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第57話 対立

商工会は、共済に賛成する商会と反対する商会、様子見の商会と三派に分かれていた。


「先に入った奴が、払われるってことは、後から加入した奴の金はそいつ等に使われるってことだ。不公平だと思わねぇか?」


「支払うっていうが、事務所が決めるんだろう。依怙贔屓してるんじゃないか?」


「病気が治っていたって、支払われない期間があるって、どうい事だよ?治ってるんだから健康じゃねぇか」


「大体、女が作った制度なんか、信用できるのか?」


反対側の否定的、悲観的な憶測や噂は収まらなかった。

そのうえ、噂に女性蔑視とも取れる発言を混ぜる。関係ないだろう、それ!

加入書類も巧妙に偽って出してくるので、今まで以上に書類の扱いが慎重にならざるを得ず、処理時間が倍になった。

加入者からの問い合わせは特に丁寧に説明をして、最後に必ず、

「分からないことがあれば、何度でも聞いてください」

と付け加えた。

余計な仕事を増やしてくれた首謀者と思しき商会に、脳内の小久保恵子はそいつ等に見立てた藁人形に五寸釘を打ち込んでいた。

何なら杭でもいいぞ、と私は大中小取り揃えて進呈しておいた。

事態を重く見た商工会は、反対派と事務局、双方の納得がいくように話し合える場を設けるに至った。

反対派からは、コネクス商会とバルト商会の店主が出席し、事務局からは私とミレーヌさんが出席するようになった。

ポールさんに出席をお願いしようとしたのだが、ミレーヌさんが自分を出席させてほしいと言ってきたのだ。

ミレーヌさんは女性蔑視に思うところがあるようで、


「女性だから信用できないという理屈が通るなら、私の店も同じ理屈で否定されることになりますもの」


と言っていた。

まったく、その通りだと思う。

それと、ジルちゃんへの狼藉も忘れてはいなかった。


「どうしても一言、言ってやりたいことがありますの」


そうミレーヌさんはいい笑顔を浮かべて言っていた。

是非、出席ください。

ミレーヌさんの笑顔に額から汗が流れたのは内緒だ。



話し合い当日。

広めの会議室には、私たちの他に商工会会頭と中立派の重鎮が来ていた。

机と椅子は否定派と共済側が相対する形での設置されていた。

中立派の机や椅子は、やり取りがよく見えるように下手に並べられて、会頭と議長の位置は上座に置かれていた。

初めてみるコネクス商会とバルト商会の店主に眉を顰めた。

紫の服、ごっつい指すべてに大きな宝石の付いた指輪が嵌められ、首元には金のネックレス。成金趣味満載の格好をしたのが、コネクス商会店主のジャイロック コネクス。

ベニスの商人に登場した高利貸の名前に似ているな。親戚か?

派手な赤地に背中一面に孔雀の刺繍の衣装を身に纏い、ピエール髭を生やした腺病質な男性が織物問屋バルト商会を営んでいる、グレゴール バルト。”夜露死苦”という文字が服の裏地に書き込まれていそうだな。それと、名前。記憶が正しければ、グレゴールは虫に変身した主人公の名前だ。嫌だな、途中で虫になられでもしたら。

脳内の小久保恵子が殺虫剤を構えていた。


「……なんというか…The 成り上がりって感が凄すぎる……」


思わず、漏らした小声に、ミレーヌさんがぷっと吹いた。


「あれ、最早、下品を通り越し、芸術だわ……」


「やめて、リザちゃん…笑いを堪えるのが大変なのよ……」


ミレーヌさんの肩が震えていた。


「では、共済についての公聴会を始めたいと思います」


議長が開始を告げた。


「意見を」


ジャイロック氏が立ち上がった。

慇懃に会頭や議長に頭を下げる。


「お集りの皆さん、よく考えていただきたい」


迫力のある声だった。


「この制度は、ワイトニング商会から始まった制度だ。ワイトニング商会の者は先に加入し、すでに支払いを受ける権利を持っている。しかし、我々のように後から加入したものは三ヶ月も待たないと支払われない。これは相互扶助とやらに反することではないのか?」


ちらりと蔑むような視線で私を見た。


「共済側からいいでしょうか?」


議長にお伺いを立てると、議長は軽く頷いた。

深呼吸を一つして、私は立ち上がった。


「いまのご質問についてですが、まず、この制度は資金がないところから開始しました。ある程度貯める準備期間が必要でした。また、二リンギルで一クローネの支払いです。射幸性もありますし、病気の方が支払金目当てに加入されることもないとは言えません。見極めるには必要な期間です」


「…ならば、支払判断はどうなんだ?同じ加入者で同じ時期に事故があり、一方はたった一日加入期間が足りなかっただけで支払いされなかったと聞く。かわいそうじゃないか、たった一日だぞ」


「制度を維持するためには、規約は曲げられません。たった一日と言われますが、されど一日です。規約を破ることは、将来的に制度の破綻をみます」


「ふん。なら、猫を助けたから支払って、酒を飲んでいたから支払わなかったというのは、どうしてだ。お前が猫好きだから支払たんじゃないのか?猫など汚いだけではないか」


はぁっ?

