第45話 支払査定案件
胃痛い……
脳内の小久保恵子の机には胃薬が置かれていた
胃薬を飲みながら机に突っ伏す小久保恵子の姿。
そこにアルコール類はない。
ヤバい状態だ。
どうするか…
はぁっ……
王城から課された課題も進まず、問題だけが詰みあがっていく。
大殺界なの?厄年なの?
お祓いしたい…
お祓いしたいけど、お祓いしてくれる神社はこの世界にはない。
自分でどうにかするしかない。
なら、神社を建立する?
建立するなら、ご神体は絶対に猫。
それ以外ない。
猫神様が鎮座まします猫神社。
最高じゃない!
入り口には狛犬ならぬ狛猫。
毎月二十二日が祭日。
絵馬は猫の形。
御守り袋には肉球の刺繍。
胃痛で突っ伏していた小久保恵子が参拝者一号になっていた。
……いかん、現実逃避してしまった。
頭を振る私を銀太が冷めた目で見ていた。
銀太はふっと息を吐くと、目を逸らして寝る体制に入った。
まるで、「コイツ、頭大丈夫か?」と言っているみたいだった。
真面目に考えます…
とりあえず、目の前の問題。
今回はハンスさんが耳にして偶然にも防げた。
次に防げるかとなると、防げない可能性が大きい。
保険契約を結ぶとき、どうしてたっけ?
営業研修を思い出す。
小久保恵子も腕組みをして天井を睨んでいた。
申込書書いて貰い、保険料を頂く。
それから……健康状態の確認。
今回のこともここにかかってくる。
どうやって確認していた?
社医、健康診断書、面接士、告知書…
保険金額によって確認方法が違っていたよな…
告知書はどうだろう?
医学的知識を求めるのは不可能に近い。けど告知書なら知識はいらない。
”いま、病気や怪我をしていませんか”という問いかけと健康状態の確認ができる。
それでも、虚偽の報告をする人はいるだろう。
その時は…
告知義務違反としてペナルティを課す。
加入の解除、支援金の不払い、掛金は返還しない。
これだけだと一方的だと不満がでるだろうから、
三年何事もなかったときや、把握できなかったときは加入取消はできない。
とすればいいかもしれない。
相談してみる価値はある。
私は机に向かって、変更条件を書き出した。
朝、まだ人の少ない商会。
窓を開けて、空気の入替をする。
出そうになった欠伸を押し殺した。
目尻に涙が滲む。
最近、絶対に睡眠不足だ。
若いからまだ無理は利くが、これが小久保恵子だったら、目の下に五匹ずつクマを飼育し、栄養ドリンクを三食後に決めていただろう。
若いって素晴らしいと実感していた。
ハンスさんとアンナさんには相談するつもりだけど、商会店主のポールさんにも相談したいと思っている。
時間もらえるかな……
今日の三人の予定はどうなっているか確認しようと予定表を取り出した。
確認している最中に、商会のドアが勢いよく開いた。
「リザちゃん、事故だよ」
アンナさんが足早に近づいてきた。
急いで知らせに来たのか額に汗が浮かんでいる。
私は考えるよりも先に、自然と加入者名簿を手に取っていた。
「デルコが手と肋を折ったらしい」
「どうして、そんな大けがを?昨日はお休みでしたよね」
「それがさ、飲みに行った酒場で喧嘩してやっちまったんだと」
「えっ?」
勤務中の事故ではなく、休み中の飲酒と喧嘩…
眉が寄った。
「仕事はできないだろうから、支援金を払わなきゃならないだろうね。はぁっー」
アンナさんの口調は少し不本意気味だった。
「あぁっ?支払うのか?」
出勤してきたジェンキンスさんが問うてきた。
「支払うさ。ねぇ、リザちゃん」
「すまんが、俺は納得できねぇな」
「同じように怪我をしたアーチーには払ったからね。デルコに払わないわけにはいかないよ」
「状況がちがうだろうが。あいつのは偶然。だがデルコは酒飲んでの喧嘩だろうが、ある意味自業自得だ」
「それでも怪我は怪我だよ」
険悪になりかけた二人の間にハンスさんが割って入った。
「落ち着けって」
仲裁したハンスさんが二人に顎をしゃくった。
「リザちゃん、どうするんだい」
ハンスさんが問いかける。
「先ずは、確認します。支払うかどうかは、その確認のあとに判断させてください」
皆が持ち場へ戻ったあとも、私は加入者名簿を開いたまま動けなかった。
アーチーの時は迷わなかった。
猫を助けて負った怪我。
誰もが納得する事故だった。
けれど、今回は違う。
酒場での喧嘩。
自業自得と言われれば、それまでだ。
でも――
もし、ここで払わなかったら?
“自分たちに都合のいい時だけ払う制度”
そう思われないだろうか。
逆に払えば、“酒を飲んで喧嘩しても金が出る”と思われるかもしれない。
どちらを選んでも、不満は出る。
胃が痛い……
脳内の小久保恵子が胃薬の瓶を握り締めながら、また机に突っ伏していた。




