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腕を振るうと、左手に込めた魔力が放たれる。
魔力は軽く込めただけだし精々風が起きる程度で、その風だってオオカミにギリギリ届くかどうかだが……やはり頭が良い。
オオカミにはしっかりボクの意図が伝わったようで、小さく一声吠えると草原の向こうに去っていき、あっという間に姿が見えなくなった。
ボクだって本気で走れば相当な速さだという自覚はあるが……多分ボクよりも速いだろう。
流石はオオカミか。
「ビーンズ家の村が近くにあるが……よかったのか?」
「負けるつもりはないですけど……あんまり戦いたくない雰囲気だったんですよね。賢そうだったし、人が大勢いる所には来ないんじゃないですか?」
ビーンズ家の村自体は高い塀で囲まれているし、今日危ない目にはあったが農場周りも柵で囲まれている。
村の住人は農場の仕事以外では基本的に村の外には出ないし、オオカミが農作物を狙うこともないだろう。
他のオオカミはともかく、あのオオカミはボクたちを含めて人を襲う素振りを見せなかったし、わざわざ刺激することはないはずだ。
ボクの言葉に騎士たちも「そうだな」と頷いた。
「……それじゃあ、後は皆さんにお任せしますね。ボクは街に向かいます」
向こうの方もそろそろ終わりそうだが、草原のそこらにオオカミの死体が転がっているし、向こうの市場の状況確認などもあるだろうから、まだまだ彼らの仕事は残っている。
一緒に戦いはしたが、ボクはあくまで善意の助っ人だ。
戦闘が終わったのならこれ以上手伝う必要はないだろう。
「む? ああ……協力感謝する。もしかしたら後で話を……いや、ビーンズ家か。その必要はないな」
「……? まぁ、それでは」
彼が言いかけたのは事情聴取というか、状況の確認をしたいってことなんだろうが……何故ビーンズ家だと必要がないんだろうか?
……街の有力者だからかな?
気にはなるが考えても仕方がないし、ボクは特に問いただすようなことはせずに街に向かった。
◇
ボクが街道にいた時は、まだ門前には入場待ちの列が出来ていたんだが……。
「門前にいた人たちは中に入れてもらえたみたいだね? ……まぁ、ある意味当然なのかもしれないけど、それよりもおじさんは……?」
一緒に街に来た御者のおじさんや、別れた時周りにいた人たちの姿も見当たらない。
門前の代わりに街に入ってすぐのところに人だかりが見えるが、その中にいるのかもしれない。
歩いてくるボクに気付いたのか、その人だかりから歓声が上がっている。
……街に入るにはあそこを通る必要があるんだが、困ったな。
流石にここの壁を飛び越えるような真似は出来ないし……肩を落としてトボトボ歩いていると「お嬢様! こちらです!」と、人だかりをかき分けておじさんが姿を見せた。
小走りでそちらに向かうと、おじさんがホッとしたような表情を見せた。
「お疲れ様です。私は中に入れられたものですから戦っている姿は見られなかったのですが、怪我はないようですね」
「上手く騎士が戦いやすいように誘導してくれていたので……。それよりも、もう中に入っていいんですか?」
「ええ。外で待機するのではなくて、一先ずそこに集まるように……と」
おじさんが指したのは皆が集まっている箇所だ。
流石に外に危険が迫っているかもしれないってのに、街に入る用意がある者を外で待機させるってことはしなかったらしい。
そして、待機している者たちも大人しく指示に従っている。
まぁ……入場を取り消しにされたり捕らえられたりするリスクを負ってまで、指示を無視するような者もはいないだろうしな。
「それじゃあ……ボクたちもですか?」
結局あの中に加わるんだろうか……と辟易しているボクに、おじさんは笑いながら答えた。
「いえ。我々が向かう先はビーンズ家のお屋敷ですし、このまま中に入って問題ありません」