猫が汚いだと?

あの極上の毛並みと可愛さが理解できないと。

コイツは完全に敵だと認識した。

くしゃり

隣に座っているミレーヌさんがメモを握り潰して、絶対零度の笑みを浮かべていた。

……終わったな、こいつ。


「支払いと猫は関係ありません。猫を助けたことは表彰に値しますが…けふんっ…失礼しました。予期せぬ偶然の怪我と泥酔した挙句、喧嘩して負った怪我では意味が違います。過失や故意があった場合に支払っていたら、公平性が保てません」


「まぁまぁ、コネクスさん。所詮は女性のすることですから、矛盾や計画性が無くても仕方ないですよ」


「しかし、バルト殿、支払われないかもしれない制度に金をだす人間が、かわいそうじゃないか」


バルト氏はコネクス氏を宥めて一旦座らせる。

穏やかだが、どこか嫌味な声音で


「わかります、よくわかりますよ。説明は何一つ、相互扶助になっていないですからね。お互いに助け合うなら最初から助け合わないと意味がないですからね」


さも弱者側に立っているといった風を装う。

反論できない正論に私はグッと手を握った。


「これは、我々、男性が作った制度ではないから片手落ちの不完全な制度といったところですね」


「あら、それでもその制度すら作れなかったのでから、女性が提案したとはいえ、制度ができたことを称賛すべきではないかしら?」


ミレーヌさんがの落ち着いた声がバルト氏に向けられた。

こちらを伺うバルト氏の蛇を彷彿させる目をしているのに笑みを浮かべている姿にぞっとする。


「……私は、財源不足について聞きたいですねぇ…現在の積立金以上の支払いが起きたときは減額とあるが、時期をずらして事故が発生したら、先に支払われた者は満額、一カ月、いや、一日でも後の者は減額されるやもしれない……そうですよね?」


「…そうなる可能性はあります…」


反論できない。


「可能性?可能性ではなく、事実ですよね」


「はい……」


「未熟だと証明したようなものだ。そのような共済は不要だと思いますが?」


「よろしいかしら?」


ミレーヌさんが手を挙げた。


「何か?」


「ワイトニング商会のポール様も仰っていましたが、商いは三年続いてこその商い。共済制度が始まってまだ、日は浅い。答えを出すのは早いのではないかと」


「傷は浅いうちにとも言いますが、女性には理解できないでしょうね」


「そうですわね。目先に囚われて、大局を見失うといことも理解できない男性のお考えですもの。理解できませんわ」


ミレーヌさんは一呼吸おいて、バルト氏に尋ねた。


「バルト様」


「なんでしょうか」


「あなたは制度の未熟さを批判しておられますが、この半年で、共済によって助かった者は何人いたか、知っていらっしゃいますか?」


バルト氏は答えなかった。


「二人ですわ」


「それが?」


「では、その二人は制度がなければどうなっていたのでしょう」


バルト氏は不愉快そうに眉を顰めた。


「知りませんね。それが何か?いまは制度の未熟さについての論議でしょう」


そうだ。

わかっていたじゃないか。

まだこの制度には問題があるって。

ミレーヌさんに目配せをし、代わって貰う。


「確かに、未熟で問題もあります」


会議室が静まった。


「始まって半年も経たない制度です。問題もあります。病気を隠しての加入がありました。掛金授受の問題もありました。制度に対しての不信感もありました」


私はバルト氏と目を合わせる。


「問題が起きるたびに改善していく。それはこれからも変わりません」


「それでは答えになってない」


「確かにそうだな」


しわがれた声がした。

声の方に視線が集まった。

両腕を組んだ白髪の人物は、視線のことなど意に介さず、


「私は様子見派だが、問題があるから即廃止というのも極端ではないかと思うぞ」


会議室がざわつき始めた。


「静かに!」


議長が私語を慎むよう求めた。


「静かに!」


「よろしいか」


会議室に重い声が響いた。

うるさかった私語が止まり、会議室は水を打ったように静かになった。


「会頭…」


「制度は未熟だ。これは紛れもない事実だ」


バルト氏とコネクス氏がにやりと口元に笑みを浮かべる。


「これからも問題が山積するだろうことは、皆が思っている通りだ」


ザワリとする室内。


「だが、問題が起きるたび改善していることも、二名が救われていることも、また事実だ」


鋭い眼光で周囲を一瞥したのち、


「商工会として、いましばらくは共済の運営継続を認めるが、半年後に再評価を行う」


重々しい口調で断言した。

バルト氏の口元から笑みが消え、コネクス氏も不満そうに顔を歪める。


「……半年ですか」


バルト氏が静かに呟いた。


「商工会の判断なら従いましょう」


バルト氏の不満を滲ませた声に、胃の辺りがぎゅっと縮んだ。

半年。

それは猶予であり、執行猶予でもあった。

共済が本当に必要だと証明できなければ終わる。

首の皮一枚で繋がっただけだ。

私は拳を握りしめた。






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