第八章 頂への挑戦(前編)
「迎えに来たよ、零」
三か月ぶりに聞くその声は、記憶の中と何も変わっていなかった。
零はヴィクトリアを見つめた。
長い金髪を後ろで束ね、見慣れた大剣を携えている。凛とした佇まいも、真っ直ぐこちらを見つめる青い瞳も、三か月前と変わらない。
けれど、なぜだろう。
以前とは、何かが違って見えた。
「…………」
零は小さく目を細め、改めてヴィクトリアの姿を観察する。
そして、すぐに気づいた。
変わったのはヴィクトリアではない。自分の方だ。
三か月前なら、彼女がただ自然に立っているようにしか見えなかっただろう。けれど今は、足の置き方や身体の軸、重心の位置から静かな呼吸に至るまで、その一つ一つにほとんど無駄がないことが分かる。
力んでいるようには見えない。むしろ、どこまでも自然体だった。
それなのに――どこから踏み込んでも、対応される。
そんな確信に近い感覚があった。
ガルドと向き合った時に感じるものとは、また少し違う。
けれど、これだけは分かる。
――強い。
「……どうしたんだい?」
いつまでも見つめ続ける零を不思議に思ったのか、ヴィクトリアが首を傾げる。
「いや……」
零はそう答えながらも、視線を外さなかった。
ヴィクトリアは王国最強の三人――三帝の一角、剣帝。
そのこと自体は以前から知っていた。
けれど、知識として知っていただけだ。
どれほど強いのか。どのように戦い、何を見て、どう身体を動かすのか。
三か月前の零には、それを考えるための物差しすらなかった。
けれど今なら、ほんの少しくらいは分かるのかもしれない。
「……零?」
もう一度名前を呼ばれ、零はようやく我に返った。
その様子を横から眺めていたガルドが、面白そうに口の端を吊り上げる。
「なんだ。帰るってのに随分と未練がありそうじゃねぇか」
「……そういうわけじゃない」
「だったらなんだ?」
「…………」
零は答えなかった。
代わりに、もう一度ヴィクトリアを見る。
三か月前とは違う。
今は、もっと知りたいと思う。
あの大剣を携えた彼女が、どんなふうに戦うのか。そして今の自分が、そんなヴィクトリアを相手にどこまで通じるのか。
胸の奥で、何かが小さく動いた。
ガルドに何度倒されても、もう一度立ち上がった。一度でいいから拳を届かせたいと願い、竜の話を聞けば、自分も戦ってみたいと思った。
知らないものを見たい。
知らない強さに触れてみたい。
以前なら抱くことのなかったその気持ちは、三か月という時間の中で、いつの間にか零の中に芽吹いていた。
「……ヴィクトリア」
「なんだい?」
「ヴィクトリアって、強いんだよね?」
一瞬、ヴィクトリアが目を瞬いた。
少し離れたところでは、ガルドが面白そうに眉を上げている。
「……ずいぶん突然だね」
「三帝なんでしょ?」
「ああ。一応はね」
どこか控えめな答えだった。
零は少し考えてから、隣に立つ老人へ目を向ける。
「……ガルドより?」
「おい」
すかさずガルドの声が飛び、ヴィクトリアも困ったように笑った。
「それは簡単には比べられないかな。師匠と私は戦い方がまるで違うからね」
「そうなんだ」
零は素直に頷いた。
けれど、疑問が消えたわけではない。むしろガルドとは違うと聞いたことで、余計に興味が湧いてくる。
ならば、どう違うのだろう。
ガルドとの三か月で、自分がどれほど変わったのか。今の自分なら、剣帝を相手に何ができるのか。
知りたい。
そう思った。
「……じゃあ」
零はヴィクトリアを真っ直ぐ見上げる。
黒い瞳と青い瞳が重なった。
「僕と、戦ってくれない?」
