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富山県の高岡駅に降り立った真壁は、ここも変わらずに暑いなと思った。
雪国とはいえ、夏にもなれば愛知と気温の差は殆ど感じられない。
違う点と言えば、愛知特有の蒸し暑さが無いぐらいか。
隣の高根も額の汗をハンカチで拭っている。
きっと同じことを考えているに違いない。
駅を出ると、直ぐに路面電車が走っているのが見えた。
ドラえもんのデザインが施された電車だった。
そういえば、高岡は作者の出身地だったことに、真壁は今更ながらに気付いた。
左手にあるホテルの下にも、ドラえもんの銅像があることに気づく。
年甲斐もなく、真壁は気分が高揚していた。
「おい、観光に来たんじゃないんだからな」
高根に咎められ、真壁は背筋を伸ばし、市役所への道程を携帯で確認する。
路面電車を使っても、二十分ほどで着くほどの距離に市役所はあった。
二人は泊まっていたタクシーに乗りこみ、市役所へと向かった。
高岡市役所はレンガ色をした建物だった。
経年を感じさせる外観で、向かって左に中学校があった。
中に入ると冷たい空気が二人を包んだ。
外気との温度差で、寒く感じるほどだ。
市役所の中は平日の昼間という事もあって、閑散としていた。
受付の中のスペースで、職員達が黙々とパソコンに向かって作業をしている。
二人が入って来たことには、誰も気づいていないようだ。
受付の近くの席にいる女性に、真壁は声を掛ける。
年嵩と思われる女性は眼鏡を掛け、長髪を後ろで一つに束ねている。
突然の男たちの来訪に対し、女性は不穏な表情でやってくる。
真壁は警察手帳を取り出し、女性に見せつつ来訪の目的を告げる。
女性は驚いたように目を見張り、
二人に少し待つように言って、奥の方に向かっていった。
一番奥の窓際に座っている男性に声を掛け、状況を伝えている。
話を聞いた男性もたじろぐ様子を見せ、
真壁達に視線を向けた後で、小走りで近づいてくる。
スキンヘッドの男性は小さく会釈をして、
こちらで話を聞きますと言い、二人を案内する。
小さな打合せ室に通された二人は、男性の前にテーブルを挟んで座った。
テーブルと椅子が四脚だけで埋まってしまうほどの小さな部屋だった。
男性は名刺をテーブルに置きながら、自己紹介をする。
名前は冨安といい、市民課の課長という役職だった。
「それで、亡くなられた方の戸籍をご覧になりたいということですが」
空調の効いた部屋にも関わらず、冨安の額には汗が滲んでいる。
まさか警察が尋ねてくるとは、思ってもみなかったのだろう。
声音からも、動揺しているのが伺えた。
「愛知で亡くなったホームレスの男性の身元を調べています。
その男性の出身がこちらでしたので、伺った次第です」
高根が両肘をつき、両手を顎に添える。
田所はその様子に圧倒されているようだった。
「ホームレスの方の身元を調べていると?」
冨安があっけにとられた顔で聞き返す。
その顔は、なぜそんなことをする必要があるのかと言いたげだった。
「えぇ、そのホームレスは殺されていたんです。要は殺人事件でして。
ホームレスで身元を証明する物も持っていなかったので、
現状分かっているのは名前と生年月日と出身地ぐらいでして」
弱った素振りを隠さずに、高根は説明する。
少しでも協力して貰えるように、促しているようだった。
