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地球魔力改変  作者: しじみ
2章:ネイダー・アンカー
157/165

97.『視線の先に映るもの』

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 男は脳みその足りない輩が多い。それは世界が壊れても変わらないことだった。


 私たちは訳もわからずに学校という名の牢獄に投げ込まれた。

 耳をそば立てなくとも分かってしまう悪い状況の中、見せかけの好転と校長のちんけな言葉に踊らされて何人もの男子が戦いに出た。

 そして、死に体になって幼馴染が帰ってきた。


 命とはなんだろうか。生きるとはなんだろうか。私たちの鼓動に価値はあるだろうか。——いや、ないだろう。

 どれだけ努力を重ねても、たった一度の失敗で全ては崩れる。それだけで輝かしい未来への道は閉ざされ、家族の期待に応える術も失うのだから。


 私には近所に騒がしい幼馴染がいた。

 彼は空気が読めないフリをする。それが演技だと気付かずに、無遠慮な彼の言葉から距離を置こうとした。

 逃げても、彼は私に会いに来た。それはもう、道化を心におろしながら。


 父さんと母さんは彼を止めなかった。

 きっと私の心が孤独に沈まないように、自分たちに埋められない穴を彼に塞いでもらおうとしていたのだろう。

 それもあって、私はもう一度進むことにした。ひとり止まり続けるのが怖かった。


 動き始めた世界はある日から連鎖するように崩れていった。家も街も、全てが消えてしまった。

 私は耐え難い喪失感で無気力に陥った。私の二度目の停滞だった。


 冒険心に駆られた男子はダンジョンに向かい、モンスターとの果てしない殺し合いの果てに自分だけの栄冠の夢を見る。

 それも、痛みを知るまでのこと。幼馴染の彼は現実に目を覚ましたのか、しばらく戦闘から身を引いた。

 私は心のどこかで安心していた。特別な感情は無くとも、彼には死んでほしくなかった。


 ずっとそのままで良かった。そのはずなのに、彼は再び挑戦した。

 それから少しして、ある男子生徒が魔法を発現した。

 自力での発現は非常に珍しいものらしかったが、私にはどうでも良かった。あの朝までは——



 体力をつけるために、冒険者になったスクールメイトは朝練を行なう。

 その喧騒に邪魔されないもっと早い時間。朝日が顔を出し小鳥が囀る頃、私は学校からほど近くの林で腰を下ろして、失われることのなかった自然の香りで肺を満たす。


 部屋の中にいながらグルグルと思考しても、何も変わらない。その時間には価値が無い。

 だからこうして自然に身を任せる。雨でも、雷が鳴っていようと、この時間がもっとも心地よい。

 一人で自然と心を通わせる。そんな心の平穏は一人の男に崩された。


 ガチャガチャと腰に吊るされた剣が奏でる無神経な音がだんだんと大きくなってくる。誰かと思って見てみれば、年上のスクールメイトだった。

 草むらの陰で敷物に寝転がり息を潜める私に気づかないまま、彼は十数メートルも離れたところで足を止める。

 キョロキョロと誰もいないことを確認するように町側を見渡すと、剣を抜いては大きく息を吸う。


「弊害は力、障害は絆。道に無意味は存在せず、価値を得るのは結果のみ。故に力を渇望し、この身に火を焚べ炎を御する——《纏炎(てんえん)鍛身(たんしん)》」


 それは魔法——奇跡が剣を彩っていた。


「いやキツい。なんでこんな詠唱文を読み上げにゃなんねぇんだよ恥ずかしい」


