第46話 支払査定の結果
夕暮れ時、酒場が賑わう前にお店に伺うことにした。
忙しい時に手を煩わせたら、早く切り上げようとおざなりな対応になりかねない。
始めて足を踏み入れる酒場通り。
ちらほらと通りには人がいた。
私一人で行かせることはできないと、ハンスさんとジェンキンスさんが付いて来てくれた。
アンナさんは付添い二人に
「いいかい、確認なんだからね。飲みに行くんじゃないんだからね。くれぐれも酒を飲むんじゃないよ。特にハンス、アンタが一番怪しいんだからね」
と釘を差していた。
名指しされたハンスさんは"わかってるよ"とむくれ気味だった。
アンナさん、すみません。
脳内の小久保恵子が目をキラキラさせてます。
アルコールを飲んでいないのでエネルギー切れ寸前だ、一杯飲ませろと宣ってます。
一番ヤバいのは私です。
小久保恵子、いまの貴方は未成年だ。
飲酒禁止年齢だから諦めろ。
小久保恵子が地団駄を踏んで泣いていた。
私も泣きたいよ。
お店の中央に十人が座れる大きなテーブルがあり、壁際には四人がけのテーブル席が四つほどある酒場だった。
板張りの床に白壁という、素朴な造りの酒場だった。
カウンターの奥は素焼きのゴブレットが並んだ棚があり、棚の横にはワインの樽が積まれて置かれていた。
食事もできるため、早い時間ながら、既にお客もいた。
お店は店主と女将、二人の子どもたちで切盛りしているとのことだった。
何も頼まないのも気がひけるため、軽い食事を注文した。
「あいよ、おまちどうさん」
女将さんがバゲットの上にトマトとバジをオリーブオイルで和えたもののせたブルスケッタもどきとボイルしたソーセージの皿がテーブルに置く。
くっ、酒の肴メニューじゃないか。
目の前には果実水。
ハンスさんとデキャンタに入った赤ワインが通り過ぎるの横目で見送った。
「で、何が聞きたいんだい?」
恰幅の良い女将さんがキャベツの酢漬けをテーブルに置いた。
これもお酒に合いそうだ。
ハンスさんがキャベツの酢漬けを一口食べた後、
「昨日、喧嘩があったろう?そのことなんだ」
「ああ、あれね。いい迷惑だったよ」
「喧嘩したひとたちは、皆さん酔っていたんですか?」
「ああ、三人とも酔っていたよ。仲裁に入った客だけだ素面だったけどね、三人はへべれけさ」
「喧嘩の原因って、分かります?」
「よくあることさ、お酒がかかっただの、わざとぶつかっただの」
「先に手を出したのは?」
「赤毛の大男だったけ?」
「違うよ、母さん。茶色の髪の奴さ。俺、その時近くにいて、そいつが赤毛の男胸倉を掴んで押したんだよ」
女将さんの言ったことを細い目をした男の従業員が訂正をした。
「押した男のひとの特徴って覚えてますか?」
「ああ、額の右横に傷があったな」
「デルコだな」
ジェンキンスさんがボソッと言った
ハンスさんも頷いた。
先に手を出したのはデルコさん。しかも酔っぱらっていた。
「ありがとうございました」
お礼をいうと、女将さんはハンスさんとジェンキンスさんに
「で、あんたら飲まないのかい?」
酒場に来て果実水はね…
周りは美味しそうに飲んでいる。
伺うように私を見る二人。
「仕方ないですね。アンナさんには内緒にしておきます」
なんて、私が飲めないのにいうわけはない。
首を横に振る。
ガックリと肩を落とした。
小久保恵子が二ヒヒと笑っていた。
翌日、デルコさんには支援金は支払わないことをアンナさんたちに説明した。
「デルコさんについては、支援金支払はできません」
「何でだい?同じ事故だろう?」
「いいえ、違います。アーチーさんは偶然の予期せぬ事故です。しかし、デルコさんの件には、本人の過失があります」
「過失?」
共済の支払条件の部分を指さした。
”故意に起こした事故、重大な過失については支払わない”
「お酒を飲んでいたこと、喧嘩で先に手を出していたことが、この条項に該当します」
「確かにそうだね…」
アンナさんが納得するように頷いた。
ジェンキンスさんが眉根を寄せる。
「ちょっと、聞いていいかい?」
「なんでしょう?」
「酒を飲んでたらダメなのか?」
「状況によります。お酒を飲んでいて、何もしていないのに、他のひとから怪我をさせられた場合は支払います。お酒を飲んで自分で転倒した場合は支払いません。要は、過失がなく、偶然かつ急激な事故が基本です」
「厳しいな」
「そうですね。でも、公平に負担してあって積立てているお金ですから、過失があったり、故意に起こしたものには支払えないんです」
「そうだな」
全てに支払いをしていたらこの制度は破綻する。それでなくとも、今現在の積立金は少ないのだ。
制度を守るためには、誰かを切らなければならない時もある。
感情だけでは、制度は守れない。
それが、こんなにも胃に悪いとは思わなかった。
私も胃薬が欲しい。
はぁっ…
誰が見ても納得できる明確な支払判断基準が必要だ。
一つ解決したと思ったら、また一つ出てきた。
どっと肩に重しが乗った気がした。
レオナードの元にミレーヌからの報告書が届いた。
シャンデリアの灯りの下、報告書に目を走らせる。
読み進めるうちに、知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かんでいた。
「ふむ……商工会の指摘はもっともだな」
レオナードは椅子から立ち上がると、窓辺へ歩み寄った。
夜の王都。
夜空には繊維のように細い月が浮かんでいた。
窓硝子に映る自分の顔には、僅かな高揚が浮かんでいる。
だが、あの女ならば――
「どうする、リザベッタ」
夜の帳へ向けて、レオナードは静かに呟いた。