「そういうことでしたか。分かりました」
真壁は田尻の名前を記載したページを手帳から切り取り、冨安に渡す。
それを手に、冨安は部屋を出て行った。
「まさか、同性同名で誕生日も同じ人なんていないですよね?」
「そんなことにならないように、祈るしかないだろうな」
高根は座ったまま背伸びをした後に、目を瞑る。
その落ち着きように、真壁は感服するしかなかった。
十分ほどが経った後、冨安が打合せ部屋に戻って来た。
手には二枚の紙を持っていた。
「おそらくこの方の戸籍がそうだと思います」
紙をテーブルの上に差し出しながら、冨安は恐縮しながら言った。
戸籍には、田尻以外に二人の名前が載っていた。
一人は裕理という妻で、十年ほど前に亡くなっていた。
もう一人は隆俊という息子がいた。
生年月日から、現在35歳になっていると思われる。
「息子さんが転籍されているようですが、そちらの方は?」
高根の問いに頷くと、こちらですと言い、もう一枚の紙を冨安は出して来た。
息子の隆俊は、五年前に結婚し、それを期に田尻の籍から移転したようだった。
今は2歳の娘と妻と共に岐阜の方に住んでいるみたいだ。
真壁は田尻に息子がいて、現在も生きていることがわかり、胸を撫でおろす。
今まで繋がらなかった点が、やっと一つだけ繋がったのだ。
高根と視線が合い、頷き合う。高根も同じ気持ちであろう。
二人は冨安から二枚の戸籍を受け取り、礼を言って退出した。
市役所を出ようとした時、最初に声を掛けた女性が不安な目で二人を見ていた。
真壁は小さく頭を下げ、高根と共に市役所のスライドドアをくぐった。
「やっと捜査らしくなって来ましたね」
真壁が意気揚々と高根に語り掛ける。高根は黙ったまま、歩いていく。
その目の輝きから、多少なりとも捜査の手ごたえを感じているのが分かる。
「景気づけに、名産でも食べていきましょうよ。やっぱり寿司ですかね」
既に正午を回っており、
食事を済ませた公務員たちが、役所へ戻ってきているのが見える。
「何を言ってるんだ。駅弁で十分だろう。用は済んだんだから帰るぞ」
高根は真壁を相手にすることなく、一人で突き進んでいく。
真壁は立ち止まり、深いため息をつき、口を尖らせる。
「先輩、ちゃんと道分かって歩いてますか?」
頑固な上司を持ったのを後悔しながら、真壁は高根の後を小走りで追った。
その連絡が高根の元に入ったのは、新幹線で敦賀に向かっている所だった。
福井駅を通過した頃に携帯が鳴り、高根は休憩スペースに異動していった。
特に重要な連絡だとは思わなかったため、
満腹だった真壁は夢うつつで車窓を眺めていた。
「それにしても遅いな。お腹でも壊したのか」
真壁は腕時計を確認する。
高根が席を外して、二十分ほどが経っていた。
まさか、親族に不幸でもあったのか?
真壁が心配している所に、高根が戻って来た。
高根の表情から、ただ事ではないのを真壁は感じた。
目は見開き、放心したような顔で高値は真壁の隣の席に座った。
「何かあったんですか?」
眉尻を下げ、心配するように真壁は聞いた。
高根は前の座席のシートをじっと見据えたまま、口を結んでいる。
「小谷からの連絡でな。
ホームレス殺しの犯人だという男が出頭してきたらしい」
前を見たまま、くぐもった声で高根は言った。
新幹線はトンネルに入り、車窓は真っ暗な空間に包まれた。
「本当ですか?
