99.『無法な魔法』
校門を潜れば寒空の下で訓練をする学生たちから労いの声がかけられる。
寮空間に入れば洵を含めた居残り組にも声をかけられ、絢は引き寄せられるようにそちらの会話に参加するも、真尋に捕まり禁室まで連れて行かれた。
学校の運動着である白に朱のラインが入ったジャージのような服を身につけた真尋は、部屋に入るなり絢をひょいと持ち上げては真尋の定位置らしきソファの隣に座らせる。
「んじゃ、ちょっと話そうか。あたしの魔法やらありがたくて迷惑なスキルの話やらお前の話やら、な」
真尋はそう言って、体が固まったままの絢にニヤリと笑いかけた。
「いやそんなには警戒すんなよ? あたしも結衣からこっぴどく言われてんだ。でも言わなきゃならねぇこともある。それを言っておこうと思ってな」
思考を切り替え、表情が薄れた絢に慌てて釈明して続ける。
「ぶっちゃけあたしは結衣以外どうでもいいんだ。お前が誰の指示でどんな目的で来たのかも、結衣に危害が加えられなければどうだっていい。でもな、そうじゃないのなら——私はお前の敵になる。それだけだ」
自分の感情を抑えるような冷めた視線に晒された絢は、あくまで冷静に返答する。
「ご安心ください。私は結衣さんに害意を持っていません」
「そういう指示は?」
「受けておりません」
そこまで伝えると真尋は怖い表情を一転、安堵を顔に写した。
「マジでよかった。結衣を悲しませることにならなくてさ〜」
「うーん」と両腕を高く上げて伸びをする真尋の言葉には絶対の自身が見える。
「もしかしたらもう分かってんのかも知んないけどさ、あたしって相手のウソが分かるんだよね。んで、お前が誰の命令でここに来たのかってとこにウソがあったから怖かったんだよな〜」
「え、嘘ですか?」
確か『アルカナの主人』の命であると言ったはず。そこに嘘はあり得ないのに。
「そそ、まだ制御しきれずに振り回されてんだよね」
「いえ、そちらではなく命令者に誤りがあると?」
「え、違うのか? なら命令をした奴の立場で考えてみたらどうだよ?」
立場と言えば主人? 継承者? 占い屋の主が間違いであるのなら……そうか、兆観司の司主。
私は従属者でもパイオニアとしてでもなく兆観司の職員として命令を受けた。だからか。
「……いえ、解決しました。話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
「ん〜? お前もしかしなくてもさ、タグ2枚持ちだろ? ほら、冒険者証のこと」
「どうしてそう思われましたか?」
あえて会話を長引かせながら、絢は思考をめぐらせる。
冒険者証は通常1枚。特殊な機関員であるか、悪事を行う者は身分を誤魔化すための2枚目を持っている。私はなぜか兆観司の役人として2枚持たされている。だから3枚持ち。だけどそんなこと言えないし言うべきでもない。
しかし相手は嘘看破持ち。であれば取れる手はひとつ。
「んや……詮索不可の関係者だし別にいいよな」
焦りをひた隠す絢に向かい、真尋はボソリと呟いて、
「あたしは司法省所属の審判官。そんなんで2枚持ちなんだけど……お前からも何かありそうな気配がしてな?」
「はて、どうでしょう?」
導き出した答えは嘘にも真にもならない誤魔化し。それに真尋はニヤリと笑う。
「おっ、上手いな。まぁ言わなくていいって。むしろ後が怖いから言うなよ? まぁさ、結衣に何か変なことしないならそれでいいんだ」
変なこと……。
