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守の元へ予期せぬ来訪があったのは、

スーさんがいなくなって二週間が経った頃だった。

「すみません、お話を伺っても宜しいですか?」

突然、背後から物腰の低い丁寧な言葉で声を掛けられた。

振り返ると、二人の男が立っていた。

一人は長身で面長の男で、守と同年代だろうか。

祭りと書かれた団扇を仰いでいる。

もう一人の方は、若い男で中々の男前だった。

二人とも、半袖のワイシャツにスラックスという恰好だった。

「私達、こういう者でして」

若い男が警察手帳を取り出し、守に見せる。

顔写真と愛知県警の真壁巡査と記載されていた。

年長者の方は高根というらしい。

一瞬、なぜ警察が来たのかと訝しんだ。

しかし、すぐにスーさんの顔が守の頭に浮かんだ。

「ホームレスの男性が亡くなったのをご存じですか?

 場水駅で発見されたんですが」

真壁が手帳を胸ポケットに直しながら言う。

「はい、少し前に噂で聞きました」

守は視線を下げたまま、小さな声で肯定する。

真壁はその反応に目を見開き、

それなら話が早いと言わんばかりに一枚の写真をポケットから取り出す。

「この男が亡くなったんですが、ご存じありませんか?」

見せられた写真には、眠るように目を閉じた老人が写っていた。

少し瘦せているようだが、写っているのは紛れもないスーさんだった。

恐れていたことが現実になり、守は動揺してしまう。

視界が急に小刻みに揺れ出し、足元も覚束なくなる。

「もしかして、お知り合いの方ですか?」

真壁が覗き込むように、守を見てくる。

守は込み上げてくる悲しさを堪え、ゆっくりと頷く。

写真の人物はスーさんと呼ばれており、

ほんの二週間前まで共に暮らしていたと説明した。

説明を聞くなり、刑事の二人は視線を交わして頷き合う。

「そのスーさんの本名はご存じありませんか?

 出身地や親族がどこに住んでいるかなど。

 身元に繋がる情報なら何でも結構です」

質問されて初めて、守はスーさんの事を何も知らなかったのに気づく。

皆が当たり前のようにあだ名で呼び、それに困ることも無かった。

今になって思えば、スーさんは自分の過去について語りたがらなかった。

何も知らないことを守は告げると、

刑事の先程までの勢いが衰えてしまったようだ。

「誰か他でご存じの方はいませんか?

 あなたの他にも共同でここで暮らしているんですよね?」

真壁がビニールシートの簡素なテントを見ている。

今は、守以外の人間は公園の外に出払っていた。

「あと二人、一緒に暮らしていますが、

 きっと僕と同じように知らないと思いますけど」

「分かりました。一応本人に確認を取りたいのですが。

 どのくらいで戻って来られるか分かりますか?」

「どうでしょうね。特に予定も聞いてませんし。

 世の中の人みたいに、時間を気にして生きている訳じゃないので」

スーさんが死んだのは刑事のせいではないのに、守は棘があるような声で言う。

こんなにも必死に聞いてくるなんて。

守は刑事の態度にうんざりしていた。

真壁が困った顔になり、高根に助けを求める。

「分かりました。また出直して来ます。

 ところで、スーさんという方はどんな人物でしたか?」

黙っていた高根が口を開き、守をじっと見つめる。

「どんな人って。優しくて明るい人でしたよ。

 他のみんなからも慕われていましたし」

守は質問の意図が分からなかった。

二人の刑事は視線を交わしたかと思うと、思案する素振りを見せた。

「スーさんが誰かに恨みを買うような事は無かったですか?」

尚も続く質問に、守は頭を傾ける。

「そんなのある訳ないでしょう。さっきから何なんですか?

 そんなことを聞かれる理由が分かりません」

守は怒りを露わにして、刑事達を睨む。

高根が得心したようで、両手を広げて守に落ち着くように促す。

「すみません。スーさんという人物は何者かに殺されたようなんです。

 だから、こんな変な質問をしているわけでして」

スーさんが殺された?

守は何かの間違いだと思った。

まるで違う人物の話を聞いているようだった。

「何かの間違いでは無いんですか?