 男が貶した詠唱は私の心に不思議と沈み込む。


 氷上のアクシデントは対応力に変えてきた。

 コーチと一緒に越えた障害は確かに絆に変わった。

 遠回りしたこともあった。けれど本気の努力はどこか先で繋がっていた。

 それでも本番の一度で完走しきれなかったら全てが水の泡。できたとしても、負ければそこに意味は無かった。

 だからといって、勝つための努力を惜しむことはなかった。だからこそと、数分のために身を削り続けた。

 いつも楽しいはずが無かった。辛いときも惨めなときも、辞めたくなる時は数えきれないほどあった。

 それでも、私は負けで終わらせようとしなかった。結果、壊れるまで戦い続けて幾度の勝利を掴み取った。


「けれど——そんな努力は意味がない。いつか終わる。それを受け入れないといけない」


 私の口からは、自然と言葉が溢れていた。

 起き上がって真っ直ぐに視線をぶつけると、男は一瞬慌ててから思考に沈む。そして


「終わるとしても、その間に得た結果は必ずその先で俺を支えてくれる。どんな時も、最後の一歩を踏み出す勇気をくれる。その終わりが命に対するものだとしても、努力をしない理由にはならないだろ? ダンジョンには仲間と行くんだから」


 未来を見据える男の言葉に、私は初めての挫折に心を折られていた時にかけられた、両親の言葉を思い出した。


『まだ小学生なんだ。急ぐことはない、よく悩みなさい』

『これからも苦しいことには沢山出会う。けれどそれだけじゃないの。今は遠く思えても、いつか必ず幸せにたどり着ける。努力はその道を作ってくれるのよ』


 高校生にもなって、なんて分かりきったことを悩んでいたのだろうか。

 無意味という可能性に足がすくんでも、その後に踏み出さないのは自分の選択だ。無意味という結末の過程に意味を見出すのも、そこに掛ける自分の想い。

 動かずに安全圏から貶すなんて、嫌いだったやつらにそっくりだ。


 難しいことを考えるのはやめよう。

 努力する人の輝きは尊い、そう思い出させてくれた。この人の考え方が好きだ。

 逃げた幼馴染を切り捨てずに、戻るときまでずっと良くしていた。この人の人間性を尊敬していた。

 彼の仲間たちと笑い合う顔は、見ていて悪い気がしなかった。……もしかして私は無意識のうちに彼を目で追っていた?


 母さんは当時、最低限の化粧しかしてこなかったと言っていた。

 でもある時——父さんに出会ってその勉強を始めた。

 形になった後に猛烈なアプローチを始めて、見事結ばれた。


 お母さん。やっとあの言葉の意味が分かったよ。確かにかっこ悪い姿は見せたくない。

 恋ってすごい原動力だね。


「失礼しました。先輩、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「俺は——榊原志道。あなたは?」


 私を覚えて欲しい。決して色褪せないほどに。


「私は柴田華凛です。志道先輩、私は毎日ここにいます。また、お話していただけますか?」


「えっと、今でも」


「いいえ、私の心臓が張り裂けそうなほど煩いので本日は失礼します。それではまた明日」


「あ、うん……うん!?」


 動揺する志道をあとに、華凛はひとり校舎に戻る。

 その日から胸の鼓動を忘れぬように、いずれ自身も奇跡を手にすることを目指して、風の噂で聞いた価値観の変容に置いていかれないために戦う支度を始めるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「絢ばっかりいいなぁ。僕だってずっと陽翔と一緒に行きたいと思ってるのに」


