96.『学習環境良好につき』
◇お知らせ
・今の章から古枝亮の名前を古枝諒に変更します。(兄弟で名前の共通点を作りたかったため)
・柴田凛華の名前を柴田華凛にします。(最後の音が三浦祐嘉と被る・登場時期が近すぎるため)
・矢埜一真の名前を矢埜壮真にします。(有名作品のキャラクターと音被りのため)
大量変更申し訳ないです。
人は進化する。今を生きる生命体は既存の世代交代による進化とは異なり、一代による飛躍を許された。
もっとも、たった一年弱で起こった命懸けでしがみつかなければいけないほどの変容には、その規則がなければまともについて行けなかっただろう。
魔力量の一定保有によって、人に示される進化の道は大きく二つ存在する。一次進化では『半適応種』と『半強化種』。二次進化においては大半が一次進化を踏襲して『適応種』や『強化種』となる。
適応種は魔力の扱い方を理解した人々に開かれ、強化種は全ての人々を受け入れる。そんな双方の大きな相違点は意識的に活用することのできる随意魔力量にあった。
二次進化前まではレベルの基準が魔力量であるために、個体としての保有魔力量は同レベルにおいて変わらない。
二次進化後からのレベル上昇条件は解明しきれていないが、前後ともに適応種は随意魔力量に富み、強化種は不随意魔力が保有魔力の多くを占めていた。
だからといって強化種が劣っている訳ではない。意図的に動かせない魔力はその肉体に染み込み、強度と機能の向上を起こしている。
適応種がそれらを強くあらせるためには意識的に魔力を集中させる必要があり、練度や集中力の乱れにより引き起こされる魔力流出によって継戦能力が著しく低下することがある。
ただ当然のごとく、随意魔力が少なければ能動的な魔力活用を行える機会も減ってしまう。ゆえに、優劣をつけるのは非常に難しい問題である。
『半獣人』や『半魔人』を含む、比較的珍しい『半人種』という一次進化先を経て、現在確認される個体数が僅かふたつの『魂生』として生きる絢はそんな人の悩みを知る由もなく、そもそも必須ではない娯楽とも言える睡眠を削っては男子寮と女子寮を往復する生活を始めようとしていた。
任務として結衣の行動模倣を誰にも疑われない練度に仕上げるという長期課題はあるが、寝ている姿の観察は変わり映えしないというのと結衣の眠りが浅くなってしまうという問題により、結衣の部屋から退出する。
次に向かう場所は新しく寮内に与えられた絢の自室かというとそうではなく、洵という魂を分かち合った兄に以前行った“半魂返還”の経過観察と治療行為をするために男子寮に潜り込むのだ。
中高生が住まう寮内は明日が休日というのもあり、案外夜遅くまで明かりがついている。
共有スペースで時間を潰す学生も多いが、明日も冒険者活動を行おうと意気込む学生は毛布の中で夢の世界へ旅立っていた。
洵も後者側のようで、鍵のかかってないドアを開けば六畳ほどの真っ暗な部屋の中でスヤスヤと規則的な寝息をたてる姿が目に入る。
枕元に拳大ほどのふくろうの人形がふたつあること以外は本当にシンプルで面白みのない部屋。そんな空間をふわふわと浮かびながら音を立てずに洵の隣まで移動する。
成長したのか、家族ではない者がいたからか、そういう対応を向ける相手だったからか、夕方に大人びた印象を感じさせた少年の顔はなく、ただ無邪気で無防備な守ってあげたくなるような寝顔がそこにはあった。
絢は人間の生存条件を満たしながらの睡眠と、スキルの維持もできないほど完璧に意識を落とした場合のそれぞれの自分の寝顔が気になりながら、小さい子供によく言われるすこし高めの体温を含んだ自分の手のひらを洵のおでこにあてる。
返ってくる体温を感じながら、絢は洵のベッドに潜りこんでは手を繋いで、洵の器——その内側にある魂への干渉を開始した。
まずはいつもの状態確認から。
小さな小さな傷はあるが、それは洵の努力の結果でもあるので放置。それ以外に傷は見つからず、半魂返還による歪さもすでに絢は手の施せる限りを尽くしている。
次に内側、記憶領域へ。