それで犯人はどういった人物ですか」
「被害者のホームレス仲間らしい」
真壁の頭の中に、話を聞いた面々の顔が浮かぶ。
あの中に犯人がいたということか。
高根の顔を見ると、犯人が判明したというのに浮かない顔をしていた。
何か気になることでもあるのだろうか。
小谷からの話では、空き缶拾いの縄張りを巡って口論になり、
頭に来ていたというのが殺害の動機だった。
「そんなことで殺すなんてな」
呆れたような顔で言い、高根は頭を抱える。
そんな些細なことで人を殺してしまうなど、真壁には到底理解出来なかった。
「きっと嘘をついているんですよ。
他の誰かを庇って自首している可能性もあります」
高根が力なく、何度も頷いてみせる。
手掛かりの無い中、
捜査が進展しそうになった矢先に、犯人が自首してきた。
余りにも急な展開に唖然としているようだ。
「今日の所は小谷だけで話を聞いたようだ。
実際に会って話しを聞くのは、明日になるな」
高根が窓外に視線を向ける。
畑の向こうから夕日が照らしていた。
目を閉じて、高根はシートに身体を預けた。
新幹線の速度が緩まり、車内アナウンスが流れてくる。
周りの乗客が、上段から荷物を下ろし始めた。
真壁はその様子を放心した状態で見つめていた。
「おい、聞いたかよ。マーさん自首したんだってよ。
どうやら、スーさんを殺したのはマーさんだったらしい」
守がその話を聞いたとき、何かの冗談だと思った。
あの温厚なマーさんが、スーさんを殺したなんて信じられなかった。
「嘘じゃねぇよ。
警察に出頭する所をこの目で見たんだから」
池ヤンという男は、薄汚いニヤついた顔をしながら噂話に興じていた。
取り囲む者達も、その話に油を注ぐように、大層驚いているようだ。
守はその様子を、少し離れた所から盗み聞きしていた。
既に日は落ち、公園の電灯が灯っている。
その電灯の周りに、コバエがたかっている。
噂話のグループは、公園のベンチの周りに集まり、話し合っている。
池ヤンという男がベンチに座り、悪態をつくように足を組んでいる。
守が噂の輪に入らないのは、この池ヤンという男が苦手だったからだ。
いつも何かを企んでいるようにニヤついており、陰湿な声で話して来る。
自分の利益の為なら、平気で嘘をつくような男だった。
なので、今度のことも嘘に決まっていると思い、本気にはしなかった。
ただ気になったのは、マーさんの姿を今朝から見ていないことだった。
その僅かな点が、噂話を完全に否定できない理由になっている。
そもそも、マーさんがスーさんを殺す理由が分からない。
あれだけ仲が良さそうにしていたのだ。
そんなことありえないと守は思った。
「何でマーさんはスーさんを殺したんだろうな?」
取り囲んでいる一人が、顎に手をあてながら聞いている。
「さぁな。
あれだけ善人面してても、心の中では汚いことでも考えてたんじゃないか。
スーさん、飯の調達に関しては色々とあてがあったみてぇだからな。
いなくなっちまえば、その分を横取り出来るとでも考えたとかな」
嫌らしい目つきで、池ヤンが周囲を見渡している。
その周囲の反応を見て、楽しんでいるようだ。
守は沸々と怒りが湧いてきた。
拳を強く握りしめ、口を堅く結ぶ。
マーさんのことを何も知らないのに、
いい加減なことを言っていることに我慢が出来ない。
怒りを鎮めようと、守は深く息を吸い込んで吐き出す。
あいつの話している事は、根も葉もない噂なのだと、何度も自分に言い聞かせた。
「きっとまた、警察の奴らが話を聞きに来るだろうよ。
本当、ホームレスで殺し合うなんて、怖くておちおち寝てられねぇよな」
池ヤンが下卑た顔で笑いながら、守の顔を一瞥する。
守は感情を抑えきれずに、集団の輪に向かって歩き出す。
輪の中をかき分けて入ろうとした時に、右腕を強く掴まれた。
同じ公園で生活している、バクさんが顔を左右に振って、阻止しようとする。
小さな声でやめておくんだと、耳打ちしてくる。
そんなことをしたら、君も警察の世話になるかも知れないと言い、
真剣な顔で見つめてくる。
守はふっと我に返り、握っていた拳の力を緩めた。
それを見て、バクさんが安心した顔になった。
「マーさんも、きっと止まれない理由があったんだよ」
そう言って、守の肩に手を置いたのだった。
その時は、この言葉について違和感を持たなかった。
少し時間が経って、冷静になってみたときに、疑問が湧いてきた。
なぜ、マーさんが捕まったことが前提になっているのだろう?
池ヤンが信頼するに至らない人間なんてのは、バクさんも知っているはずだ。
それなのに、バクさんはマーさんが出頭したことを信じているようだ。
他の者達も、同じように信じているようだった。
どうしてそんなことになってしまうのか?
守には分からなかった。
その考えがずっと頭の片隅に残ったまま、守は日々を過ごしていた。




