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早足だっただけあって、僕たちは屋敷にすぐに到着した。
もっとも、お姉さんは額に汗を浮かべて、息も大分荒くなっているが……気付かない振りをしてあげよう。
ちなみにボクは汗ひとつかいていない。
ボクたちを呼びに来た使用人はそのことに気付いていて、感心したような表情でボクを見ている。
「それで……えーと……母? はどこにいるんでしょうか? 自分の部屋ですか?」
今更だが、ボクは母のことを何て呼べばいいんだろうか?
リリアナさんでいいのかな?
「あっ……と。リリアナ様はアリス様のお部屋で待っていると。おい、シェリル? 俺はここまでだ。後は頼むぞ」
「えっ……ええ。アリスお嬢様、参りましょう」
使用人に促されたお姉さんは、深呼吸をするように大きく呼吸をすると、前に立って歩き始めた。
◇
二階の奥にある、今日ボクが宿泊する部屋に到着した。
ボクが初め案内された時には廊下にも使用人が待機していたんだが、母は半ばこの屋敷で暮らしているわけだし、その必要はないのか誰もいない。
お姉さんがドアをノックすると、すぐに中から母の声で「入りなさい」と返って来た。
「失礼します」
ドアを開けて二人で中に入ると、足を組んで座っている母と目が合った。
母はまずボクを見るが、すぐに先に部屋に入ったお姉さんに顔を向ける。
「シェリルね。娘が世話になったわね。ご苦労様」
お姉さんはその言葉に、ピシッと気を付けをして「はい」と返事をする。
……ボクと一緒の時とは大違いの態度だ。
この屋敷の中での母ってどんな立ち位置なんだろうか……とお姉さんの後ろでボクが首を傾げていると、母がさらに続ける。
「貴女はもう下がっていいわ」
その言葉に「はい。失礼します」とお姉さんは即答して回れ右をする。
そして、すれ違い際にボクにも小さく礼をするが、そのまま部屋を出て行ってしまった。
母は誰も人を付けておらず、部屋の中は二人っきりだ。
……気まずい。
ドアの前でソワソワしていると、母が呆れたような声で「貴女……いつまで武器を手にしているの?」と訊ねてきた。
言われてみればその通りだ。
一先ず部屋の隅に槍と小剣を立てかける。
「さっさと座りなさい」
「む……」
座ろうにもこの部屋に椅子は今母が座っている一脚だけだ。
テーブルの上には手紙らしき物が広げられているし、ペンや封筒まである。
あそこから母が動く気はないんだろうし……流石に床に座れとは言わないよな?
一瞬迷いはしたが、ボクは窓際に設置しているベッドへと向かった。
何で部屋で座るってだけのことでここまで緊張しないといけないんだろうな……。
小さく溜め息を吐いてベッドに座ると、そのため息が聞こえたのか母がボクを睨んでいる。
そして、今度は母が隠す気もない溜め息を吐いた。
「……ジョンや父から報告を受けたけれど、貴女村で魔獣を倒したのね」
「うん。ボクだけで倒したわけじゃないけどね。後は街の外でもオオカミの群れと戦ったよ」
「そちらは兄上や街の兵が処理することよ。まあ、怪我もなく片付けられたのならそれで十分よ。一先ず、貴女が運んで来た素材は、既に工房に送っているわ」
「そっか」
ボクが先程までいた工房じゃないだろうが……とにかく作成に取り掛かったようだ。
どれくらいの効果があるかはわからないが、ジョンたちも期待しているようだし、信用していいんだろう。
「……どれくらいで出来るかとかはわかります?」
「三日……四日といったところね。ウチの農場に優先的に回すけれど、もし余裕が出来るようなら他の家にも回すけれど、構わないわね?」
軽く街を見た限りだが、それぞれが協力関係にあるようだしボクがどうこう言うようなことでもないだろう。
ボクが「ええ」と頷くと、母は満足そうな表情を浮かべた。
もっとも、それはほんの一瞬のことで、表情を引き締めるとテーブルに手を伸ばした。