そこから絢は二次進化時に雑に渡してしまった情報域へと指を伸ばし、自身の記憶を補正する。教本を転写するかのように、自分が洵だった頃に蓄えた情報を自分の持つものと照らし合わせて補完する。
かくしても穏やかな寝息は、断りも入れてないのに二重の意味で無断侵入する絢を無言で受け入れるようでもあり、そんな無条件の信頼が心地よい。
……本音を言ってしまえば、洵には戦って欲しくない。だけどわたしの寿命が未知数な以上、にいにの精神衛生のために洵には生きてもらわなければ困る。でも戦う道を選んだのであれば応援するしかできない。
だからこの世界に順応しきれていない肉体という器へと、馴染むように、溶け合うように、壊れぬように、慎重に慎重に魔力を注ぎ込む。
そうしながら願うのだ。勝て——何を犠牲にしても、と。
熱心に進めている内に干渉にノイズが入って洵が起床。朝の到来を知る。
驚き慌てふためく洵との一悶着はありながらも、洵たちの体力錬成のための朝練を見届けるとあっという間に迷宮探索——とはいかず、その前段階のために時間が設けられた。
榊原隊。リーダーの榊原志道が率いるこの集団は学校組が迷宮への挑戦を始めた当初から活動を続けており、それまで一般にパーティーと呼ばれていた冒険隊の呼称を学内で初めてチームと呼んで結束を高めた部隊でもあった。
4人の固定メンバーは迷宮における戦闘行為にかなり早くから参戦した者であり、気の合う仲間として以降行動を共にしている。
そんなチームに非固定メンバーが存在するのはそれこそかなり時間を遡る必要があるので粗方割愛するが、当時とんとん拍子で成長していた陽翔と彼を取り巻く環境がそのシステムの始まりとなったのは紛れもない事実であった。
佐賀隊が安全重視で冒険を敬遠するのに比べ、榊原隊は自らの能力を理解した上での切り詰めた冒険を好んでいた。
理由は今年度で卒業となる榊原・松平の両名が下級中位の迷宮であっても、その奥底を覗いてみたいというごく個人的な目標を立てたことにあった。
未知領域における一つの終着点を自らの目で見たいという願望はありふれたものであるだろう。しかし、それに対する努力は平凡なものではなかった。
彼らが掲げた目標に突き進む過程では当然危険な状況に直面することもあった。
そこで協力を申し出た、というよりも半ば強引に非固定メンバー化したのが学校組でも特異な存在とも言え、学校の戦闘推奨前から冒険者活動を行っていた結衣と、結衣についていく決断をした真尋だった。
ある程度深くを目指す冒険隊において、人数の増加は隊員の生命線である水分の生産などを担当する支援手の負担に繋がる。
そこに一次進化を経て佐賀隊の明確な穴であった水分の確保を可能とした壮真が、現状最後の榊原隊非固定メンバーとして合流する流れになった。
そのような流れで現状の榊原隊が構成されるに至ったが、この冒険隊はチームという呼称の他にもう一つ、非常に重要な成長の種を蒔く。
多少の非才を挽回するためのそれは、いずれ学校側から促されるはずだったものでもあり、それこそが短期目標と長期目標の設定だった。
「結衣についていく形にせよ、榊原隊に参加するのであればこれくらいはしてもらいます」
そう言って榊原隊の戦術手——直弥は絢に目標設定シートなるのもを差し出した。
感謝を口にして、絢は鉛筆を手にしながら内容を読み込む。
短期目標は月末までにできるようになっていることを。長期目標は年度末までのものをそれぞれ記入するように、と惚れ惚れするような文字で書かれていた。
「目標設定と言いますと、その達成は必須ですか?」
絢の問いに周囲は面白がるように顔を見合わせ、直弥が答えを口にする。
「その必要はありません。が、未達成の場合は月末に何が足りなかったのかを考え、それを含めたものが来月の目標になります」
「なるほどです……」
絢は顎に手を30秒ほどやると文字を書き出す。
「短期目標は射撃系の技能の実用化。長期目標、でも二ヶ月しかないし……連携攻撃の学習とかいいかも。これでどうですか?」
悲しくなるほど残念な平仮名の羅列に、直弥は異国語を解読するかのように眉を顰めながら読解すると、表情を緩めて「いい目標ですね」とひとこと。
