第53話 見え始めた輪郭
はっきりとはいえないけど、なんとなくおかしいとは感じる。
疲れ果てての被害妄想なんだろうか?
気の所為?
"疑わしきは罰せず"という文字虫が脳内を飛び回っている。
麦わら帽子を被った小久保恵子が虫取り網を持って必死で追いかけていた。
BGMに少年時代が流れていそうだ。
偶然?
穿ちすぎ?
女の第六感は赤色灯を回しまくっているが、確証は黄色信号。
決め手に欠ける。
コネクス商会とバルト商会の名前を書いた二枚の紙を床に置き、銀太に見せた。
コネクス商会の紙には後足で砂を掛ける仕種を見せる。
すわっ、怪しいのか?と目を輝かせた瞬間、バルト商会の紙の方には猫キックをかましていた。
銀太ーっ、どっちなんだーっ。
どうしてもあの二つの商会の名前だけは頭から離れない。
悶々とした日々が続いていたそんなある日、精神衛生上悪いと久々にcat trapに足を向けた。
上が格子窓になっているドアに手をかける。
ドアベルが軽やかな音色を立てた。
銀太が我が物顔で店内に入っていく。
カウンター奥にミレーヌさんがいた。
銀太は最初にミレーヌさんへ頭を擦り付けて、
「ぶにゃん」
と挨拶をした。
次に床に寝そべっているジルちゃんに鼻チューで挨拶をする。
銀太の中では確実に順位が決まっているな。
きっと最下位は私だ。
いや、父がいるか。
ああ、やっぱり猫は癒しだ。
猫さえいれば、大概は乗りきれる。
異論?
却下だ。
心惹かれる新しい小物はないかと物色していて、微かな違和感を感じた。
あれ?ガラスケースなんてあった?
前はすぐ手に取れてたよね···
ははん、ブランドイメージのアップデートだな。
流石、ミレーヌさん。
経営者として、抜かりないなと感心した。
感心しているとミレーヌさんが声を潜め、手招きをしている。
「リザちゃん、リザちゃん」
なんだ?
ジルちゃんと銀太がハの字を作って寝ている。
鼻血が出るかと思った。
ミレーヌさんも鼻を押さえていた。
あゝ明日への活力が···
補給した活力は僅か三日で底をついた。
コネクス商会の担当者は会うごとにネチネチと言ってくるし、バルト商会は掛金を小銭で持ってくる。ネチネチ言う前に加入書を出せと言いたいが、失くしたほうなので言えないのが辛い。嫌がらせだとは思いたくないが、地味にHPが削られる。今ではこの二商会の担当が帰ると空気の入換とお浄めと称して、ローズマリーの葉を撒いている。
今日も来たので、ローズマリーの葉を撒こうと廊下に出たところで、向こうから歩いてくるミレーヌさんを見つけた。
ミレーヌさんも私に気が付き、微笑んだ。
「こんにちは。滅多に商工会に来ないミレーヌさんがいらっしゃるなんて、何かありました?」
「それがね···」
困ったような表情をしてミレーヌさんが、理由を話し出した。
「ほら、前に変な男の人が来たでしょ」
忘らいでか。
猫に絡むことはどんな些細なことでも覚えている。あいつらの股間を潰せなかったことを今でも悔やんでいる。
「あれから、変な人たちが増えてね。小物も無くなったり、壊されてたりするのよ」
「大変じゃないですか!」
「それでね、ちょっと相談に来たのよ」
「しっかり相談してくださいね。憩いの場が無くなるなんて悲しいですから」
「ええ。まぁ、どうせ、女性が経営しているのが気に入らないんでしょうけどね」
「いますよね、そんなひと。ねちねちねちねち言って、二言目にはこれだから女はっていう人」
「あら、リザちゃんも何か言われたの?」
「はぁ、まぁ···コネクス商会とバルト商会の担当者がそのタイプで···ごりごり私の神経を削っていきます」
ミレーヌさんの眉が寄った。
「どうかしました?」
「リザちゃんの口からその商会の名前をよく聞くわねと思ったの」
「···そうですか?」
「ええ···そうね、リザちゃんには言っておいた方がいいかしらね」
私を廊下の端へ連れて行き、ミレーヌさんは声を低めた。
「その二つの商会は共済について、随分と否定的なの。どうせ、小娘が作った物だ。すぐに駄目になる。掛金を納めるだけ損をするとか、いざ支払となったら後からいろいろと条件を付けられて支払われないようにするとか言い触らしているらしいのよ」
胃痛の原因の噂
あれは流されてたの?
「なんでそんな···」
「そうね···一つは高利貸しだし、制度の加入者が増えると商売の方に影響が出るとでも考えているのね、きつと」
怪我や病気。
葬儀。
急な出費。
共済がなかった今までは、金を借りるしかなかった。
けど、共済が広がれば――
借りる人間は減るから···
「もう一つは、単純に気に入らないのね。女性が何かを始めて、同等に立つことが認められないのよ」
ミレーヌさんの呆れ混じりの声。
はあっ?
自分の商売に影響が出るから?
女性が力を持ち、自立することが気に入らないから?
そんな身勝手なことで···
困っている人の生活をさらに困窮させるの?
「リザちゃん。気を付けなさい」
「え?」
「お金が絡むと、人は簡単に意地悪になるものよ」
心配して、忠告をしてくれるミレーヌさんには悪いけど、脳内では、蝋燭を差し込んだ鉢巻を締めた小久保恵子が、藁人形に五寸釘を打ち込んでいる。
私のお腹の中では、マグマがぐつぐつと沸いていた。
この行き場のない怒りを、どうしてくれようか。
――これはもう、偶然で片付けていい問題じゃない。