絢は慶典に教えられたことがあった。あまり異性で、しかも家族意外とお風呂に入るべきではないと。同性でも相手の気持ちを汲む必要があると。
性別の価値観も肉体に対する価値観も人とは異なっており、常識という知識を収集中な絢にはいまいち理解し難いものであったが、もしかしたら昨日のも良くなかったかもしれないと思い至る。
「実は昨日なのですが、結衣ちゃんと一緒にお風呂に入りまして」
「お、おう。おう!?」
「体を見せてもらいました」
「……は?」
「これって変なことに入りますか?」
絢の真剣なカミングアウトに真尋はゆっくりと何度も瞬きをしながら首を正面に戻し、また絢の方を向いてようやく口を開く。
「それは〜。えとな、まず結衣はいっつもペクニア払ってひとり風呂なんだがどうして一緒に入ってんだってのと、見せてもらうって言い方が良くないってのと、お前がバカだってのはよ〜く分かった」
「なんでですか!?」
突然の罵倒に絢は憤る。
「経験から学びを得て先ほどの発言に至るのですからそこに非難の言われはありません! 真尋さんの前で正直に告白したんです! 褒められるべきでしょう!」
「あー、そうだな。お前な、普通に見て欲しいならちゃんと人に成りきれって。お前の手は武器を持つやつのじゃないし、2月に防寒着無しで外に出るし、歳にしたって7も14もおかしいって。お前なんなんだよ」
「強いて言えば執念に取り憑かれて死にきれなかったお化けです!」
「尚更意味がわからねぇよ!」
「いいですか? わたしは真尋さんとなるべく仲良くしたいです! でも真尋さんはわたしを殺せる強い力を持ってるから怖いです! だから気の迷いで殺されないように言える範囲で正直になってるんです!」
「お前の世界観どうなってんだよ! どんな殺伐とした世紀末だよ……いや、ある意味そこに突っ込んでる最中か?」
「いいですか? 私がこの学校で本当に怖いのはあなただけなんです! なのでどうかその魔法を私に向けないでくださいね!」
絢のさらけ出した本音に真尋は呆れ気味に頷く。
「あー、分かった分かった。あたしはお前に手を上げない。お前は結衣に身体的に危害を加えない。これでいいか?」
「ぜひ! つきましては魔法について教えて頂ければと!」
「その接続詞使い方間違ってるぞ。手の内晒すのは別にいいけどよ、お前も言える範囲で教えてくれよ?」
「はい! 分かりました!」
気を抜いた真尋と感情を全面に出す絢。
二人に当初あった緊張感は既になく、ここにも友好関係が築かれた。
「んじゃ、前提条件的な話も終わったし、あたしのスキルの話でもしますか! あ、聞いてもできるようになるとか無いからな? 宝珠技能だし」
「承知の上です。私が知りたいのはあの魔法の属性。その雰囲気と効果と対処法です。もしも真尋さんのシントウと似たものを魔物が使うと仮定した時のできることを増やしたいです!」
「オッケ。じゃあ魔法からな。私の保有魔法は1個、魔法名は《振透》。特殊属性に分類される内の振動属性ってやつ。付与系の魔法で効果は与えた衝撃を増幅して体内で起こす。多分それだけ」
絢の笑顔が凍る。
聞かされたのは防具貫通の即死攻撃。感じる恐怖的にそれは魂まで一緒に砕く。
当てられたら死んで当然な魔法であり、どうにも対応できる気がしなかった。
「…………なんですかそれだけって!? それだけの範疇を明らかに逸脱してますよ!」
「それは分かる」
人はこれだけの魔法を宿せるポテンシャルを持っているのだろうか? でも皆が届くはずが無い。条件は?
