3.予告通りの再会
翌日の昼過ぎ──
父──つまり、ロランタン侯爵セルジュに呼ばれて、姉のイザベルと妹のリュシーと一緒に、応接室に入ったソフィは固まった。
前庭に面した、羽目板張りの広々とした応接室。
巨大な大理石の暖炉に向かって、ソファや肘掛け椅子が置かれている。
そこに、エルンストとガーディがいた。
「エルンスト卿。これが娘達です」
肘掛け椅子に座っていたエルンストが、慌てて立ち上がった。
今日も前髪で眼は見えないが、まっすぐに、ソフィを見ている──ように見える。
エルンストの後ろに立っているガーディが、ソフィに軽く目配せしてきた。
「紹介しましょう。
長女のイザベル、次女のソフィ、三女のリュシーです。
皆、ご挨拶しなさい。
こちらがヴァルデシア辺境伯の嫡男、エルンスト卿だ」
なるほど、とソフィは腑に落ちた。
ヴァルデシア辺境伯は、近隣国の一つ。
人口数十万人ほどの小国で、高山の間に形成された大きな盆地にある。
その領の大部分が、広大な沼沢地に覆われた、風変わりな国だ。
主要産業は、高級木材である白松を中心とした林業と養蚕、そして沼地にしばしば出現する魔獣を討伐することで得られる魔石。
少数精鋭の騎士団は一騎当千と謳われるほど強いことでも、良く知られている。
今のヴァルデシア辺境伯ルドルフは、この国の貴族学院に留学していたとかで、同級生だった父が懐かしげに語るのを聞いた覚えもある。
なんでも、大変な豪傑ぶりだったそうだが──
なぜ、眼が隠れるほど、エルンストがもさもさに髪を伸ばしっぱなしにしているのか不思議だったが、質実剛健型の国だから、身なりにあまり構わないのかもしれない。
彼自身は、特に身体を鍛えているようには見えないけれど。
「イザベルにございます」
豪奢な紅色のデイドレスを着たイザベルが、半歩進み出ると跪礼をする。
父と一緒にソファに座っている母オデットが、満足げに頷いた。
ソフィは少し混乱した。
昨日、エルンストに自己紹介は済ませている。
だが、エルンストに会ったことは家族には言っていなかった
晩餐は客人と父母の会話が中心だし、朝食は朝食で、いつもイザベルかリュシーの話が中心だから、言い出しそびれたのだ。
「ソフィにございます」
少しくすんだ若草色のデイドレスを着たソフィは、素知らぬ顔でエルンストに跪礼をするしかなかった。
「リュシーにございます」
ピンクブロンドの髪が映えるクリーム色のデイドレスを着たリュシーが愛らしく跪礼をする。
「ヴァルデシア辺境伯ルドルフ・マテオの子、エルンスト・ヴィルヘルムです。
美しいお嬢様方にお目にかかれて、喜ばしく思います」
エルンストは、ゆっくりと慎重に言った。
丸覚えしたセリフを口にしているみたいだ。
挨拶が無事終わったので、エルンストは元の肘掛け椅子に、三姉妹はソファに座る。
しばらく、父とエルンストの歓談が続いた。
父は、ヴァルデシア辺境伯領を訪問したこともあり、辺境伯家の人々も知っている。
エルンストも、父に対してはさほど緊張しないようで、辺境伯一家の近況、辺境伯家の騎士団の話題と、盛り上がっていた。
途中、エルンストは「あなたは父の親友なのですから」と堅苦しい敬称を外すことを求め、エルンスト君、セルジュ殿と呼び合っている。
ソフィは、一人混乱し続けていた。
エルンストが我が国を来訪するのは、かなり前に決まっていたはず。
小国とはいえ、次代の君主なのだ。
辺境伯の旧友である父も、当然連絡を受けていただろう。
今となっては、エルンストが家名を名乗らなかったのもわかる。
ソフィがロランタン侯爵家の令嬢だと名乗った時点で、父の旧友の娘だ、ならば自分のことも知っているはずだと推測できるからだ。
なのに、なぜ父はエルンストが来訪することを教えてくれなかったのだろう。
もしかして、自分だけ聞いていなかったのだろうか。
美しいイザベルと愛らしいリュシーにかまけて、地味な自分を忘れがちな母オデットと違って、父は平等に接してくれていると思っていたのに──
淡い紫のデイドレスを着た母は、父の隣で会話を聞いていたが、きりがないと見たのか、そっと「あなた」と小声で呼びかけた。
「ああ、いかんいかん。
せっかくご来訪いただいたのだ。
我が家の収集品でもご覧いただこう。
晴れ渡った日のヴァルデシアの美しさとは比べ物にはならんが、昔、父君にもお目にかけたことがある」
「は、はい。父から、素晴らしい作品を見せていただいたと聞いています」
エルンストが頷く。
父は、ソフィを素通りして、イザベルを見た。
「イザベル。ギャラリーにご案内しなさい」
え、とエルンストの表情が動いた。
「ああ……その……!」
エルンストはなにか言おうとしたが、イザベルが「ご案内してまいります」と、しとやかに立ち上がると、あわ、あわ、と慌てたものの、黙り込んだ。
「で、では」
ぎこちなく、エルンストはイザベルをエスコートする。
あちゃーという顔をしながら、申し訳なさそうにソフィの方に目礼するガーディを従えて、二人は去っていった。
「お父様。これって、イザベル姉様のお見合いなの!?」
扉が閉まるなり、リュシーは父を問いただした。




