕事を」
『心得てるわ。それで……これはまだ、オーレリア姫殿下のお耳にはいれてないことなんだけども。ちょっと、いいかしら』
直通回線だから、盗聴の恐れはない。
だが、自然とエディンは周囲に気を配った。
行き交う"カラドボルグ"のエンジン音が、ひっきりなしに金切り声を歌う。この騒音の中では、遠距離からの集音も無理だろう。そして、周りに人影は見当たらない。
コンクリートの上を歩きながら、エディンは手で口元を隠して話を続けた。
「……なにか動きがあったんですね?」
『ええ、そして良いニュースじゃなくてよ。残念ながら』
一瞬の沈黙。
向こう側から、紙の束がめくられる音がした。
そして、フリメラルダは重大な最新情報を話し出す。
『ロシア軍が動き出しましたわ。北極艦隊が南下中……そして、NATO各国が全く動いてないわ。不自然な程にね。それに、国境沿いに機甲師団も集結中でしてよ』
「やはり、最初に動いたのはロシアですか」
『あら、預言者にお知り合いでも?』
「歴史は時として預言者であり、常に反面教師である」
『素敵な名言ね。誰の言葉かしらん?』
「僕が今、考えましたが」
『あら、残念』
どういう意味だろうかと思ったが、エディンはそれより先に考えるべきことがあった。
ロシアが軍を動かし始めた。
条約が失効する年末までは、まだ四ヶ月もある。それなのに、あいも変わらず現金なものだと苦笑するしかない。
「ロシアが不可侵条約を反故にするのは、今に始まったことではありませんね」
『あら、露助の野郎くらい言ってやってもいいのよ?』
「下品ですよ、女男爵」
百年前、まだソビエト連邦だったロシアは不可侵条約を一方的に破棄、最後の枢軸国だった日本との戦争を開始した。それは、既にハル・ノートが突き付けられた瀕死の日本にとって、トドメとなりかねない侵略行為だった。
日本での終戦記念日は、8月15日……玉音放送があった日だ。しかし、一連の戦争が正式に終結したのは9月2日、戦艦ミズーリ号での調印式の日である。そして、このタイムラグが生み出した半月の間に、日本は北方四島を奪われ、多数の死傷者を出したのだ。
「少しスケジュールを早めましょう。各国への根回しをお願いできますか?」
『あまり結果には期待できないけど、最大限の努力を約束するわ』
「正式にこちらが、ウルスラ王国が外交努力を尽くしたというエビデンスが必要なんです。よろしくお願いします」
『りょーかいっ、任せて頂戴な。で、君はいつ発つのかしら』
「明日にはオルレアンを出ます。一度本国に戻らねばなりませんし、気になることもありますから」
ふと振り返れば、姉のエリシュが手を振っているのが見えた。
恐らく、傭兵達からなにか要望や確認事項がるのだろう。
姉へと手を振り返して、エディンは通話を終える。
既にもう、見えない戦争はそこかしこで始まっていた。




