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第48話  それでも、一歩前へ

会頭の言葉に、緊張に張り詰めていたものが一気に抜け、脳内の小久保恵子共々、腰が抜けそうになった。

いや、脳内の小久保恵子は完全に腰が抜けていた。

お、終わった···

終わったんだ。

泣きそうに嬉しい。

さらば、睡眠不足。

今日から安眠、快食、快◯だ。


ポールさんが肩を叩く。


「良かったね」


私は言葉を発することができず、頷いた。


「これから忙しくなるよ、リザちゃん」


へっ?


「多分、正式に検討に入るからね。リザちゃんにも意見を求められるよ、きっと」


にこにこと爆弾発言をかますポールさん。

いや、待って。

検討?

正式に商工会で?

意見って?


……え、なにそれ怖い。


急に胃が痛くなった。

腰が抜けてる小久保恵子が床を這って、胃薬を取りに行っている。

いや、もう商工会だけで考えろー!




一枚~、二枚~、三枚~、四枚~……九枚~一枚足りない…

恨めしや~

って番町皿屋敷やっている場合じゃない。

商工会が検討を始めたということで、一部の商会が参加申し出をしてきたのだ。

その中にはザンドさんの勤めている商会も含まれていた。

加入希望者、ざっと三百名強。

その人たち以外にもこの商会で加入していなかった人たちが加入したいと申し出ていて、いま事務処理地獄の真っ最中だ。

私は普通に帳簿仕事があるんだ。

それ以外にも仕事しろと?

私は共済の事務員じゃないんだ。

誰かどうにかしてくれ。

キレない、キレます、キレる、キレるとき、キレれば、キレろっ!

キレる。

今日こそは、キレてやる。

キレる気満々で、出勤する。

ふんっ。

生贄は誰じゃーっ。

一種異様な面持ちをしていたのだろう、誰も私に近づいてこない。皆、触らぬ神に祟りなしとコソコソして、私を避けている中で接近してくるカモがいた。


「リザちゃん」


カモはハンスさんだった。

飛んで火に入る夏の虫。

ふふふ、私の八つ当たりの糧となれ〜。


「リザちゃん、ありがとな。これ、みんなから」


はえっ?

ハンスさんが紙袋を差し出していた。

ハンスさんの後にはアンナさんやジェンキンスさん、商会の従業員が何人かいた。

紙袋を受取った。


「中、見てご覧よ」


アンナさんに促され、袋を開けた。

中には刺繍のされた布地の買物バッグが入っていた。

ずんぐりむっくりのシルバーの体に黒い縞模様、白い口元···これ、銀太だ。

手に持ったまま呆然とする。


「リザちゃんが頑張って作ってくれた制度には助けられたし、これから助けられる奴もいるだろうからな。みんなからの気持ちだよ」


「あ、ありが···とう···ございます」


言葉に詰まった。

制度のためにと切り捨てた。

感情を押し殺した。

なのに···


「一人に背負わせてすまなかったね」


アンナさんの言葉に心の隅にあった澱が溶けていく。

まだまだ不完全なのに。

そう言ってくれる···

私はアンナさんに抱きついて、泣き顔を隠した。

私こそ、ありがとうございます。

また明日から頑張れます。

泣き止むまで、アンナさんはあやすように背中を優しく叩いていてくれた。



商会の皆の気持ちが、玉梓怨霊(たまずさがおんりょう)になっていた私を浄化した。

黒リザベッタが白リザベッタになった。

脳内の小久保恵子も悪霊から精霊になっている。

もう少し頑張ろうと気力も湧いた。

加入手続きは、商会ごとに取り纏めてもらう形へ変わっていった。

試験的に商工会に共済の取り纏め窓口も設けられた。

掛金も、個々の商会ではなく、商工会で一括管理してもらえるようになった。

掛金の支払いについては、給料日が商会により違うので、月初、もしくは月の二十日に商会で取りまとめての入金とした。

偶に照会されることがあるが、あの加入事務処理地獄に比べたら笑って許せる範囲だ。

告知書の原案を作成した。

いまの健康状況、病気や病院にかかってないか、過去三ヶ月以内の病歴、服用している薬の有無。服用している薬があれば、何の薬かを記載するようになっている。

虚偽の告知はしていないこと、虚偽の告知をした場合は加入を白紙に戻すこと等を明記し、同意した日にちと署名をする。

これで、加入時の健康リスクやモラルリスクを少しは減らせるはずだ。

共済の規定内容についても変更する。

新規加入者は変更後の内容での加入なので問題はないはずだが、既存の加入者の加入時の内容とは違う。集まって貰い、正直にメリット、デメリットを自分の言葉で説明した。多少の混乱はあったが、概ね納得してもらえた。

不完全で、問題だらけで、それでも――

改定された共済制度は、また一歩前へ進み始めた。



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