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「あんな短い挨拶で良かったんですか?」
スタスタと廊下を歩いて行く母を追いながらアレで良かったのかを訊ねると、母は足を止めずに前を向いたまま「ええ」と短く答える。
だが、何か言いたいことでもあるのか肩越しに手招きをしていた。
「ん? なんです?」
母の隣に行くと、顔を軽く傾けて小声で話し始めた。
「ラカンパの各家のことは覚えているわね?」
元の周囲の農村の村長一族のことだろう。
「……名前までは知らないですけど」
簡単な出来事だったり、今のこの周辺での役割なんかはある程度は知っているつもりだ。
もっとも……その各家の名前に関しては知らないんだけれど。
「それで構わないわ。あそこにいた六人のうち三人はその家の当主たちよ」
「当主?」
あの場にはいなかったが、おじいさんもこの街で暮らしているし他所の家だってそうなのかもしれない。
だから、別にすぐに集まることが出来てもおかしくはないんだろうが……。
「本人たちが来るとは思っていなかったわ。おじさまがいるし、無理を言ってくるようなことはないけれど……貴女が下手に付き合いを深めても面倒になるだけよ」
「……そうなんだ」
パッと見ただけだったが、年齢的に祖父とおじいさんの間くらいの人たちだったし、確かに絡みづらいってのもちょっとわかる。
まぁ……こうやってすぐに連れ出してもらえたし、今後ボクが彼らと直接関わることはないだろう。
「後は貴女が言っていた二人が加われば勢揃いね」
代官こそいないが、街の重要人物が集まっているってことになる。
母のあの口振りだと同格とはいえビーンズ家が頭一つ上みたいではあるが……この街の事情をよく知らないボクは、直接どころか関わること自体控えた方が良さそうだ。
ボクが関わる機会はないと思いたいが……もっとしっかり顔を覚えておいたら良かったかな?
それはそれとして。
「残りの三人は誰だったんです?」
祖父とリチャードの他にいた六人のうち三人が当主で、クールダウンのためにどこかの部屋に連れて行かれたあの二人もそうだとしたら、あの三人はいったい誰なんだろうか?
一人はもしかしたら代官の使いとかかもしれないが……あのメンバーの中に入り込める人間となると……ちょっと思いつかないな。
並んで歩きながら母に訊ねたんだが、すぐに答えは返って来なかった。
「知らない人なんですか?」
「二人は知っているわ。一人はゴードン様の代理人で、もう一人は街の商会の会頭よ。日用品を扱っていて領内の各村に運んだりしているわ。大量の馬車を保有していて、馬を飼育する専用の牧場も持っているから、魔物除けを欲しがるのは理解出来るわ」
「うん」
「あと一人は……誰かしら?」
どうやら母も心当たりがないようで、不思議そうに首を傾げている。
「普通の人っぽかったし、商人さんとかかな?」
「ラカンパの周辺であの場に加われるような者なら私は全て知っているはずだけれど……。貴女は誰か聞いているかしら?」
「グラス家の方と一緒の馬車で訪れたことは知っていますが、誰とまでは……。ただ、旦那様から特に言及されてはいません」
母が前を歩く使用人に訊ねたが、彼女も誰かまでは知らないようだ。
「特別な指示がないということは貴族ではないようね。……この街の人間じゃない可能性もあるわね」
そう言うと、何やら考えることでもあるのか母は黙り込んでしまった。
そのまま廊下を歩いて行き、二階への階段がある玄関ホールまでやって来た。
結局考えごとの答えは出なかったようで、母は黙り込んだままでこのまま別れるのかなと思ったが、二階に上がったところでこちらに振り返った。
「後は私の方で話を止めるから、明日に備えて貴女は部屋で休んでいなさい」
そして、それだけ言うと自分の部屋がある棟へと歩いて行った。




