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第50話 事務処理地獄

それは前触れもなく始まった。

始めは些細な違和感だった。


その日も商工会の共済の事務処理に担ぎ出されていた。

だから、私は共済の事務処理担当ではない。

お菓子とお茶を出されたところで納得などするものか。

告知書と加入申込書を確認していた。

うん?

この箇所、文字が…

不備書類として脇へ避け、次の一式へ手を伸ばした。

何枚か処理をしていると、またおかしな書類を見つけた。


「すみません。ちょっといいですか?」


私の言葉に処理をしていた女性たちが手を止めた。


「なに、リザちゃん」


「いま処理をしている書類でおかしなものはないですか?」


「えっ?どういうこと?」


「例えばですね、加入申込書と告知書の文字が違うとか、申込日と告知書の記入日が逆転しているとかです」


「ちょっと待って…」


女性たちは、既に処理済みの書類を慌てて見直し始めた。


「あら、これそうだわ」


「こっちも」


「リザちゃんよく見つけたわね」


「まあ……こういうのは慣れてますから」


餅は餅屋。

あちらの世界では本職だったからな。

見つかった不備書類は全部で八枚。

しかも、そのうちの何枚かは、よく似た癖のある文字だった。

偶然?

……いや。

不備書類を提出してきた商会ごとに分ける。


「バルト商会……コネクス商会……」


聞き覚えがあると思ったら、最近共済参加を表明した商会だ。


「これ、どうするの?」


「不備照会で商会へ戻しですね。注意文書を同封しておきます」


「確認してる途中で気付いて、つい書き直しちゃったって感じかしら?」


「そうかもしれませんね。けど、加入時の手続きは重要ですから、それをされると、ちょっと…」


私は不備書類を見下ろした。

文字の癖。

記入日のズレ。

不自然な訂正。

加入件数の割には、少し多い。

制度に慣れていないから、これくらいと思ったのか……

それとも――

ああ、ダメだ、ダメだ。

決めつけるのはよくない。

制度は感情で動かしてはいけない。

そう、自分に言い聞かせた。

休日明け。

ただでさえ休日明けは仕事が多いというのに、また、助っ人に呼ばれた。

今月、何回目だ?

目が遠くなる。

もう商工会の共済事務局にワイトニング商会の支所を作ってもらった方がいいかもしれない。

行き返りの時間がもったいない。

今日も今日とて、目の前には推定三十五センチほどの山が積まれている。

加入を希望する商会が増えるのはありがたいことだけど、事務処理が追いつかないでいた。

殺伐とした事務局。

皆、目の下に隈を作り、殺気立っていた。


「修正してないじゃないの」


「この前注意したのに…」


書類を確認していた二人の女性が声をあげた。

そちらに顔を向けた。


「なにかありましたか?」


「はら、この前不備で返した書類なんだけど、そのまま返してきたのよ」


「私の方は、また別の人が記入したみたいなの」


「注意文書読まなかったんですかね?」


「どうかなぁ…これくらいって思っているのかも…」


「それ、あるかもね。あの商会の人って、感じ悪いし、適当に置いていくものね」


はぁっ…

こちらの世界の個人情報の意識が低いのは分かってはいたけど、書類の授受くらいはきちんとしてほしいもんだ。

渡した、渡されてないとなったら大事じゃないか。

ここも改善点だな。

授受票作った方がいいな。


「もう一度、注意文書を同封しましょう。あと、不備解消しないと加入にはならないと一言つけましょうか」


「そうね」


「ちゃんとして欲しいわ」


まったくだ。

再度、一言添えた注意文書とともに不備書類を返却した。



商会の仕事と共済加入の事務処理、怒涛の一週間を乗り切った私は、癒しを求め、銀太を構いまっくた。

銀太はその都度、迷惑そうな表情をし、前足と後足で突っ張り拒否の意思を示した。

振られた傷心は猫グッズで癒せとばかりにCAT TRAPへ。

銀太も連れていき、あわよくばジルちゃんとの猫団子を期待する。

おしゃれな造りのドアを開けると、軽やかなベルの音が鳴る。

銀太が先に入る。キョロキョロと店内を見回し、ジルの姿を探していた。

ジルも銀太に気づくと近づき、お互いで鼻チュウをする。

ちょっとしたことも猫がすると癒しだ。

誰がなんと言おうと癒しである。

一週間の疲れがこれだけで七十八パーセントが取れた。

残りの二十二パーセントのうち十二パーセントは猫グッズを見たり、買ったりすればなくなるし、十パーセントはミレーヌさんとの猫談義で解消できる。


「お疲れのようね」


「ええ。ちょっと色々と忙しくて…注意を促しても同じ間違いをしてくるってどうなんでしょうかね」


「あらあら、その方は随分と杜撰なお仕事をしているのね」


「二度手間って言葉を教えたいです…それより銀太が……」


ミレーヌさんと他愛もない話をしているとこの店には不釣り合いなお客二人来た。

ヤ〇〇かその下っ端という風体だ。

いや、容姿から判断してはいけない。

もしかしたら猫好きかも…

違うと私の猫センサー言っている。

それどころか、こいつらに猫を近づけてはいけないと警告を発していた。


「女がやっているだけあって、ちんけな店だな」


男の一人が店内を見回しながら鼻で笑った。


「おい、お前か、小うるさいことを言っているのは」


なんだ?

会ったことも話したこともないが…

ミレーヌさんの方か?とミレーヌさんを伺うと、ミレーヌさんは私を見ていた。

お互い知り合いではないらしい。

因縁をつけて小銭でもせびろうという魂胆か?

セコいな。


「なんだ、これ…おっと手が滑った」


と手にした商品をわざと落として踏んだ。

別の一人が床に寝転んでいた銀太とジルちゃんを「汚ねぇ、猫だな」といい、銀太とジルちゃんを脇に無造作に投げた。

な、何した!!

一気に怒髪天をついた。

銀太とジルちゃんを投げただと?!

お前の股間を蹴り上げてやろうか。


「……いま、何をなさいました?」


背中から凍りそうな声音がした。

ミレーヌさんの眇めた目の威圧に男たちが一瞬固まった。


「器物破損、営業妨害ですか…ああ、それとそのお顔、わいせつ物陳列ですわ。もう立派な犯罪者ですわね」


「はぁっ?何だと!」


「大きな声を…いい年をした殿方が情けない。ご自分のやっていることを親や子供に見せられるでしょうか?お手本にできると?まあ、私の身内のことではありませんから、関係はありませんが、ご両親はきっと情けなさのあまりなかれることでしょうね」


「う、うるせぇ!」


ミレーヌさんが背筋を伸ばすと威厳と冷酷さが混じった声で


「さっさとこのお店から出ていきなさい!そして、因果応報…あなた方の行いはあなた方に帰ってくると伝えなさい!」


ミレーヌさんの迫力に男たちはたじろぎ、


「おぼえてろよ」


というひねりもないありきたりなセリフを残して踵を返した。

ミレーヌさんはふうと息を吐くと、


「猫に手を上げる方とは、お付き合いできませんわね」


何事もなかったようにジルちゃんを抱き上げた。

銀太が警戒するように低く鳴いたあと、ミレーヌさんの足元へ擦り寄る。

完全に強者認定である。

脳内の小久保恵子は、「ミレーヌさん、付いていきます!」と鉢巻を巻き、推しうちわを掲げて振っていた。


















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