グレイ神の竜退治
ミーアッカラッカポルタ
ミーアッカラッカポルタ
世界樹の宝石、杖の宝珠、我らが輝きのグレイ神よ。
いかにして彼が、この地に富をもたらしたか語ろう。
始まりは錆びた野の続く場所だった。
“何もない”がただそこにあった。
今のように黄金に輝く稲穂もないし、陽気な男どもの掛け声もない。
女は機織りもできずに、地に伏して泣いていた。
グレイ神が降り立ったのは、一匹の鶯を追いかけてのことだった。
あんまり綺麗な歌声で歌うから、ぜひ演奏に合わせて一曲歌ってほしいとグレイ神は思われたのだ。
鶯がこのエポドナフルに消えていったとき、グレイ神は始めて錆の土地に足を踏み入れた。
彼の白く柔らかい素足には、枯れた草の棘のような硬さは鋭すぎてチクチクとした。
あまりにも痛いものだから、グレイ神は悲しくなって。
「どうしてそんなに棘をもっているんだい。」
と草に聞いたのさ。
そしたら草は「いい事なんて一つもない。空は鉛色だし、蝶は飛ばない、獣だって跳ねやしない。」そう答えた。
グレイ神はその答えにますます悲しくなって、リュートを取り出すとと安らかな演奏を始めた。
すると途端に草は柔らかくなって、花が咲き、蝶が飛んで、一匹の雌鹿が飛び跳ねた。
「可愛い、鹿さん。こっちにいらっしゃい。」
グレイ神がそう声を掛けると、鹿はすぐ傍にあった木に隠れてしまう。
そして木陰から小さな声で言うのだった。
「それはできません、私は狙われているのです。」
「誰に?」
「竜です。」
「竜って、あの翼が生えて、地を這う邪悪の?」
「そうです。私は元は、髪の豊かな娘でした。
けれど醜い竜にこんな姿に変えられてしまったのです。」
そう言うと雌鹿は悲しそうに泣いて、地面に顔をつけた。
哀れに思ったグレイ神は、娘だった鹿の元に寄ると、一曲の歌を贈った。
あまりに素敵な歌だったので、雌鹿はグレイ神にたちまち惚れ込んでしまう。
グレイ神は雌鹿になった彼女をなんとか元に戻そうと、銀でできた櫛を取り出して、その背をすいてみた。
まず、鹿の毛が絹のような美しさを取り戻し、雌鹿の乙女は喜び跳ねた。
次に、川辺に連れて行くと、流れる水でじゃぶじゃぶと体を洗い、その身に纏った穢れを洗い落とした。
すると、鹿の瞳は宝石のような薄紅に変わり、雌鹿の乙女は喜び歌った。
最後に、人の形に戻れるように祝詞を唱えようとしたがその言葉をグレイ神は知らない。
だからグレイ神は父であるウォリケの元を訪ねると、術をかけた竜の心臓がその言葉を知っていると言う話だった。
グレイ神はそこで、小人たちの元を訪ねて硬く鋭い鉄の剣を拵えて貰うと、同じく硬く重い鉄の盾を身に纏って竜の巣穴へと入った。
暗く、血の匂いの漂よう竜のねぐらは、薄ら寒く、また這い寄るような恐怖があった。
グレイ神はリュートを胸に抱くと、誰にも教えたことのない子守唄を歌った。
その歌は春風よりも柔らかく、母が子に囁く声よりも優しかった。
竜は最初こそ怒り、尾を打ち鳴らし、炎を吹き、巣穴を震わせた。
けれど歌は止まらない。
一日目、竜はまぶたを重くした。
二日目、牙は岩から離れた。
三日目、山を揺らす唸り声は寝息へと変わった。
その眠りはあまりにも深く、雷が落ちても、大地が割れても、決して目覚めることはなかった。
グレイ神は三歩、眠る竜に近づくと、その額へ静かに手を添えた。
「どうか安らかに。」
そう囁いてから、初めて剣を振り下ろした。
深く突き刺したため、竜はそのまま倒れて、グレイ神はその心臓を取り出すことに成功する。
竜は死してなお心臓だけは喋り続けた。
心臓はドクドクと早口で捲し立てる。
「どうか、見逃してください。」
「あの鹿の乙女にかけた呪いを解く言葉は?」
心臓は最初は嫌がったものの、グレイ神が力を込めるからもう耐えられないと判断して口を割った。
グレイ神はその言葉を忘れないように記憶すると、心臓を握り潰して乙女の元へ向かう。
さて、鹿の乙女は暖かい日差しの中、苔の緑を食んでいたところ。
狩人の男に見つかって追いかけられていた。
弓矢がびゅんびゅんと飛び、乙女は追い立てられて行く。
ちょうど曲がり木を過ぎたところで、乙女は逃げ場を失って、命を刈り取られようとするところだった。
グレイ神がやってきて、一つ歌を口遊むと、狩人と鹿の間に大きな岩場の壁ができた。
グレイ神は鹿の乙女の呪いを解くまじないを言うと、たちまち鹿は一人の女となり、それを見た狩人はひっくり返ってしまった。
「ありがとうございます。グレイ神、私はあなたにこの身を捧げます。」
乙女の薄赤らんだ頬にグレイは口付けを落とすと、それが婚約の証となった。
その一族は歌を忘れず、剣も忘れなかった。
ゆえにエポドナフル随一の戦士となった。
喜んだグレイ神はめいいっぱい歌を歌った。
それからはこの大地はより一層豊かになり、愛に満ち溢れるようになった。
乙女は人々に歌を教えた。
女たちは再び機を織り、男たちは歌を口ずさみながら畑を耕えた。
だからエポドナフルでは今も収穫の時に歌を歌う。




