6.またまた「また明日」
となると、国外に相手を求めるしかない。
その意味で、エルンストはイザベルの結婚相手として理想的だ。
ヴァルデシア辺境伯領は、侯爵領の本邸から馬車で二週間ほどの距離。
二度と会えない距離ではない。
おまけに、ヴァルデシア辺境伯は、ウィノウ聖皇国におわす、女神フローラの代理人である大聖女が与えた爵位。
ロランタン侯爵領よりも狭い小国だが、歴史はランデールより古く、格式も高い。
もし、エルンストが本当にイザベルを望めば、グラール公爵の息子に過ぎないオスカーでは、横槍を入れることはできない。
「だからといって、あんな、もさもさした方じゃ。
だいたい、あの時、ソフィが巧くとりなしてくれれば、イザベルはとっくの昔に公爵家の若夫人だったのに。
どうしてあの縁談を逃がしたのよ」
ぐちぐちと、母は昔の話を蒸し返した。
「オデット。それは無茶だ。
だいたい、あの件で叱るのならソフィではなくイザベルだろう」
さすがに、父がたしなめる。
「いずれにせよ、辺境伯家はだいぶ格が上だ。
うちから嫁ぐなら、長女のイザベルしかあるまい」
確かに、そうだ。
準君主である辺境伯家と、貴族にすぎない侯爵家では、いくらヴァルデシア辺境伯家が相性重視で妻を選ぶとはいえ、長女のイザベルでギリギリのギリ、だろう。
本来なら、皇女か王女が降嫁してもおかしくないし、準王族として扱われる傍系王族の息女や大公家の姫君、公爵家の令嬢あたりが嫁ぐべき家なのだ。
「物怖じしないイザベルなら、辺境伯夫人となっても問題なかろう。
あとは……まぁ、二人が合うかどうかだが」
「でも、お父様。イザベル姉様とエルンスト卿の相性が良いとは思えないけれど」
リュシーが、首を傾げた。
「エルンスト卿、見るからにおっとりした方じゃない。
結局、なんでもかんでもイザベル姉様が決めることになって、そのうち姉様がへとへとになっちゃいそう。
お姉様は勝ち気だけれど、仕切り屋じゃないもの」
愛らしい三女の冷静な分析に、侯爵は、うぐぅと詰まってしまった。
しばらくして、イザベルとエルンスト、ガーディは戻ってきた。
エルンストは、美術鑑賞の経験はあまりなかったそうだが、イザベルの解説で楽しめたらしい。
二人は、どんな話をしたのだろう。
ソフィは気になったが、イザベルは令嬢らしく穏やかな笑みを浮かべたまま。
眼が隠れているエルンストは、もとより表情が読み取りにくい。
ソフィが一言も交わさないまま、エルンストはそろそろ辞去する流れになった。
しばらく、晩餐は王太后のところで摂る予定になっているそうだ。
ソフィは、小さくため息をついた。
父は、イザベルを嫁がせたいようだが、エルンストには大伯母である王太后がついているのだ。
今、この国には、エルンストの相手にちょうど良い年回りの王女はいないが、公爵家や傍系王族なら、エルンストとさほど年が離れていなくて、まだ婚約していない令嬢が何人かいる。
王太后は、エルンストにふさわしい順に、令嬢達とその家族をどんどん晩餐に招くだろう。
その中から、きっと相手が決まるに違いない。
ソフィは、ほっとした。
なぜだか、ほんの少しだけ、寂しいような気もするが──
「今日は、色々話せてよかった。
ルドルフ閣下から、折々の手紙で君の成長ぶりは聞いていたが、こんな立派な青年になるとは」
「僕も、セルジュ殿と美しい奥方、ご令嬢達にもお会いできてよかったです」
エルンストは、はにかみながら頷いた。
チョロいところのある母が、「まぁ」と口元をほころばせる。
「そう言ってくれて、嬉しいよ。
親戚の家だと思って、いつでも遊びに来てくれたまえ。
息子たちがいないのが残念だが、娘たちに王都見物でも美術館めぐりでも、案内させよう」
「お父様。明日のお昼に、馬事公苑に行くお約束をしたのよ。
少し身体を動かしたいっておっしゃったから」
イザベルが言い出して、ソフィは二度見した。
母とリュシーだけでなく、下心をほのめかしていた父も、びっくりしている。
「は、はい」
エルンストが頷いた。
「え。でも、明日? 明日はわたくしとリュシーはお茶会の約束があるのだけれど」
母が、戸惑った顔のまま言い出した。
「馬事公苑なら、別にいいでしょう?
もちろん、セルマ夫人に来てもらうし、ソフィも一緒に行けばいいわ」
「え」
「いいでしょ、ソフィ。
あなた、特に予定は入っていないんだし」
馬事公苑は、貴族や富裕な平民が乗馬を楽しむための広大な公園。
母親が同行しなくても、令嬢が遊びに行ける数少ない場所だ。
セルマ夫人というのは、元は王家の侍女をしていた女性で、母の補佐兼ソフィ達の監督役として侯爵家が雇っている女性。
彼女に付き添ってもらうのなら、馬事公苑に行くのは全然アリだ。
「ええ……」
ソフィは、少し迷って頷いた。
明日あたり、昨日よりもさらに色づいて、ほころびかけているはずのあの薔薇の蕾をもう一度を描きたかった。
それに、馬事公苑に集まる令息令嬢は活発なタイプが多く、ソフィは彼らがあまり得意ではない。
乗馬自体は、好きなのだが。
でも、いくら付添同伴といっても、いきなりイザベルとエルンストの二人だけで出かけるのは、前のめりすぎだ。
あっという間に、あることないこと、噂が立ってしまうだろう。
やはり、自分が一緒に行くしかない。
ガーディが、ほっとしたような笑顔を見せた。
エルンストも、口元をわずかにほころばせている。
「……では、また明日。
昼過ぎに、お迎えにあがります」
念を押して、主従は辞去していった。




