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母はテーブルの上から広げられた手紙らしき物を取ると、こちらに寄こした。
「いいの?」
「ええ。一応私宛てではあるけれど、貴女にも関係しているわ。字は読めるのよね?」
「それは……まぁ」
前回対面した際に話した気がするし、そのことは母だって覚えていると思うんだが……それでも念を押すってことはよほどの内容なんだろうか?
あまり受け取りたくない気もするが……仕方なく受け取った。
「わからないことや気になることがあればその都度言いなさい。教えるわ」
「うん……」
ますます読みたくないな……と思いつつも、一先ず読み進めることにした。
「……あれ? これエリーゼ様からなんだ?」
丁寧な時候の挨拶から始まった手紙だが、送り主はエリーゼ様だ。
アレ以降音沙汰なかったが、どうやら実家で元気にしているらしい。
「元気にしているみたいですね。どんな事情で狙われたのかは知らないし、あれからどうなったのかわからないけれど、良かったんじゃないですか?」
エリーゼ様が狙われたのは間違いないんだが、ボクはもちろん彼女自身も何故狙われたのかがわかっていなかったし、実家に戻る途中や戻ってからも安全なのかどうかもわからなかった。
まぁ……報告をする必要もあったし、どうやったって戻らなければいけなかったから、ボクがどうこう出来る問題でもない。
とはいえ、多少なりとも危機を脱するために力を貸した以上は無事であって欲しいと思っていたし、元気でいるってのはいいことだ。
だが、エリーゼ様が達者でいることにホッとするボクに対して、母は何とも言い難い表情を浮かべている。
そして。
「そこはどうでもいいの。その先を読みなさい」
続きを読むように促してきた。
「……どうでもいいんだ。どれどれ?」
そんなことはないと思うんだけどな……と考えつつも、一先ず続きを読むことにした。
◇
エリーゼ様が領内を騎士たちと一緒に巡回をしていたのは、彼女が王都の学院に通ったりで領地を離れていたため、領地の勉強を兼ねている……ってのはあの時聞いた。
だが、それ以外にも領主の娘という立場を隠して各街に入って、何も取り繕っていない街の様子を自分の目で見ることも目的の一つだったらしい。
別に不正を見つけたり内情を探ったり……そんなスパイのような真似をすることが目的ではない。
代官に自分の存在を知らせてからだと、どうしても街全体がそういう風に対応してくるし、かと言ってそれを咎めるようなことも出来ない。
まだ自分の存在を知られていない時期だからこそ出来る社会勉強だ。
実際ラカンパの街の件はエリーゼ様は知らなかったし、領内には他にも同じようなことがあるのかもしれない。
領主一族にとって領民の生の生活や反応を見る大事な機会なんだろう。
ところが、止むを得ない事情ではあったがその任務は失敗してしまった。
更なる追撃がいつあるかもわからなかったし、領都に帰還する際に、事前に立ち寄る街の代官たちに連絡を行っていたそうだ。
口裏を合わせて黙っていたら身分を隠すことは不可能じゃなかったと思うんだが、律儀な人たちだと思う。
万が一の際に周囲に被害を出さないようにするためなんだろうに厳しいな……とは思うが、まぁ……仕方がないことだろう。
それで……だ。
失敗したからって別に懲罰を受けるようなことはないみたいだが、本来エリーゼ様は将来的には領主一族の広報官的な役職に就く予定だったそうだが、それが白紙になってしまったそうだ。
領民の生活を理解出来ている人間……ってのがその役職に就く前提条件で、騎士団の活動はそのためってのもあるらしい。
領民への……というよりは、領地の貴族たちにたいしての発言の説得力や根拠の問題なんだとか。
ボクみたいな平民どころかほとんど流浪生活を送っていた者たちには関係ないけれど……まぁ、大事な役職なんだろう。