山の風が、三人の間を吹き抜けた。
ヴィクトリアはすぐには答えず、驚いたように零を見つめている。
それも無理はない。
三か月前、この山へやって来たばかりの零は、誰かと戦いたいなどとは一度も口にしなかった。
ただ強くなりたいと願い、教えられたことを黙々と繰り返していた少女が、今は自分から戦いを望んでいる。
「……私と?」
「うん」
「手合わせをしたい、ということかい?」
「……たぶん」
「たぶんってなんだよ」
ガルドが呆れたように口を挟む。
零は少し考えてから、自分の中にあるものを言葉にした。
「ヴィクトリアがどれくらい強いのか、知りたい。それと――」
そこで自分の両手へ目を落とす。
この三か月で何度も握り、何度倒されても構え直してきた拳。
「今の僕が、どこまでできるのかも知りたい」
静かな言葉だったが、そこに迷いはなかった。
ヴィクトリアはしばらく何も言わず、目の前の少女を見つめていた。
三か月前にはなかったものが、零の中に芽生えている。
誰かに言われたからでも、必要に迫られたからでもない。自分から知りたいと願い、そのために自分から手を伸ばそうとしている。
「……そうか」
やがてヴィクトリアの表情が、わずかに柔らかくなった。
その横から、ガルドの豪快な声が飛んでくる。
「いいじゃねぇか。やってやれ、ヴィクトリア」
「師匠……」
「俺以外の相手に、こいつがどこまでやれるようになったのか。俺も見てぇ」
ヴィクトリアは一度ガルドを見てから、再び零へ視線を戻した。
真っ直ぐ自分を見つめる黒い瞳にあるのは、恐怖でも不安でもない。ただ純粋に、自分の知らないものを見てみたいという興味だけだった。
「分かった」
ヴィクトリアは静かに頷く。
「相手をしよう」
その言葉を聞いた瞬間、零の胸の奥で小さな期待が弾んだ。
◇
三人は家から少し離れた、木々の開けた場所へ移動した。
三か月の間、零とガルドが何度となく拳を交えた場所だった。
踏み固められた土の上でヴィクトリアと向かい合い、零は無意識に両の拳を握る。
胸の奥が、少しだけ騒がしい。
怖いわけではない。むしろ、その逆だった。
これからヴィクトリアがどんな動きをするのか。自分の拳がどこまで届くのか。それを考えるだけで、自然と意識が研ぎ澄まされていく。
「零」
「……なに?」
「手合わせとはいえ、怪我をする可能性はある。それでも構わないね?」
「うん」
迷いのない返事に、ヴィクトリアは小さく頷いた。
「分かった。なら――」
そこで零は、ふと違和感を覚えた。
ヴィクトリアの手は、携えた大剣へ伸びていない。それどころか、彼女はわずかに腰を落としただけで、両手には何も持っていなかった。
「……剣は?」
「使わないよ」
「……使わないの?」
「ああ。まずは君がどれほど変わったのか、見せてもらいたいからね」
零は大剣へ視線を向ける。
剣帝なのに、剣を使わない。
少しだけ引っかかったものの、今はそれ以上問いかけずに頷いた。
「……分かった」
足を開き、腰を落として呼吸を整える。
三か月前には知らなかった構えを、今では意識せずとも身体が自然に作れるようになっていた。
その姿を見たヴィクトリアの青い瞳が、わずかに細められる。
――違う。
山へ連れてきた日の零とは、明らかに。
ただ立っているだけでも分かる。重心は安定し、肩からは余計な力が抜け、それでいてこちらから一瞬たりとも目を逸らそうとしない。
わずか三か月。
師匠なら相当に鍛えるだろうとは思っていた。それでも、ここまでとは予想していなかった。
(どこまで変わった……?)
