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村から出発して以降、ボクは馬車の屋根の上に座りながら街道の両隣の草原に視線を這わせて警戒を続けているが、今のところ変わった様子は何もない。
まぁ……前回街を訪れた際もオオカミの群れを見るまでは何もなかったからな。
「ビーンズの森はまだ側まで続いてるのにね?」
村の裏手に広がる森はもう少し先まで続いている。
ビーンズの森には、シカにイノシシにオオカミにキツネにウサギに……色んな種類の獣が大量に生息していることがわかっている。
森に生息している魔物は、わざわざ森の外に出てくることは滅多にないんだが、その獣を目当てに魔物や魔獣がフラフラと街道を超えて森の手前をうろついていたりするそうだ。
だが、前回も今回も森の側には見当たらない。
季節か時間か……それともたまたまなのかはわからないが、この辺は割と穏やかな区間なのかもしれない。
平和だなぁ……と、槍を屋根の上に置いてぼんやりしていると、馬車の中から「アリス」とボクを呼ぶ母の声がした。
「うん? どうしました?」
屋根から窓に頭だけ覗かせると、母は馬車の中で何やら書類にサインをしていた。
ゴトゴトと揺れているのによく書けるもんだ……。
「工房への紹介状を書いているの。職人たちとの顔合わせはもう先日済ませているけれど……あった方がいいでしょう?」
母はボクの顔をジッと見て来る。
先日工房を訪れた際はボクはスカーフで口元を隠していたが、今はスカーフの代わりに仮面を着けて鼻から上が隠れている。
髪の毛に特徴があるから「誰だ」ってなることはないだろうが、配慮は大事だな。
母の言葉に頷きながら、ボクは「助かります」と礼を言う。
今日街に向かうことになったのは昨日急に決まったことで、一応昨日のうちに連絡だけはしていたそうだが、向こうからの返答はないままだ。
そのため、向こうの用意がどうなっているかとかはわからないんだよな。
「見てもらう武器は槍だけでいいのよね?」
「ええ。剣も持って来てますけど、そっちは結局一度も使ってませんしね」
「そう……。まあ、もし見てもらうようなら代わりの剣を用意するようにも記しておくわ。戻って頂戴」
ボクは「はーい」と返事をしながら、再び頭を引っ込めて屋根の上に戻った。
◇
「うん? ビーンズ家か……?」
ラカンパの街に到着したボクたちは、入場審査を待っている列の脇を抜けて門前の兵たちの下に向かった。
彼らは初めは馬車の御者で、ついで車体に記されたビーンズ家の家紋に、そして最後に屋根の上にいるボクの順に視線を向けていく。
「リリアナ様とアリスお嬢様がご一緒です。通ってもよろしいですか?」
その言葉に、兵たちが門前を開けて通してくれる。
待機している者たちの視線が痛いことを除けば、特に何か言われることもなくすんなりと街に入場を果たした。
前回街にやって来た時はこの辺でオオカミたちと戦っていて、一緒だったおじさんは先に街の中に入ってもらっていたから、こういうやり取りはしていないんだよな。
さらにその前はエリーゼ様と一緒だったからフリーパスだったし……。
ビーンズ家も立派な貴族家だし、これでいいのかもしれないが、もしボクが今後一人で街を訪れるようなことがあった場合はどうしたらいいんだろうか。
「アリス」
街への入場の仕方……なんていう、ひょっとしたらどうでもいいことに不安を覚えていると、車内から再び声がかかった。
「どうしました?」
「街に入ったから、そろそろ屋根から降りなさい」
「おぅ……そういえば」
気持ちいいからついついそのままだったが、元々周囲を警戒するためには高所の方が都合がいいから屋根に乗っていたんだ。
街の中に入って周囲を警戒する必要がないのに乗ったままだと、流石に怪しすぎる。
ボクはササっと屋根から飛び降りた。




