鷹と天
戦により荒れ果てた世界はどんな場所より酷かった。
オドアを置いて去ることに胸が痛んだが、鷹は生き残った僅かな生き物たちをその背に乗せると飛び立つ為に大きく羽ばたく。
その風は硝煙や霜を吹き飛ばし、舞い上がらせて、いつしかの出会いを思わせた。
鷹はある日の思い出を胸に抱き、遠い地を目指し上の方へと飛んだのだった。
しかし、数回羽ばたいた所で突如目の前に大きな闇が現れる。
急いで旋回し、少し離れて様子を見てみれば、それはオドアと同じくらい大きな生き物であった。
全貌は分からないが、何処までも黒い体に中にチラチラと輝く光たちが見える。
鷹はどうにかやり過ごそうと、その生き物を避けて抜けようとした。
だがオドアを囲うようにグルリと在って、鷹は何処にも行くことができなかった。
真っ直ぐ突っ切ることも考えたが、その表面はうぞうぞと蠢いており、近づけば中に引き込まれてしまいそうな程に恐ろしい。
よくよく見れば、船のような乗り物が沈んでいたり碌でもないものなのは確かである。
オドアに引き換えそうにも下ではマヴィナとソルスラが戦に励み、蛇たちがそれに応じて戦っている。
こうなっては話しかけてみるしかないと意を決したところで、意外にもその巨体から声がかけられたのだった。
「小さき翼よ、ここを通りたいか。」
その声は地から這い出るような恐ろしい声で、深い場所から響く音であった。
鷹は久々に身震いする。
小さき翼という言葉に、確かにこの巨体ならなと納得した。
鷹は機嫌を損ねないように丁寧に返事をすると、代わりに背に乗る生き物たちの魂を求められた。
それは頷けないと正直に返答すると、目の前の生き物はならば通せないと静かに答えるのみであった。
ただそれだけであり、向こうから襲ってくる様子はない。
鷹はまず相手を知ろうと言葉を重ね、他の物でどうにか満足して貰おうと画策するのだった。
「私の名前はヴィトア、あなたは何者だろうか。どうしてここに居る?」
「私が何者であろうとも、何処にいようとも関係あるまい。お前こそどうしてここにいるのだろう。」
声の主は恐ろしい見た目とは裏腹に、鷹に対して真摯に接した。
それは鷹が礼儀を持って接したからであり、彼にとっても悪い気はしなかった。
「あなたならばここから見えるのではないか、下では酷い争いが起こっている。そこから逃れるのだ。」
「あいにく、私には目がない。ただ輝きだけは感じる。私は光る物が好きだ。随分前からこの場所に光が集まっていることは知っていた。」
「光り物?それならば私も大好きだ。魂は無理だが宝石であれば幾らでも譲ろう。」
しめたと鷹はここぞとばかりに代わりを提案するが、巨体は少し体を横に振ると違うのだ、と呟いた。
「私は命の光が好きだ。宝石というならば魂のことをいうのだろう。前より数は減ったが、下にはまだ幾つか灯りがある。それにずっと明るい2つ星があるではないか。あれは私の瞳に丁度いい、是非とも全て欲しい。」
その言葉にブルッと鷹は身震いをする。
きっとこの主が言うのはマヴィナとソルスラのことで、残りの灯りは下に残った蛇たちも含まれるに違いないと。
なんとか主の考えをもっと探ろうと鷹は焦る内心を隠して話を続ける。
声の主も話すことに抵抗はないようで、出会いとは違いすんなりと喋ってくれた。
「あなたの名前がわからなければ、なんと呼べばいいのかわからない。いつまでも名を知らずに話すのもあなたに対して失礼な気がする。」
そう鷹が話すと、声の主は少しばかり迷ってゆっくりと名乗った。
ノフスという名の黒い塊は、ここより遠く遠くの場所で生まれて、今まで旅をし続けてきたそうだ。
色々聞かれて気を悪くするどころか、楽しくなった彼は自らの体にある、代償様々な星々を自慢し始めた。
聞けばそれらは彼の蒐集品で、彼の内で生きる命だという。
鷹が僅かに耳を澄ませれば、怨嗟の声や嘆きの声が聞こえてきた。
あまりの惨さにまた震えると、ノフスはいいだろうと愉快そうに笑うのだった。
ノフス曰く、それは罪人たちであり、ノフスに逆らった悪しき魂を閉じ込めているそうだった。
「お前を通すことはできないが、こんなに話をしたのはいつぶりだろうか。お前がくだるというならば、眷属として側に置こう。」
ノフスはいい提案だと言わんばかりに明るい声で鷹へと提案する。
しかし鷹はこの黒い声の主の物になる気は毛頭なかった。
ここで断れば争いになるかもしれないと思いながらも、意を決して断りの言葉を述べた。
それは背に乗る生き物たちを守る為でもあり、自らの運命は彼らのものでもあったからだった。
その答えを聞いたノフスは怒るどころか尚更嬉しそうにすると鷹を認め、何も取らずに通してやろうと道を開けた。
しかし鷹と仲間たちには1つ懸念があり、それは下にいるオドアのことであった。
このままでは命が尽きるのもそう遠くないが、この主に囚われればどうなってしまうのだろう。
その不安が鷹の羽ばたきを邪魔するのだ。
その様子を不審に思ったノフスは鷹に通らぬ訳を尋ねたが、鷹は言葉を濁す。そこで初めてノフスの機嫌は曇るのだった。
「私は嘘が嫌いだ。お前はやけに正直であるから通してやろうと思ったが、お前もまた同じようなものか。今の話は無しだ。」
目の前の道がそうして小さくなっていく、そして閉じ切る前になって鷹は決心がついたように、ノフスに思い留まる訳を洗いざらい話したのであった。
この流浪の旅人は、その話を聞いてオドアに同情するような声色で大層悲しんで見せた。
その様子に鷹はひょっとするとオドアとその子どもたちは見逃してくれるかもしれないと思ったが、ノフスの黒い輝きを見ると不安が心を這わずにはいられない。
ノフスは初めからオドアを囲うように近づいており、彼がなんと言おうとその本当の目的は彼女であったように思えたのだ。
けれど、鷹がどれだけ思いを巡らせようと何倍もあるノフスを止めることなどできない。それにノフスはもう鷹を逃す気はないようだった。
鷹はノフスに恭しく頭を下げると急いで下にいる生き物たちに上の出来事を伝えにいった。
しかし、誰もが戦に夢中でその言葉に耳を貸すものはなく災厄は訪れてしまうのだった。