 ルームの共用スペースにて、力がないことで彼らについて行くことが叶わない洵は、同じく居残り組の華凛にグチをこぼす。


「分を弁えることすら忘れたの?」


「違うよ。それは分かってるから。ただ羨ましいってだけ」


「洵くんは今が成長期ですから。慌てずにコツコツと積み上げることが大事だと思います。何事も例外はありますから慌てちゃダメですよ?」


 そわそわとしている洵に祐嘉が優しく助言するも、納得する様子は見られない。


「ん〜。なんか落ち着かないんだ。頑張らなきゃいけないって思っちゃうの。でも迷惑はかけないようにしなきゃね」


 絢が見る景色は、きっと僕には見られない。僕がそこに行く頃には、志道先輩や直弥先輩がもう居ないだろうから。


「魔法を使いながら本気で戦ってる先輩方みたいなぁ。特に志道先輩!」


「ええそうでしょう!」


「なんで華凛先輩が自慢げなのさ……僕と同じで見たことないのに」


◇ ◇ ◇


 居残り組がもう少し椅子でくつろいで休日を堪能しようとする中、合同部隊の面々はそれなりの速度で魔力を失っていた。

 自分たちより一回りも二回りも小柄なモンスターだとしても、思考するというだけで相手をするには余裕が削られる。

 純粋な力以外に技術と油断と未知が混ざり合い、そんな窮地への直行便が訪れる前に奇跡を呼び出すのだ。


 時間あたりの敵数はそれほど多くない。敵——コボルトの体はオークなどと比べるまでもなく薄く、命を奪うには容易い。

 それでも会敵する全てが残骸種だとすれば? それはもう、胸が躍りそうな感心するしかない戦いが目の前で繰り広げられることになる。



 絢には連携というものがいまいち理解できずにいた。それもそのはず、【パイオニア】のアタッカーは戦闘時間が極端に短い。

 諒であれば、一合したと思えば刀身が揺れて敵が倒れる。

 彩花であれば、敵の姿を視認した頃には首を落として戻ってきている。

 海斗であれば、左右背後から襲いかかる変幻自在の攻撃を飛ばして無慈悲な択を迫る。

 彼らにやる気があれば、そこに絢が入り込む隙など存在しなかった。


 絢の腕力は身体強化を入れてもそれほど強くない。だから力押しは出来ない。

 すばしっこく動けても、速度が上がる魔法やスキル持ちには叶わない。

 特別な力はあれど、接近戦で被弾なしに抑えてというのは難しい。


 全て『魂器を使わなければ』と限定される話ではあるが、使わないように望まれている現状と、魂器の中でも特別なアレを今後何らかで使えなくなる可能性を考えると、素の自分の弱さに妥協するとはならない。


 そもそも魂器なんて邪道に人は軽々しく進めない。強化の程度に差はあれど純粋な人の限界点は、いまの絢と似たようなもの。

 力が足りない? 魔力を温存したい? ならばそもそも複数人で叩けばいいじゃない。

 それが連携、目の前に広がる景色だった。

 