ヴィクトリアの胸に、純粋な興味が湧く。
少し離れた場所では、ガルドが腕を組んで二人を眺めていた。
「準備はいいか?」
「……うん」
「いつでも」
零が短く息を吐く。
木々を揺らす風の音だけが二人の間を通り抜け――やがて、その静寂をガルドの声が破った。
「始めろ」
その瞬間、零が地面を蹴った。
「――っ」
ヴィクトリアの青い瞳がわずかに見開かれる。
速い。
三か月前、ガルドへ最初の拳を放った時とはまるで違う。
足だけで無理やり身体を前へ運んでいるのではない。地面を蹴った力が腰から背中、肩へと途切れることなく伝わり、そのすべてが一つの動きへと繋がっている。
一気に間合いを詰めた零が、右拳を放つ。
顔を狙って真っ直ぐ迫った一撃を、ヴィクトリアは半歩だけ身体をずらして避けた。
拳が金色の髪をわずかに揺らす。
だが、零は止まらない。
避けられることは分かっていた。
踏み込んだ右足を軸に身体を回し、間髪を入れず左脚を振り抜く。脇腹へ走った蹴りに対し、ヴィクトリアは腕を軽く添えただけで、その軌道を外へと逸らした。
零は流された勢いに逆らわず、そのまま足を地面へ戻す。
さらに一歩。
拳から蹴りへ、蹴りから次の踏み込みへ。
一つ一つの動きにはまだ粗さが残っている。それでも三か月前のように、一度攻撃を放つたび動きが途切れることはない。
(……なるほど)
ヴィクトリアは零の攻撃を捌きながら、内心で感嘆する。
これが三か月。
師匠の下で過ごした時間の成果。
いや――それだけではない。
零は教えられた型を、そのままなぞっているわけではなかった。
自分がどちらへ避けたのか。足をどこへ置き、どちらへ重心を移したのか。
それらを一つずつ見ながら次の動きを考え、攻撃が外れるたびに、ほんのわずかずつ修正している。
その速度が、異常なほどに速い。
(師匠が言っていたのは、こういうことか)
――こいつが勝手に覚えやがった。
先ほど聞いた言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
一方、攻め続ける零もまた、三か月前の自分なら気づけなかったことを感じ取っていた。
――当たらない。
ヴィクトリアは決して大きく動いていない。
拳が届く、その直前にほんのわずか身体をずらし、必要な分だけ後ろへ下がる。それだけで零の攻撃は空を切り、追いかけた時には、すでに次の動きへ移っている。
(……すごい)
不思議と苛立ちはなかった。
むしろ、胸の奥が熱くなっていく。
もっと動けば、どこまで追えるのか。
もう少し工夫すれば、この人に届くのか。
それを確かめたくて、零は大きく踏み込むと同時に右拳を放った。
ヴィクトリアが身体をずらす。
――予想通り。
今度は拳を振り抜かず、途中で引き戻す。そのまま腰を落とし、ヴィクトリアが移動した先へ足を滑り込ませると、低い姿勢から跳ね上がるように掌底を放った。
「――!」
初めてヴィクトリアの表情が変わる。
上体を反らしてかわした顎先を、零の指先がすれすれに通り過ぎた。
「…………」
着地したヴィクトリアは、零を見つめながら少しだけ目を細めた。
「驚いたな」
「……当たってない」
「ああ。だが、今のは悪くなかった」
褒められても、零は自分の拳へ目を落とした。
まだ届かない。
なら、もう少し――。
零は胸の奥へ意識を沈める。
そこにあるものを、今ではもう見失わない。
ずっと、自分の中にあった力。
幼いあの日、自分の意思とは関係なく溢れ出し、大切な両親を傷つけた力。
そして、この世界へ来たあの日。
死を覚悟したあの時、必死に手を伸ばし、漆黒の魔狼から生き延びるために掴んだ力。
同じ力だった。
かつては恐ろしくて、思い出すことすらできなかった。
この力が何なのか、なぜ自分の中にあるのかは、今も分からない。
それでも――これは、自分の力だ。
「…………」
零は静かに拳を握った。
恐れることしかできなかった力へ、今度は自分の意思で手を伸ばす。
呼吸を整え、足の裏で大地を感じる。
三か月の間、何度も繰り返してきた身体の動きと、自分の内側にある力を一つに重ねるように意識を集中させ――零は、もう一度その力を掴んだ。
「…………」
ガルドの目が細くなる。
そして、ヴィクトリアも気づいた。
零を中心に、何かが変わった。
魔力ではない。
三か月前、漆黒の魔狼が現れた場所へ向かっていた途中で、一度だけ感じたことのある奇妙な力。
