4.これは見合いではない
「いや、そういうわけでもない。
ヴァルデシア辺境伯家は、少し変わったやり方で妻を選ぶんだ。
今の辺境伯、ルドルフ閣下で二十三代目だが、いわゆる政略結婚で結婚した者は一人もいない」
「え。どういうこと??」
リュシーは、びっくりした。
ソフィも、声こそ出さなかったものの内心驚いた。
この国でも、周辺国でも、貴族なら公爵から男爵まで、長男の結婚相手は、親が探して決めることが多いだ。
なんなら、生まれる前から相手が決まっていることもある。
父と母も、そのパターンだ。
長男以外なら、恋愛結婚もそれなりにあるが、相手が相応の家格で相応の魔力を持つ令嬢であるのが大前提。
貴族の血に流れる魔力を薄めることなく、次代に遺していかなければならないからだ。
「辺境伯家は、男子が適齢期になったら、外国を巡る旅に出し、自分で妻を探させるんだ。
これはという令嬢が見つかったら求婚し、求婚が受け入れられたら、そこから家同士の交渉に入る」
「求婚が受け入れられたらって……断られることもあるんですか?」
思わず、ソフィは聞いてしまった。
「ある。先代辺境伯は四人目でようやく決まった」
「さ、三回も振られたの!?」
リュシーが声を上げる。
「山奥の、うちの領より小さな国だし、領地は陰気な沼地ばかり。
社交も娯楽も、なにもないようなところだもの。
そりゃ断れるものなら、断る人だって、いるでしょうよ。
でも、結局、先代辺境伯には、王太后様の末の妹君が、ご自分から嫁がれたのよ。
馬車が脱輪して難渋しているところに、先代辺境伯が行き合われ、一人で馬車を持ち上げた様子に一目惚れしたとかで」
ロマンチックだわああ、と母はうっとりした。
その話は、聞いたことがある。
つまり、王太后はエルンストの大伯母なのだ。
「そうだな。ルドルフ閣下の場合は、ウィノウ聖皇国訪問中に知り合ったラーム辺境伯の息女ゼラーラ様に跪かれた。
ゼラーラ様は、明るく愛らしい、ちょうどリュシーのような方だった。
新婚旅行で我が国に立ち寄られた時には、母上もあれやこれやと世話を焼いておられたぐらいだったが……
魔力障害で、早くに身罷られてな」
父は、昔を思い出したのか、遠い目になった。
「その後は、後添いも娶られなかったのよね。
子は、エルンスト卿一人だけだったのに。
やっぱり、変わった家よね」
母が、微妙顔で言う。
息子二人、娘三人を産み、ロランタン侯爵夫人として一番大切な務めを果たした母にとって、新しい妻を迎えなかったことは、ロマンチックなことではないらしい。
ちなみに、二十三歳の長男・ジュリアンは、他国の大学に留学中。
末っ子で十四歳のラウルは、全寮制の寄宿学校に入っている。
「じゃ、イザベル姉様のお見合いというわけじゃないの?」
リュシーは父に念を押した。
「正式な見合いではない。
だが、もし彼がイザベルを気に入ってくれれば……とは思うがね。
ルドルフ閣下の手紙にも、内気な卿を補佐してくれるような女性がいたら、とあったし」
ならば、外向的なイザベルはぴったりだ。
「え。イザベルが嫁ぐなら、あんなもさもさした方じゃなくて、美形の貴公子がいいわ!
ソフィなら、釣り合いが取れるかもしれないけれど」
母の放言に、リュシーが「は??」と声をあげた。
「おーかーあさまあああ! 今のはダメでしょ!
エルンスト卿に失礼じゃない!
ソフィお姉様にも!」
「ねえ!」とリュシーに同意を求められたソフィは、視線を泳がせた。
父は、またかとばかりに無の表情だ。
「わ、悪気はないのよ。
意地悪を言わないで、リュシー」
母は、おろおろする。
悪気はないと言いながら、無神経なことを口走ってしまうのが、母なのだ。
そして、悪気がないのだから自分に罪はないと思い込んでいるので、指摘されると、謎の被害者意識を募らせて、面倒なことにしかならない。
巧い具合にツッコめるのは、リュシーくらいだ。
「しかし、イザベルはなかなかこう……縁談が難しいじゃないか」
セルジュは、苦い顔で言った。
そう。美しく華やかなイザベルが二十一歳にもなって、まだ婚約が決まっていないのには理由がある。
一度、婚約解消したからだ。




