第47話 宿題の提出
商工会からの課題を見るにつけ、胃が痛い……
急性ストレス性胃炎に違いない。
脳内の小久保恵子は引きこもってしまった。
呼んでも出てこない
制度発生時の予測を超えるリスクへの対応。
支援金を支払えば積立金が減る。
加入者が減れば積立金の収入も減る。
足りないものをどうするか…
質問には保険金目的の加入、故意の事故や疾病、虚偽告知もあった。
自分で提案した制度が問題山積。
投げ出せるものなら、投げ出したい。
それができる性格なら、あちらの世界で社畜とはならなかった。
大体、この世界で、何百人、何千人っていう従業員数の商会は存在しない。
せいぜい百人以下だ。
ポールさんの商会だって七十人足らず。
全員加入したところで、月に一クローネ四十リンギルにしかならない。
絶対数がたりないのだ。
もう考えるの嫌だ…
テーブルに覆いかぶさり、息を吐く。
何気に銀太を探した。
癒し、癒しはどこよ。
銀太が立ち上がり、チェストの扉を前足で開けようと奮闘していた。
私を見て、ぶにゃんぶにゃんと鳴く。
開けろと言っている。
「朝、出したよね、銀太」
そんなの知らんと表情が言っている。
いや、知らんじゃないから。
じっと圧を込めて私を見る銀太。
···負けたらダメだ、負けたら。
無視だ、無視。
動かない私に、銀太はごろんとお腹を見せて転がった。
うにゃん。
滅多に聞かせてくれない可愛い声と上目使い。
私の敗北が決定した。
「仕方ないなぁ、今回だけだからね」
いそいそとチェストの扉を開け、銀太のお目当てのものをだした。
袋一杯に入ったコルクの小さいなボール。
勝ち誇ったような銀太。
ひとつを取り出すポイっと床に投げた。
お尻をふりふりし、銀太が飛びかかった。
お気に入りのおもちゃを追いかけて走り回っている。
その様子に苦笑いを浮かべた。
きっと、大掃除したら家具の隙間に入り込んでいるとおぼしきコルクボールが山程出てくるんだろうな。
まあ、ストックは大量にあるから少々無くなっても大丈夫。一軒ではそんなに個数が無かったから、何軒か回って大量に買ったんだよな。
大量に買ったから値引きしてくれるお店もあった。
銀太の大暴れで遊んでいる姿に何軒も回った苦労が報われたなぁと···
引きこもっていた小久保恵子が物凄い勢いで出てきた。
"それだ!"と、指を突きつけた。
ああ、そうか。
どやっ、と腰に手を当てていた。
商工会の会議室には先日集まっていた人たちが誰一人欠けることなく出席していた。
会議室を見回して、寸の間、空を見た。
病気を隠しての加入、査定の結果、支払不可となった案件、不測の事態に陥ったときの支払金問題···
いろいろあったなぁ···
ポールさんが声をかけてくれた。
「大丈夫。自身を持ちなさい」
「はい」
ポールさんやアンナさん達には、先に改革案を説明した。ポールさんは経営者目線から、アンナさん達は加入者目線から今回の案について思うところを遠慮なく言って貰った。追加した一項目に付いては揉めたが、最終的には納得を得た。相談せずに立った前回に比べ、今回は少し気持ちが落ち着いていた。
会頭が席につくと、議長が会議の開始を告げた。
「で、解決案はできたのか」
会頭は嗄れた声で言った。
眼光が鋭い。
小手先だけの解決案など容易く見破られ、一蹴されるのだろう。
お腹に力を入れ、会頭を睨み返した。
「説明させていただきます···」
・加入時に告知書を貰い、虚偽の説明があった場合は契約の解除。ただし、三年何事もなかったときや、運営側がその事実を把握できなかったときは加入取消はできない。
・支払に際しては、明確な支払基準を設ける。また、故意に起こした事故や重大な過失での怪我や病気に際しては支払いはされない。
ここまで一気に説明した。
「支払金が不足した場合の説明がないようだが?」
以前、そこを突いてきた痩せぎすの初老の商店主が聞いてきた。
「それにつきましては、次の二点でカバーできると思います。現在は商店毎に共済制度を運営するという前提で話が進んでいます。商店毎だと掛金収入も限られ、万が一の時に不足するということは否めません。しかし、」
私は初老の店主から視線を外さずに続けた。
「商工会を母体とする、または同じ業種毎に纏まって制度を運営すれば、加入者数が増え、引いては掛金も増える。積立金不足を解消できる一手と思います」
初老の店主はふんと乱暴に椅子に背を預けた。
「それと、共済運営に支障をきたすような支払事案が起きた場合については···」
一旦言葉を切る。
そして、息を吸い、続けた。
「支援金支払額を八割にまで減額します」
会議室がざわついた。
「それは規約に反するのではないか」
「規約には記載します。そもそも、この制度は一人を加入者全員で支えるという目的で創りました。制度を維持する上では、仕方のないことでもあります。それに八割に減額しなければならない事故はそうそう起こるものではありません」
会頭の目を見て
「以上が、私からの解決案です」
と言った。
「感情よりも制度を選んだか」
「そう思われても仕方ありません。救いも痛みも全員で分かち合うこれが根幹です」
会頭が目を閉じた。
会議室に重い沈黙が落ちる。
誰も口を開かない。
やがて会頭が、静かに口を開いた。
「未熟だ。危うさもある。だが――切り捨てるには惜しい」
私はゴクリと唾を飲んだ。
「議長。この制度、商工会で正式に検討するに値すると、私は考える」




