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第54話 加入書はそこに

「苦戦しているようですな」


好々爺めいている宰相がミレーヌからの報告書を片手に言った。


「そのようだな」


レオナードが認可書類から目を離さずに返事をした。

一枚の認可書類を前に手を止める。

侍従を呼び、一言二言付け加えて認可書類を戻す。


「これくらいは想定内だろう」


「そうですが···」


口を濁す宰相にレオナードが顔を向けた。


「宰相、其方(そなた)はリザベッタには反対だったと記憶しているが?」


「今でも反対でございますよ。しかし、此度だけは別でございます」


「ほう···まぁ、予測はつくがな」


レオナードが微かに笑う気配がした。


「ミレーヌに対しての蛮行は、我が家に対して行ったも同然でございます。その上、ジルベスタ(ジル)、にまで」


「ミレーヌがこのままで済ますとは思えんが?」


「ええ、ミレーヌへの仕打ちはおのが手で下すでしょうが、ジルベスタは別でございます」


宰相の目が鋭く光っていた。


「だが、これはリザベッタへの試験だ。手出しは出来ぬよ」


「無論でございます。共済については一切の手出しはいたしません···ただ、いくつかの商会への対応については別でございます。そうですな、リザベッタ嬢の試験が終わった後、少し商工会の顔触れが変わるくらいですかな」


「ふふふ、藪をつついて蛇を出したか」


愉快そうにレオナードは笑った。

いくつかの案件を話し合ったのち、宰相が部屋を辞した。

執務机の上にはミレーヌからの報告書が置いてあった。

既得権側の反発。

共済への巧妙な妨害。

古い価値観による女性軽視。


「正念場というとこか···」


リザベッタの臨機応変さによる切り抜け。

周囲への指示。

知れば知るほど興味深く、目が離せない。


「さて、今回はどう切り抜けるのか···まったく、其方は飽きさせないな」


気付けば、報告書が届くたびに目を通すのが習慣になっていた。

窓から差し込むオレンジ色に染まった陽光が床に長い光の縞を描いていた。刻一刻と赤みを増していく光が、一日の終わりを告げようとしていた。

レオナードは口元に淡い笑みを浮かべ、街の方角を見やった。



帰宅した小さな部屋で銀太を撫でながら、もう一度、考え直した。

加入書の紛失は本当にあったのだろうか。

不自然な点が繋がり、線となったいま、加入書の紛失についても疑問を持ってしまった。

善意だけを信じては制度は成り立たない。

疑うこともまた制度を維持するための仕事。

やるせないが、これが事実だ。

加入書の紛失が発覚したあの日を思い出す。

対応した女性職員は几帳面で、必ず二度確認をする人だ。

最初に受取った時はあったと考えていい。

なら、いつ紛失した···

女性職員が話した行動を振り返る。

書類を受領。

新規の加入書類の枚数確認。

掛金の支払。

領収証の発行。

加入書類の精査。

書類から目を離したのは領収証を取りに行った時のみだ。

何か出来るとしたらこの時だけ···

だが、抜いたという証拠はない。

見落としはないか、小久保恵子。

思い出せ、思い出せ···

頬杖を付いていた小久保恵子が、ポン!と手を打った。

ああ、そうだ。

自らが認めていたな。

にやりと、悪人顔で小久保恵子が笑う。

散々、処理が杜撰だ、これだから女性はと女性軽視の発言をしてた担当者。

ならば、共済側の落度ではないと説明するのためにご足労いただこうではないか。

ついでに、その凝り固まった固定観念をも修正させていただましょう。

中間管理職の意趣返しだ!

翌日、コネクス商会の担当者を商工会の窓口へ招いた。


「本当に加入書類がどこにあるか分かったの?」


ベテランの女性事務員が尋ねてきた。


「はい」


もうバッチリです。


「あんなに探して、見つからなかったのよ」


半信半疑。

あれほど探して見つからなかったんだ。

それはそうだ。


「コネクス商会さんが、来られたらお話しますね」


私は不敵に笑った。

コネクス商会の担当者がドアを開けて入ってきた。


「今度はなんですか?」


神経質そうな担当者は面倒くさそうに言う。

私はさも申し訳なさそうな仕種をする。


「すみません、わざわざご足労いただいて」


「本当ですよ。私は女性の貴方達とは違って忙しいんですからね」


「はい、それはもう、わかっています。今日、ご足労いただいたのは、紛失した加入書のことなんです。当事者でもあるので、お伝えした方がと思いましたので」


「あの加入書。紛失したものが、見つかったとでも?」


「ええ」


「ほう、どこにあったんです?」


担当者はあるはずはないという態度を崩さない。


「加入書は、共済側ではなく、まだ貴方のお手元にあるのではありませんか?」


ざわりとする事務室内。

事務室にいる全員が私を凝視した。


「何を馬鹿な。共済は自分達の過失を人のせいにするとんでもない場所ですね!信用の信の字もない。これは問題にさせていただきますよ」


語気を荒めた担当者が私に食って掛かった。


「問題にするかどうかは、先ずは、私の説明を聞いてからお願いします」


「どうせ、根も葉もないことでしょうが」


「一つお聞きしますが、加入書の再提出をお願いした時に、なぜ、シンプソンさんに書いて貰うと仰ったのですか?」


「貴方が言ったんじゃないですか」


「いいえ、私は加入書の再提出をお願いしただけで、誰のとは言いませんでした」


「なら、最初に対応した人からだったか」


「わ、私は、加入書が一枚足りないとしか言ってないです」


対応した女性事務員は震える声だが、きっぱりと言った。


「なぜ、お分かりに?」


一瞬、顔を歪めた担当者だったが、すぐに


「その事務員の目があるのに、どうやって抜いたというんだ」


「そのことですか···殆どの商会は賃金支払の関係で、加入書類とは別に掛金を納めます。コネクス商会さんも同じでしたよね。でも、不思議なことにその日に限って、加入書類の持ち込みと同時に掛金を納めた」


「いつ、納めようがいいだろう」


「ええ。自由です」


私は一度言葉を切った。

担当者を睥睨する。


「ですが、確認した加入書を抜き取るためには、担当事務員が席を外す必要があった。バルト商会さんのことがあり、掛金を貰ったときは受領書を発行する手順に変更しました。彼女は受領書を取りに行くために席を外した···」


「あっ!?」


誰かの声がした。

顔色が悪くなる担当者。


「抜き取れますよね。そして、誰のを抜き取ったかは、抜き取った人と共済事務員しか知らない···私の説明は以上ですが、何かありますか?」


私は笑みを浮かべた。


「今回は不問にしますが、次は商工会へ報告させていただきますので」


コネクス商会の担当者は顔を赤くして、立ち上がると足早に事務室を出て行った。

コネクス商会の担当者がいなくなると、事務室は一気に歓声に包まれた。


「リザちゃん、凄い」


「あ〜っ、すっきりした。一度、言ってやりたかったのよ」


喜ぶ女性事務員達に揉まれながら、私の脳裏では小久保恵子が難しい表情をしていた。


これで終わりでないとー




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