「これは……」
ヴィクトリアが思わず呟いた、その直後。
零が顔を上げる。
漆黒だった瞳が――鮮やかな黄金へと染まっていた。
「――零?」
ヴィクトリアの青い瞳が、今度こそ大きく見開かれる。
三か月前から何度も見てきたはずの少女の瞳が、今はまったく別の色を宿している。
「その瞳は……」
「余所見すんな、ヴィクトリア」
不意にガルドの声が飛び、ヴィクトリアの意識がわずかに揺れた。
「――来るぞ」
直後、零が地面を蹴った。
先ほどまでとは比べものにならない速度で間合いが消える。
そう認識した時には、すでに拳が目前まで迫っていた。
ヴィクトリアは上体を傾け、頬のすぐ横を抜けた拳をかわす。
だが次の瞬間には零の身体が低く沈み、足元を薙ぎ払う蹴りが迫っていた。
ヴィクトリアは地面を蹴って軽く跳ぶ。
零は、その動きを見逃さない。
視線の先にあるのは、ヴィクトリアが着地するはずの場所。
先回りするように踏み込みながら、拳へ力を集めていく。
三か月の修行で覚えた身体の動きと、自分の内側から引き出した力。
その二つを重ね――打つ。
鈍い音が響いた。
「……っ」
零の拳を、ヴィクトリアの腕が受けた。
だが、真正面から止めたわけではない。
拳が触れた瞬間、ヴィクトリアは半身を引きながら身体を捻り、襲いかかった力を後方へと流していく。
それでも殺し切れなかった衝撃が身体を抜け、足元の土をわずかに削った。
「…………」
ヴィクトリアの表情から、先ほどまでの穏やかな笑みが薄れていく。
(重い……)
少女の細い腕から放たれたとは到底思えない威力だった。
しかも、やはり魔力ではない。
身体強化の魔法とも違えば、拳へ魔力を集めている様子もない。それでも確かに、三か月前に感じたあの力が零の身体から伝わってくる。
「……これが、あの時の……」
呟きながら、ヴィクトリアは流した拳をそのまま外へ逸らす。
突然力の向きを変えられ、零の体勢が崩れた。
その隙を逃さず伸ばされたヴィクトリアの掌が胸元へ届く寸前、零は咄嗟に身体を捻る。
指先が服の表面を掠めた。
零はそのまま地面へ片手をつき、横へ転がるように距離を取ると、すぐさま立ち上がって構え直した。
「……今のも避けるか」
ヴィクトリアが感心したように呟く。
零は答えなかった。
黄金の瞳でヴィクトリアを見つめながら、乱れかけた呼吸を整える。
先ほどより速くなった。
力も増している。
ヴィクトリアに一度、攻撃を受けさせることもできた。
それなのに――届いた気がしない。
零は再び地面を蹴った。
真っ直ぐ放った拳を避けられれば、反対の拳へ繋ぐ。それすら受け流されると、身体を回して蹴りを放ち、わずかに距離を外されれば、そのまま一歩踏み込んで追撃する。
拳を、掌を、蹴りを。
速度を上げ、手数を増やしながら何度も攻め続ける。
それでもヴィクトリアは崩れない。
そして、何度目かの攻防を経たところで、零はようやくその理由の一端に気づいた。
(……見られてる)
ヴィクトリアが見ているのは、迫ってくる拳や蹴りだけではない。
呼吸の変化、踏み込む足、肩や腰の動き。そして、零自身の視線。
攻撃として形になるよりも前に現れる僅かな兆候を読み取り、零が次に何をしようとしているのかを予測している。
三か月前なら、それに気づくことすらできなかった。
けれど今は分かる。
分かるからこそ――その差が、余計にはっきりと見えた。
「……っ」
渾身の拳が、また空を切った。
すぐそばで金色の髪が揺れている。
手を伸ばせば届きそうなほど近い。
なのに、遠い。
黄金の瞳になっても、この力を使っても。
まだ――届かない。
零は追撃せず、大きく後ろへ跳んだ。
開いた距離の向こうで、ヴィクトリアは静かに立っている。
一方の零は荒くなりかけた呼吸を整えながら、目の前の相手を改めて見つめた。
そこで、ふと視線が下がる。
ヴィクトリアの両手には――何もない。
「…………」
さらにその視線が、携えられた大剣へと移った。
そして、ようやく実感する。
これだけ攻めても。
黄金の瞳になっても。
ヴィクトリアは、まだ剣を使っていない。
――剣帝なのに。
その事実を認識した瞬間、零の胸の奥で先ほどよりも強く何かが弾んだ。
悔しい。
もちろん、その気持ちもある。
けれど、それ以上に知りたかった。
剣を持ったら、どうなるのだろう。
今より強くなることだけは分かる。
なら――どれくらい?