 スーさんが殺されるなんて信じられません」

真壁が何か言おうとするのを制して、高根は温厚な顔で言う。

「お気持ちは分ります。

 ただ、念の為に他の方からも話を聞きたいと思っています。

 どうか気を悪くなさらないで下さい」

高根がまた来ますと言い、真壁を連れて公園から出ていく。

守は刑事の言葉を信じる事は出来なかった。

きっと何かの間違いで、ひょっこりスーさんは帰ってくる。

そう思いたかった。

守はテントに戻り、スーさんの居室を覗く。

賞味期限の過ぎたお菓子や、ヒビの入った器が雑然と置いてある。

その様は、住人がいなくなったことを如実に語っていた。


「お前の所にも刑事は来たのか?」

守の元へ刑事の来訪があってから、二日が経っていた。

マーさんがカップ酒を煽り、しゃっくりをする。

既に夜は更け、公園には涼しい風が吹いている。

守とマーさんは、公園のベンチに並んで座っている。

工場地帯にポツンとあるので、夜の公園周辺は人通りがほとんどない。

工場から伸びる煙突から、煙が上がっているのが見える。

マーさんの所にも、今日の昼頃に刑事が来たと言う。

聞いてみると、守の所に来た真壁と高根という刑事だったらしい。

「バクにも話を聞きに来たってよ。

 本当に驚いたよ。スーさんが殺されたなんて」

マーさんが深いため息を吐く。

芋焼酎の香りが、守の鼻孔に漂ってくる。

マーさんも写真を見せられ、あれはスーさんで間違いなかったという。

バクさんも同様だという。

これで、スーさんが死んだのがほぼ確定してしまった。

守は落胆を隠せなかった。

「落ち込むのも無理はないな。お前が一番、世話になってたもんな」

マーさんの声音にも、悲しさと寂しさが共存しているようだった。

暗くてよく分からないが、マーさんの目が潤んでいる気がする。

守の胸にも悲しさと、無力感が広がっていった。

マーさんが刑事から聞かれた内容についても、

守に対する質問と同じだったようだ。

「スーさんが他人に恨みを買うなんて、ある訳ないですよね?」

守は溢れそうになる涙を拭いながら言う。

自分の考えに同調して欲しくて、マーさんに確認する。

マーさんがカップを傾け、遠い目をする。

その少しの間に、守は動揺してしまう。

「当たり前だろ。そんなことある訳ねぇだろ」

マーさんが、守の肩を叩く。

酔いがまわって、力の加減が分からないのか、その痛みに守は顔を顰める。

ただ、守は同調して貰えたことで、内心は安心していた。

「やっぱり、そうですよね。

 だとすると、スーさんは何で殺されたんでしょうか?

 一体、誰が殺したんでしょう?」

なぜスーさんが殺されなければいけなかったのか?

守の思考は自然とそちらの方向に行った。

殺された理由を知った所で、何か変わるのでは無い。

理由が分かっても、きっと納得出来もしないだろう。

スーさんを殺した犯人とその動機を知って、自分はどうしたいのだろう?

はっきりとは分からないが、知りたいという気持ちを抑える事が出来なかった。

マーさんは黙ったまま目をつむり、頭を傾げている。

「分からんな。

 犯人はホームレスだと思うか?それとも、一般人だと思う?」

空になったカップを置き、マーさんは引き締まった表情で聞いてくる。

難しい質問に、守は右手で頭を抱える。

そもそも、スーさんに殺されるような原因があったとは思えない。

ホームレスが犯人だとしたら、どんな理由があるか。

食料を盗まれたなどの些細な理由だったら思いつく。

だが、そんなことで人を殺そうとするだろうか。

そう思ってしまうのは、自分が餓死するまで困窮した事が無いからなのか。

死を目前にすれば、

どんな些細な理由でも人を殺す引き金になりえるのかも知れない。

では、犯人が一般人だとしたらどうだろうか?

自分達ホームレスと一般人との間には、明確な境界線がある。

そんな境界を越えて、殺したいと思う理由なんてあるのだろうか。

ふと、守の頭に恐ろしい考えが浮かぶ。

その境界があるからこそ、

一般人はホームレスの事を同種だと思ってはいないのではないか?

自分達を街で見かける度に、虫かただの動物のように思っているのでは。

夏に飛び回る蠅のように、目障りな存在としてしか見ていないのかもしれない。

そうであれば、その存在を殺すハードルは低くなるだろう。

死んでも誰も悲しまないのだから。殺しても構わないと。

守は恐怖のあまり、身震いした。

「すみません。想像もつかないです」

「だよな。そんなこと、俺達が考えても仕方がねぇよな」

マーさんは悪いと言い、手を振って小さく頭を下げた。

膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がり、マーさんはトイレへと向かう。

守の頭には、さっきの恐ろしい考えが、棲みついて離れなかった。

むしろ、殺された理由としては、一番その可能性が高いのではないか。

それほどまでに、自分達ホームレスの命は軽いのかも知れない。

守は一度芽生えた考えから、泥沼に足を踏み入れたように抜け出せないでいた。

そんな事はあってはならないと否定するほど、それが現実に思えてくる。

資本主義という制度が、進の命を奪ったように。

偏見という怪物が、容易く自分達の命を奪う。

守の視界は狭まり、息苦しくなっていく。

またも、守は大きな存在に打ちのめされようとしていた。

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