第60話 宰相とリザベッタ
「共済?」
「なんだそれは?」
囁く声がした。
聴衆の中には初めて聞く人もいるのだろう。
宰相が説明を兼ねてか、確認する。
「相互扶助だったか…加入者で少額を出し合い、怪我や死亡した場合にそれに応じた支援金を支払う制度、間違いないな?」
「はい」
「なぜ、作った」
「提示された課題が、”財を一切使わず、国民の生活を安定させる”でしたので」
「ほう、それで安定したのか?」
宰相が探るように言葉を続けた。
「その制度、商工会で度々、問題になった聞く」
気持ちを落ち着けるために深く息を吸った。
目を逸らせば、後ろめたいことがあると思われる。
「なぜ、病歴者や故意の事故に免責期間を設けた」
「加入直後に支援金支払の高いリスクがある人だけが支援金を受取る偏りを防ぐこと、加入直前に事故を計画し、加入するというモラルリスクを防ぐためと、制度の公平性を守るためです」
「同じ人物が何度も請求した場合、その都度支払うのか?」
「正当であれば支払います」
そう答えたものの、内心、しまったと焦った。
気づくなと、気づかないでくれと願うが、宰相の浮かべた嘲笑に希望は捨てた。
「なれば、私も加入したいものだ。無制限に支払われるのだからな。これでは生活を安定させるではなく、堕落させるではないか?また、共済にはそれだけの資金があると?」
支払限度日数の設定。
これも規約で決めておかねばならなかったことだ。
少額の掛金で保障を得るためには、無制限に支払っていれば、いずれは資金が枯渇し、掛金を上げなければならなくなり、掛金を上げると誰もが気軽に加入できなくなる。それでは本末転倒だ。
コネクス商会やバルト商会の店主とは観点が違う。
宰相は大局を観ている。
ぐっと拳を握った。
「破綻した場合、どう責任を取る」
宰相の怒鳴るでもなく、恫喝するでもない強く静かな声。
だが、逃げも偽りも許されないという威圧が込められていた。
「破綻しない制度など存在しません」
震えそうになる己を叱咤する。
「だからこそ、問題が起きれば直すのです。最善を尽くすんです。制度は作って終わりでありません。守り、直し、維持し続ける者が必要なんです」
私は宰相を見返した。
「制度は未完成。問題も山積」
「はい」
「では、なぜそれが、”国民の生活を安定させる”になる。なぜ、続ける」
「”共済”は、相互扶助の精神で、”共に支え、共に救われる制度”。誰も支えないよりはずっといい。いまは商工会の中だけですが、今後、制度が成熟し、いろいろな形の共済ができれば、いずれは国民の生活が安定する」
私は一度言葉を切った。
「怪我をした者がいる。病で働けなくなった者がいる。遺された家族がいる……だから、なぜ、続けるのかではありません。続けなければならないんです」
顔を上げ、毅然とした態度で宰相へ答えた。
室内が静寂に包まれた。
その静寂を王太子が破る。
「王城からの課題、国民の生活を安定させよ――だったな」
「はい」
王太子は一瞬、目を閉じ、微かな笑みを浮かべた。
「完全ではない。しかし、少なくとも、リザベッタ、お前は人々に“明日”を与えた」
王太子は身体を宰相へ向ける。
「宰相、どう判断する」
目の端に父が神に祈っている姿が映った。
「……完全に課題をこなしたとは言えません…」
父の顔が真っ青になった。
私も思わず息を止める。
(…最悪、銀太とアルちゃんを連れて国外逃亡か……?)
だが、宰相の言葉はそこで終わらなかった。
明日の18時30分と20時30分を持ちまして、第一部が完結となります。
最後までお読みいただけると幸いです。




