7.イザベルの思惑
「イザベル! ままままさかあなた、あの方に嫁ぐつもりなの!?」
「お母様ったら、気が早すぎるわ。
あの方、お父様の大切なお友達の、御子息でしょう?
ジュリアン兄様もラウルもいないのだから、わたくし達が次代の縁をつながないと」
エルンスト達が帰った途端、母はイザベルを問いただしたが、イザベルは軽く笑って躱す。
「それよりお母様。
王太后様のところには、もう一人、客人がいらしてるそうなのよ。
ウィノウ聖皇国の下の方の皇子、ファビアン殿下という方で、とても見目麗しい方だっておっしゃっていたわ」
「まあ」
美形の皇子と聞いてオデットは、眼を丸くする。
「あー……少し前に、貴族院でそんな話を聞いた。
確か、第十七皇子だったか第十九皇子だったかで、母君は伯爵家の出とかなんとか。
もう王都に到着されていたのか」
ウィノウ聖皇国は、この国の西南、高速帆船で一週間くらいのところにある国。
聖都ウィノウには大聖女猊下がおわすこともあり、西大陸の社交と文化の中心地だ。
大聖女の守護者である聖皇は、代々強大な魔力を誇り、その血を護るために、複数の后を擁し、「お手つき」して生まれた子も皇子皇女として抱え込む。
なので、聖皇の子は数十人いるのが通例だ。
ただし、火水風土の四属性の魔力が揃った男子でないと皇位継承権は与えられないので、継承権を持つ皇族は、一世代に数名、出るか出ないかだが。
そんな大事な話は自分にも教えろと、母がキャンキャン言っているのを聞き流しながら、あれ? とソフィは内心首を傾げた。
昨日、ガーディが言っていた「例の方」というのは、ファビアンのことだったのだろうか。
「お姉様。もしかして、その皇子様がお目当てなの?」
リュシーが、きょとんと訊ねて、イザベルが噴き出した。
「まさか。お会いしてもいないのに。
来週の、シャラントン公爵家の舞踏会あたりでお目にかかれるだろうって、エルンスト卿はおっしゃってたけれど。
だいたい、ウィノウの皇子とわたくしじゃ、貴賤結婚になるじゃない」
貴賤結婚とは、君主の一族が「君主の一族以外の者」と結婚すること。
基本的には、皇族や王族としての権利を返上することになる。
国によって、どこまでがセーフでどこからがアウトかの判断は異なるが、聖皇国は厳格に判断するのが通例だ。
イザベルは、父に向き直った。
「ね。お父様。新しいドレスを作ってもいいかしら?
ソフィも一緒に。
この春は、いつもより舞踏会が多くなると思うのよ。
『またあのドレス?』って、エルンスト卿の前で笑われてしまうわ。
もうじき、王宮の舞踏会もあるし」
「ううううむ……
ま、やむをえないか」
父は、しぶしぶ頷いた。
「えええええ! お姉様達だけ!?
私のドレスは!?」
「あなたには、社交界デビューのお祝いで何着も作ってもらったばかりじゃない。
まだ一度も外で着ていないドレスだって、あるでしょ?
それに、あなたが毎回同じドレスを着たって、初めて見たような顔で『リュシーは今日もかわいい』しか言わない人だっているんだし」
リュシーの抗議を、イザベルは軽くいなした。
リュシーが少し赤くなる。
正式な婚約発表はまだだが、幼馴染と内々でそういう話になっているのだ。
ま、発表を先延ばしにしているのは、姉二人がどちらも何も決まっていないせいもある。
姉より妹が先に嫁いでいけないわけではないが、二十一歳の長女と、十九歳の次女を飛び越して、十七歳の三女が婚約発表となると、据わりが悪い。
「そろそろ、晩餐の支度をしなければ。
お父様、今日はどんなお客様がいらっしゃるの?」
「あ、ああ……
今日は、ドレフュス伯爵夫妻に、ペンディエール卿夫妻と……後はオーギュストが来るはずだ」
いつものように、イザベルは父を丸め込んでしまった。
というわけで、翌日の昼過ぎ──
エルンストは、約束通り、四頭立ての大きな馬車で迎えに来た。
黒塗りの馬車には絡まり合う蔦を意匠化した、ヴァルデシア辺境伯家の家紋がさりげなくついている。
本当の本当に、辺境伯家の御子息なのだ、とソフィは改めて驚いた。
幸い、空は良く晴れ、過ごしやすい一日になりそうだ。
挨拶を交わし、まずイザベルが乗り込み、続いてソフィ、付添のセルマ夫人を乗せ、エルンスト、最後にガーディが乗る。
進行方向に背を向ける側には、従者が座るのが慣例。
自然、奥からイザベル、ソフィ、エルンストという並び順になって、ソフィは緊張した。
ちらっとエルンストを見ると、エルンストも口元が強張っている。
向かいに座っているガーディが、身振りで、エルンストになにかしきりに促した。
「ええと……今日は天気が良くて、よかったです」
少し高めの声で、エルンストはまっすぐ前を向いたまま言った。
姉妹と一緒にいる時、ソフィは他人と直接受け答えすることはほとんどない。
自分の美しさを良く知っていて、どんな場でも堂々と振る舞うイザベルか、愛らしさ故に多少の失言も許されるリュシーが話してくれるので、ソフィはその合間に相槌を打てばいいからだ。
だが、イザベルはなにも言わない。
ただ、ほんのりと微笑んでいるだけだ。
「え、ええ。そうですね」
やむをえず、ソフィは相槌を打った。
なんとも言えない間が、空いた。
石畳の上を、馬が軽快に歩む音が妙に大きく聞こえる。