そう思って質問を重ねると、ここで宝珠技能の方に繋がった。
真尋が宿す技能——《審耳》は嘘を判別することができるもの。そこまでは良かった。ただしその判別方法が酔いであると言うのだ。
嘘を耳にする度に乗り物酔いに似た気持ち悪さが降りかかる。続けば痛みに、ひどくなれば頭が潰れそうなほどの頭痛に変わると言う。
「この副作用が振動なんじゃ?っていうな。車酔いも視覚情報と平衡感覚のズレな訳だし、あたしのは大衆的真実と虚偽発言の間で揺れてるっていう予想なんだけどよ……魔法を考えればお釣りを払いたいぐらいだよな?」
「それで『害悪を飼い慣らし』ということですか」
話がつながったことで絢は何度も頷き返す。
「多分な。願ったのはあらゆる障害を打ち砕く力。フェフも高かったけどまぁ満足してるぜ?」
「ちなみに必要フェフはいかほど?」
「60」
「ろ、ろくじゅう……。それは高いのでしょうか?」
絢のフェフは二桁もないために安くはないと思えたが、いかんせん一般的な保有量を知らない。
「どーなんだろな。次点が志道の35だから高いんじゃねぇの?」
「ではやはりフェフと魔法の出力に関する相関性は……」
「無いことはないだろうな。でもあれ、志道の魔法はあんな見た目で火を纏うのはオマケなんだよな。本命は武器の改造だから」
「それはどういう?」
「んや、そのまま。志道の武器は魔法具化してる。既に魔力を流すだけで火が垂れるんだ。
結果を得るために努力するのは当然。そんなあいつが瞬間的な現象を起こす魔法を望まなかったのは当然だったのかもしれない……なんて思ってたりしてな」
魔道具ではなく、魔法具の人為的な製作が為されている。
絢の持ち得る知識では一般的とは言えないため、持ち帰り報告が決定した。
「ではなぜわざわざ魔法を?」
「そりゃあ武器を鍛え続けるためだろ。それよりあたしの方だよ。これ、結衣への想いが詰まった詠唱文だからしっかり読んで絢も結衣のためにしっかり務めを果たしてくれよ?」
「もちろん、と言いたいところですが、学校にはお料理もお掃除も、結衣ちゃんはお着替えもお手伝いを拒まれたので何もするべきことがないのですが?」
「何言ってんだ、学校は勉強するところだろ? お前もやるんだよ」
「え、うえぇ……」
勉強は戦闘よりも時間的猶予があることに加え、学びを即座に使えない。
もっと言えば洵から知識をスライドできるので絢には自分であまりやりたくない分野なのだ。
「情けない声出すなって。ずっとここに居られないってんなら仕方ないけどよ、せっかく学べる環境を与えてもらったんだ」
「うーん……少し考えてみます」
「じゃあ次はあたしから質問いいか?」
「あ、そうでしたね。どうぞどうぞ」
「よっしきた。自分の力だって調べるために走り回ったんだ、お前のも容赦無く聞くからな?」
開示する番が終わり、ギラついた真尋の目に怯んだ絢はたじたじになる。
「やっぱりあの……逃げるわけでは無いのですが、どこまで口にして良いのか判断が付かないので一度帰っていいですか?」
真摯に応えるためであっても逃げと取られて仕方のない言葉を発するも、真尋は渋々といった様子で「ちゃんと帰ってこいよな」とだけ言って絢を逃した。
その日の夜。絢は結衣の許可を得て一時的に学校から離れていた。
頼みの綱の継承者は何も言わず、掃除だけを行なってから、完全に暗くなった空をぼーっと見つめて街をうろつく。
真尋の指摘から上等な見た目の濃紺のケープマントを羽織ってはいるものの、人間性を上げたら耳や頬が痛くなったのでこれまでの自分のおかしさを理解する。
しかし、絢はそんなことよりも自分がどうするべきかという指標を求めていた。
真っ先に向かった【占い屋】で、継承者は絢を一瞥することもなく言葉もかけなかった。
このまま学校に帰ったら真尋に合わせる顔がない。絢は現在離脱許可を得たとはいえ任務期間中。だからパイオニアに戻る訳にもいかない。
だから絢はぐるぐると、中央道路の数本奥の道で悩みながら歩き続ける。
道ゆく人の奇異の視線に晒され、時たま心配やらで声をかけられるも、絢は「大丈夫です」「考え事です」と取りつく島もない様子を見せることで人はそこに溜まらない。
迷惑だとは分かってる。心配になるだろうと言うのも分かる。耳まで覆うふわふわの帽子と、もこもこのマフラーもありがたい。それでもどうか今は考えさせてほしい。
身につける防寒着は時間で増えたことで物質的に重く、肌感的に温かくなった代わりに寒さは厳しさを増す。
そうして進展もなく座り込んでいると、聞き覚えのある駆け足のリズムが耳に届く。
土曜は週末。日曜は翌週。つまり予告に間違いはないのです!(前epの投稿遅くなりました)
このep結衣の『こっぴどく言う』が無い場合、絢と真尋の関係性は修復不可能なほどに殺伐としたものになりました。
◇予告
道標を失った少女は暗闇に足をすくませる。そこに手を差し伸べたのは、実の兄よりも家族然と過ごしてきたギルドメンバーだった。
陽光の遮られる世界だからこそ、人の光は一層強まるのか? 次回——生き方。