 ツーマンセル、あるいはバディともいう二人一組を崩さずに、敵を分断して各子撃破。それはもう鮮やかなものだ。


「行こう!」


 陽翔の掛け声に絢は少し遅れて足を前に進める。

 流れを整えるかのようにスムーズに分断された残骸種のコボルトへ、陽翔は捕まえるように剣を打ち合わせた。

 打ち合うたびに強化の施された剣は残骸種の無強化である剣を傷つける。

 陽翔は緩急をつけての攻撃を捌ききり、繰り出された体術を透かしてもう一度切り掛かった。


 強い攻撃は不安定になりやすい。そう教えるような静かな剣は、高機動アタッカーを謳う透の相方である悠人の剣によく似ていた。

 そこにある答えをなぞって欲しい。そんな陽翔の考えが感じ取れて、絢は透と同じように敵の背後に回り込んで自分の間合いに入ろう一歩踏み込む。

 瞬間、顔を目掛けて振られた拳を左手で受けながら懐に入り込むと、右手で握った短剣を心臓部に差し込み、左手を武器化させて首を落とした。

 ビチャリと音を立てて落ちる体を一瞥し、陽翔の掛け声に合わせて動き始める。


 すぐ近くにある見本。意識しなければいけない敵が正面一体という盤面。相方が強すぎないがために必要性に納得できる環境。

 受け身で3歩遅れていた行動は、回数をこなすほどにあと2歩、あと1歩と呼吸が近づいていく。

 贅沢に要素が噛み合って、準備された舞台上であればそれなりに合わせられるまでに成長していた。負傷を本能的に恐れない者の成長は早いのだ。


 そんな絢の様子を見て、陽翔はテンポを変え始める。

 規則正しく合わせやすいリズムは、詰まった時、伸びた時のズレたテンポを刻み始めた。

 それによってできてしまう隙は彼自身で埋める。


「《トレース》」


 明らかに“育てる”戦い方をする陽翔の魔法は力のあるものではなかった。

 《射撃》によく似た魔法。ただ、明確な違いとして弾が曲がる。


 無理をして絢だけでも道連れにしようとする敵や攻撃をいなし切れない状況は、回数を重ねれば必然的に生まれる。

 ただし、その瞬間だけは意識の大半が絢に割かれているとも言い換えることができた。だからこそ、単純な魔法に必要な反応をしきれない。


 陽翔も合同部隊の大半のメンバーと同じく、自分の実力を熟知している。同時に自分の求める結果を得るのに、足りない部分も理解していた。

 自分が守りたいものを守るためには剣一本では狭すぎる。多少の距離も、間に見える問題にも妨げられない力が必要だ。


「意思に従え、そこは己が腕の中」


 だから唱えて、手を伸ばす。視界の先にいる誰かを助けるために。


「ありがたいですけど、どうしてそんな教えるような戦い方をするんですか?」


 13階層に降りてから初めての雑談に、陽翔は微笑みながら答える。


「やっぱり絢ちゃんは賢いね」


「そんなお世辞はいいですよ」


 絢のつまらなさそうな返答に、陽翔は「ごめんごめん」と短く謝罪してから答える。


「俺の魔法は他のみんなと比べて弱いんだ。実は射程も短いし、威力もさほど高くない。中級のダンジョンに行けば牽制程度にしかならない。俺はここでしか出来ないことをやってるだけだよ」


「そう、ですか」


 確かに中級の迷宮では溶骸種でも身体強化の強度はかなり高い。武器や稀に防具にも物質強化を詰め込んでくるから本当に厄介だ。

 それを考えると陽翔の言った通り、彼の《トレース》は明らかに出力不足だった。


「さ、もう少し頑張ろうか」


「は、はい!」


 潜りかけていた思考から急浮上した絢は、本当に珍しく負傷を0に抑えていた。

 心のどこかで彼らと条件を合わせて、普通のひとりの人として見られたかったからかもしれない。

 ただ、彼らの目から見れば絢は明確に自分たちと違う存在として認識していた。


 深呼吸をしたり攻撃に合わせて鋭く息を吐くことはあれど、激しく動いても上がらない呼吸。

 どれだけ歩いても、全くと言っていいほどに見せない疲れた様子。

 (きた)る攻撃に瞬きすらしない瞼。


 意識的に一歩引いていたことから魔物に目の色を変えて飛びかかることはなかった。

 しかし、本当に熟練の冒険者か、あるいは人と言うより未来的な人形ロボットと思ったほうが腑に落ちてしまう行動の数々に、絢が気づくことはない。

 今回のepタイトルは書き終えた後30秒で決めました。前半後半全然違う話ですが、どちらにも適応できそうな良き名かと。


 キャラ掘り掘り。ちなみにですが、華凛の一度目の挫折はスケートです。

 氷上という単語だけでは流石に分からなさそうなのと、本編でどのくらい深掘りするのか現状未定のため情報開示。


 魔法の詠唱部分はかなり性格や重きをおくものが見えてきます。(ええ、頑張って考えました。褒めてくれてもいいんですよ)(え? パイオニアメンバーのは……か、彼らは特殊ですから!)



◇予告

 『連携を知っても、戦う時は自分だけ』孤独の戦いに慣れすぎた少女は個人の強さを求め続ける。そんな彼女が垣間見たのは最も孤独な人の苦悩——だけではなかった。

 陽光の遮られる世界だからこそ、人の光は一層強まるのか? 次回——狂気一丁目。また来週!


 (次が気になる終わらせ方ってこういうのでもありなんじゃ?と思いまして……結構良さげじゃないですか?)

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― 新着の感想 ―
恋はどうランクの進化じゃないと達成できなさそうな世界ゆえに柴田華凛の恋愛の道は険しそうw 本人の考えや性質がでる詠唱は結構好きです。長いと戦闘中大変そうだなとも思いますがwうまくなれば名前だけでよくな…
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