第5話「幼馴染がグイグイ来る件」
真由希に、俺が薬院 彩葉と偽りの恋人関係を築いていることがバレた、その翌朝。
「燦斗ー、真由希ちゃんが迎えに来てるわよ」
ん?母さんは、今なんと言った?
真由希が、朝に迎えに来てる、って言ったのか?
いやいや、聞き間違いだろう。
「アキー!早く学校いこー!」
真由希が、母さんと一緒に、部屋を覗き込んできた。
頬をつねってみるが、しっかりと痛みが走る。
つまり……夢ではなく、現実だ。
一体、どういうことだ?
俺の記憶が正しければ、真由希が朝に迎えに来るのなんて、中学のあの時から一度もなかったはずだ。
「ほら、さっさと着替えて朝ご飯食べちゃいなさい。真由希ちゃんは朝ごはん食べてきた?なんだったら、一緒に食べる?」
「いえ、今日はいつもより早く家を出たので食べてないです!いただきます!」
寝起きでまだ意識がハッキリしていない俺を放置して、真由希と母さんが会話を続ける。
母さんは、真由希の返事を聞くと、リビングへ戻ってしまった。
「ほら、アキも早く起きて」
「……なにしてんの、高宮」
「え?なにが?」
「なにが?じゃなくて。なんで俺の家に勝手に上がり込んでるんだよ」
当然の疑問。俺は何ひとつおかしいことを言ったつもりはないのだが、真由希はキョトンとしている様子だ。『何言ってるの?』と言わんばかりの表情。
いや、そんな顔したいのはこっちの方なんだけど。
「ピンポン押したら、お母さん普通に入れてくれたよ?だから不法侵入じゃないもん」
なんで母さんはさも当たり前かのように真由希を家に迎え入れちゃうの?親同士は俺たちが疎遠になったりしてるの気にしたりしてないの?全く気にしてないの?それとも気を使ってるの?なんなの?もう考えるのやめようかな。
「……朝飯、食ってくの?」
「うん、お母さんも良いって言ってたじゃん。断ったら悪いよ」
いや、それはそうなんだけどさ。そうじゃないじゃん。昔だったらそれも当たり前だったけどさ。疎遠になってから急にそんな空気感で接して来られると困るじゃん。なんなの?
「……やっぱり、だめ?」
真由希が寂しそうな表情でこちらを見つめてくる。そんな顔されたら、ダメなんて言えるわけがないだろうが。
ここで真由希を追い返してしまえば、俺はまた真由希を傷つけてしまう。もうそんなことはしたくない。
「……別に、いいよ。それより、着替えるから部屋から出てってくれ」
「私とアキの仲じゃん。今更そんなこと気にしなくていいから!」
「……いや、お前。逆の立場になって考えてみろ。俺がお前の着替えを凝視する場面を想像してみろ。どんな気持ちだ?」
「は、恥ずかしい…。もう、アキのエッチ!最低!」
ひどい冤罪だ。俺は何もしていない。100%無実だ!
俺の半セクハラめいた完璧な理論武装により、真由希を部屋から追い出すことに成功したので、いそいそとパジャマから制服に着替え、真由希に一声かける。
「お待たせ。着替えたぞ」
「アキ、寝癖!」
「え?いや、自分で直すから」
「ほら、じっとする!」
俺はされるがまま、真由希に寝癖を直してもらう。
今日の真由希は一体どうしたのだろうか。
なぜ、ここまでグイグイと絡んでくるんだろう。
なにかあったのか?なにか企んでいるのか?
……ダメだ、わからない。
真由希が何を考えているのかわからない。
「どした?アキ」
「いや、今日の高宮はすごくグイグイ来るなあと思って。なに、なんかあったのか?」
そう聞くと、真由希はげんなりした表情とともに、ため息を吐いた。
「……ねえ、それ禁止!」
「え?」
「苗字呼び、やめて!前みたいに、名前で呼んで!」
「なんで?」
あの日以降、俺は真由希を『マユ』と意図的に呼ばないようにしていた。
しかし、中村と真由希が付き合っていないのであれば、俺が真由希を『マユ』と呼ぶことはなんら問題は――ある。
仮初とはいえ、俺は薬院 彩葉と付き合っている。そんな男が、他の女子を名前で呼んでいるのは、傍から見てどうだろうか。
「苗字で呼ばれると、距離ある感じがして嫌なの!だから禁止!」
「そう言われても、一応俺は彼女がいる身だから…」
「って、それニセの彼女でしょ!」
「でも、世間的には彼女がいることになってるわけだからさ」
「じゃあ、二人の時だけでいいから名前で呼んでよ」
なんだろう。今日の真由希に何を言っても聞き入れて貰えなさそうな気がする。これはもう、大人しく真由希の要望を受け入れるしかないのかもしれない。
「……分かったよ、ま…。なんて呼べばいい?」
一度やめてしまった手前、『マユ』とまた呼ぶようにするのはなんだか気恥ずかしい。ここは、心機一転『真由希』と呼んでしまうべきだろうか。
「それは、アキに任せるよっ」