「……ヴィクトリア」
「なんだい?」
「剣、使って」
風が二人の間を吹き抜け、ヴィクトリアの金髪を静かに揺らした。
「…………」
青い瞳が、零を真っ直ぐ見つめる。
「本気かい?」
「……うん」
「零。私は剣帝だ。剣を持てば、今までと同じようにはいかない」
「知ってる」
零は迷わず頷いた。
今ですら、自分より遥かに強い。
そのヴィクトリアが、まだ最も得意とするものを使っていない。
勝てるなどとは思っていなかった。
それでも――。
「僕より、ずっと強いことも分かってる」
「…………」
「それでも……見てみたい」
黄金の瞳が、真っ直ぐヴィクトリアを見つめる。
「剣帝のヴィクトリアが、本当に戦うところ」
その言葉に、ヴィクトリアはほんのわずかに目を見開いた。
離れた場所では、ガルドが腕を組んだまま黙っている。止める気はないらしく、むしろその口元には微かな笑みすら浮かんでいた。
「……師匠」
「本人が望んでんだ」
ガルドはそれだけ答えると、黄金の瞳を持つ零へ鋭い視線を向けた。
「それに、こいつも自分が何言ってんのか分かってる」
「…………」
しばしの沈黙の後、ヴィクトリアは小さく息を吐いた。
「分かった」
その声から、それまでの柔らかさが消えた。
ヴィクトリアの手が大剣へと伸び、柄を握る。
零の黄金の瞳が、その動きを追った。
鞘からゆっくりと姿を現す、巨大な刃。
見るからに重いはずの大剣を、ヴィクトリアはまるで重さなど存在しないかのように片手で抜き放つ。
そして――構えた。
「――っ」
その瞬間、零の身体が無意識に強張った。
まだ何もしていない。
ただ剣を構えただけだ。
それなのに、先ほどまでとは何もかもが違って見える。
立ち方も、呼吸も。
まるで、目の前にいる人物そのものが変わってしまったかのようだった。
大剣の切っ先が、静かに零へ向けられる。
青い瞳からは先ほどまでの穏やかさが消え、研ぎ澄まされた刃のような鋭さだけが残っていた。
そこにいるのは、自分を助けてくれた優しいヴィクトリアではない。
幾度もの戦場を越え、その剣によって王国最強の一角へと至った者。
――剣帝。
肌を刺すような緊張に、怖いと感じてもおかしくないはずだった。
けれど、零の黄金の瞳は逸れない。
それどころか、胸の鼓動は先ほどまでよりも強くなっていた。
もっと見たい。
この先を。
まだ知らない、この人の強さを。
そんな零を見つめ、ヴィクトリアは大剣を構えたまま静かに告げた。
「ならば見せよう」
山の空気が、張り詰める。
「君が望んだ――剣帝を」




