第49話 おもしろくない人たち
商工会の一室には、葉巻の煙と重苦しい空気が滞っていた。
繊維商会を営む男が、苛立たしげに机を指で叩く。
「……厄介なものを作ってくれましたな」
向かいに座る高利貸しの男が、卓上の共済草案を乱暴に放った。
「共済、共済と……最近はどこへ行ってもその話ばかりだ」
「商工会まで動き始めたそうですな」
「ああ。笑えん話だ」
高利貸しは鼻を鳴らした。
「怪我人や死人が出た時、あいつらはまず誰のところへ来ていた?」
「……我々ですな」
「そうだ。金を貸し、返済を待ち、時には融通もしてやった。そうやって街は回っていたんだ」
男は忌々しげに吐き捨てた。
「それを今度は、“助け合い”だと?」
「自分たちだけで回るようになれば、商人への恩義など忘れるでしょうな」
繊維商会の男が目を細める。
「しかも、あの小娘……最近できた女店主の商会へ頻繁に出入りしているとか」
「あの女か」
高利貸しが苦々しげに顔を歪めた。
「まったく、近頃の女は出過ぎだ。商売の真似事などしおって」
「女というものは、家を守るからこそ価値がある。男と肩を並べ、制度だの商いだのに口を挟むなど……見苦しいにも程がありますな」
「ポールも情けない。女に好き勝手やらせているとは」
「放っておけば、そのうち労働者どもまで勘違いを始めるでしょうな」
「勘違い?」
「自分たちにも力がある、などと」
部屋に低い笑いが漏れた。
高利貸しが椅子へ深く腰を預ける。
「誰かが教えてやらねばならん。世の中には分というものがあるとな」
「で、どうするおつもりで?」
「なに、大したことではない」
男は口角を吊り上げた。
「共済の悪評を少し流すだけですよ。“金だけ集めて払わない制度だ”とな。それと同時に、あの女店主の商会への流れを少し止めてやればいい」
「なるほど」
「理想だけでは商売は回らんということを、身をもって覚えるでしょうな」
「ははは……違いない」
男たちの笑い声が室内に響く。
嘲笑が廊下に漏れた。
扉のすりガラスに映っていた黒い影が、静かに反転する。
ドレスの裾が優雅な弧を描いた。
音もなく廊下へ消えていくその姿は、まるで男たちの嘲笑を冷ややかに見下ろしているかのようだった。
「王太子殿下、ミレーヌ元女官長よりお手紙が届いております」
「ミレーヌから?」
執務机で書類に目を通していたレオナードが顔を上げた。
侍従が差し出した銀盆から封書を取る。
封を切り、静かに読み進めていく。
やがて、口元に薄い笑みが浮かんだ。
「……愚かな」
小さく呟く。
だが、その声音に怒気はない。
むしろ、どこか冷めた響きだった。
「しかし、これもまた現実か」
レオナードは椅子から立ち上がり、窓辺へ向かった。
夕闇に染まり始めた王都を見下ろす。
民を守る制度。
それを嫌う者たち。
既得権。
恐怖。
欲。
すべて、珍しい話ではない。
だが――
「さて、リザベッタ」
窓ガラスに映る自身へ向けるように呟いた。
「其方は、どうする?」
脳裏に浮かぶのは、真正面から睨み返してきた少女の姿。
知らぬ間に、口元の笑みが深くなっていた。
申し訳なさそうなポールさんから商工会へお使いを頼まれた。
何かの資料をもらえば済むと簡単に考えていたんだが、商工会に着くや、待ち構えていた女性にすぐに別室へと連れて行かれた。
えっ、なに?
四、五人入ればいいだろう小さな部屋には既に三人がいて、みんな一心不乱にうず高く積まれた書類と格闘していた。
にこやかな笑みを浮かべた女性に空いていた机へと座らされた。
「忙しいの」
説明されなくとも見ればわかる。
全員が鬼気迫る勢いで処理しているから。
「リザちゃん、これ今日の分なの」
二十五センチほどの書類の束を目の前に置かれた。
な、なんなんだ、これ。
震える手で一部取る。
加入書類と告知書だった。
はぁっ?なんで私に持ってくるんだ?
「提案者はリザちゃんよね。責任取ってね」
微笑んでいるが、目が死んでる。
怖い。
脳内の小久保恵子が逆らうなと言っている。
逆らったら終わりの気がした。
私も命が惜しいから逆らわないと小久保恵子に伝えた。
ポールさんはこのことを知っていたから済まなさそうにしていたのか。
提案はしました。
けど、一言言っていいかな。
特別手当寄越せーっ!