「じゃあ、『真由希』って呼ぶことにしようかな。『マユ』って呼ぶの、ちょっと照れくさいわ」
「えへへ……。別にいいよ、アキ」
クソ……なんだこの可愛い生き物は。
久々にコイツに対してそんなこと思ったわ。
その後は、俺たちは二人で仲良く朝飯のトーストと目玉焼きを食べた。
真由希と食事を共にするのは実に久しぶりだったので、なんだか懐かしく、そして嬉しい気持ちがなかったと言えば嘘になる。
そして、家のドアを開け、久しぶりに二人で登校することになった。
……やっぱり、真由希の様子がおかしい。
まるで、疎遠になったあの時の出来事などなかったかのような、そんな接し方。
しかし、真由希がなぜそんな行動を取っているのか、全くわからない。
「真由希、今日は本当にどうしたんだ?」
「え?なにが?」
「い、いや…。今日、なんか変だよ。お前」
「前みたいに、出来たらなって」
「……前みたいにって、俺たちこんなだったか?」
「ご、ごめん。嫌だった……よね?」
「別に、嫌じゃないんだが……なんか、落ち着かないというか。急に態度が変わられるとこう……なんというかさ」
言い表せないモヤモヤを伝えられる言葉を探していると、真由希ははあ、とため息をついた。
「なにそれ、アキは細かいなぁ。そんなんじゃモテないよ?」
「うるせ」
俺があまりにモテないので、彩葉に目をつけられてしまったのは事実だが、いざそれを突きつけられると腹が立ってしまう。
前の空気感がどんな感じだったかもう思い出せないが、少なくとも、今のこの雰囲気を俺は嫌いではない。幼馴染らしい、のかは分からないが、気心がしれた感じがどこか心地いい。
「真由希、色校の制服着てるやつがちらほら見えだしたから」
俺が合図を出すと、真由希は少し寂しそうな様子で俺と一定の距離を取る。
「こ、こんな感じ?」
「ああ、悪いな。付き合わせて」
学校から比較的近いコンビニの近くで、彩葉が待機しているのが見えた。
彩葉と知り合ってから、俺と真由希が一緒に登校しているのなんて初の出来事だからか、奇妙なものを見つめるかのような表情を浮かべている。
「あら、燦斗くん……に、高宮さん。二人で登校なんて珍しいわね」
「別に珍しくないよ、薬院さん!中学の頃はいつも一緒に学校行ってたんだから!ね、アキ!」
真由希の圧が凄い……。
「え、あぁ、うん」
「高宮さん。燦斗くんの"彼女"は私なのだけれど。そこは分かっているかしら?」
「学校付近じゃ、そこはちゃんと空気読むから安心していいよ!」
「そ、そう。なら、良いのだけれど」
珍しく、彩葉が真由希に押されている。
「それにしても、あなたたち、なにかあったの?」
「いやあ、それが俺にもわかんなくて」
「アキにこれ以上変な虫が寄ってこないように、私がアキを守ってるの!」
「真由希……そんなに心配しなくても、自分の身は自分で守れるよ」
「いや、守れてないから薬院さんに偽彼氏なんか頼まれちゃうんでしょ」
真由希による、突然の正論ビンタ。
俺は何も言い返せず、黙り込むしかなかった。
「まあ、あなたみたいな幼馴染がいるって最初から知っていれば、私も燦斗くんを利用しようとは思わなかったわ。それに関しては高宮さんに悪いことをしたな、という気持ちはあるの」
「その感情、俺にはないの?」
「……」
沈黙は肯定と同義である。俺に対するリスペクトが欠けていると思う。誠に遺憾である。
そんなこんなで、珍しく俺は真由希と彩葉という二人の女の子と共に通学するのであった。
昼休み。
カップルらしさの演出の一環で、いつものように彩葉と学食で昼食をとっていた時のこと。
「燦斗くん。話があるわ」
「ん、どうした?」
なんだか改まった様子の彩葉に、思わず息を飲む。
「私たち、別れましょう」
「へ?」
突然の解放宣言だった。
食堂が、静寂に包まれる。
「……彩葉、どういう風の吹き回しだ?」
「言葉の通りよ。あなたにはもう利用価値がなくなっただけ。それに、高宮さんは……いえ、なんでもないわ」
「真由希が……?」
「いえ、なんでもないの。それに……もうすぐ、その時がやってくるわ」
彩葉の意味深な物言いにどこか引っかかったが、俺と彩葉の関係はたった一言で一瞬で終わりを迎えた。
虚しさや寂しさは――うん、ないな。
開放感に包まれている。晴れやかな気持ち……と言いたいところだが、一体もうすぐ何が起きるというのだろうか。
俺は、その意味をまだ知らなかった。
更新滞っててすみませんでした…。
タイトル通り(?)、今後は幼馴染の真由希ちゃんが燦斗にグイグイ迫っていく…かもしれません。
乞うご期待。
なんというか、グイグイし始めた真由希ちゃん、とっても可愛いっすね(自賛)