絢は教わるだけ教わって接近戦闘の方が効率が良いとほったらかした《射撃》と、兄である諒に今後の課題として伝えられていたもの。
それをそのまま書いたと言い訳するように伝えるも「成長が楽しみです」とポジティブな反応が返ってきて、最初に作ってしまった冷たい人物像が過ちである可能性を感じた。
5人目の非固定メンバーとなり、総勢9人での迷宮探索に乗り出す。
固定メンバーよりも多い非固定メンバーとかどうなの?と考えてはいけない。
実質的に学校組における最高戦力である榊原隊と佐賀隊の合同部隊は全13階層からなる名越ダンジョンを最短経路で下る。
決められているのは前後どちらを担当するかと、そのローテーションのみ。各々の戦力が一定に達しているからだろう、通路においては一度の会敵で武器を振るうのはその方向を担当している一人だけだった。
他の面々は程よく雑談を楽しむ。まるでそれほど強度の高くない運動をするかのような緩さでも、自分の順番だけはしっかりと戦闘をこなし切る。
絢は迷宮探索というものはもっと緊張感に満ちているものだと思っていた。自分や仲間の命がいつ失われるかもわからない環境だからこそ最善を尽くそうとする。そのはずなのに少年たちは遊戯の延長線上のように振る舞う。
「流離う者に風の導き」
透は魔法の詠唱を行なってから3体の溶骸種へと突き進むと手にされた小剣で浅く斬り付け、反撃を受け流しながら横へ大きく跳ぶ。
勢いを無理に殺して体を痛めないためにクルリと一回転すると、空いている左手を大きく外側に突き出して口ずさむ。
「《エアステップ》」
魔法は正しく奇跡を呼び起こす。
突き出された手のほんの先に薄緑色の板が生まれると、触れた手を——その人の体を勢いよく押し返す。
ポンと跳ね返された透は速度を生かして首に刃を走らせた。
「おっけい!」
魔石に変わった魔物をよそに、残った2体の攻撃をさらに接近しながら躱し掻い潜りながら脚を切断——流れるように刃を切り上げもう1体。さらに踏み込みながらの横薙ぎで戦闘を終了させる。
まだ安全な上げ幅が残っていそうな余裕のある身体強化と、特に注力しているのだろう武器への物質強化。
深くへと足を運ぶにつれて魔物の反応速度も動作速度も上がる中、二桁階層に到達してなお単独戦闘が継続される。
絢には遠い技能交換で得られた魔法。それが彼らを強くしていると教えられる。
そうしながら、到達した最深階層への階段前で部隊が小休憩を挟む間に、コマンダーである直弥がリーダーの志道を引き寄せると小声で数言話し合い、最後に志道が頷くことで短いミーティングを終えた。
今日一番の休憩中に、当初の予定通り13階層に突入することが他のメンバーに言い渡されると、それを当然と受け止めたり絢に顔を向けたり。
でも安心して欲しい。今は戦闘用に感覚を調整しているのだから。
この先に存在する魔物の大半が残骸種であることは学校でのミーティングで耳にしていたが、それを目の前にしても彼らの緊張はあまり大きくない。
これは慣れなのか、それとも積み重ねられた経験に裏打ちされた実力によるものなのか。直弥は自分たちのいつも通りについてくる絢に最後の確認をすると、陽翔に目配せして仲間たちにも魔法の詠唱を促す。
少し離れた位置から、絢の反応を——その奥に見えるかもしれない感情の動きを探していた志道は、疲れた様子すら見せない少女から視線を外し、己の魔法を呼び起こす。
「弊害は力、障害は絆。道に無意味は存在せず、価値を得るのは結果のみ。故に力を渇望し、この身に火を焚べ炎を御する」
詠唱によって支度を終えた魔法はその名を呼ばれることを今か今かと待ち侘びる。
猟犬のように忠実に、その瞬間まで息を殺して。
どこかで入れないとと思っていた進化についてをようやっと投下!
◇予告
走り出した少年を、冷ややかに見る少女がいた。異変に熱を奪われた少女が無気力に自然と対話する中、その少年は口にする。
陽光の遮られる世界だからこそ、人の光は一層強まるのか? 次回——軽蔑。また明日!
活動報告に乗っけた悩みの通り、矢埜一真は壮真にな……ります! 他にいい音あれば再変更かもですが。




