第5話 悪役令嬢、猫に負ける
しくじった……
初回からつまずいた。
猫に会えることと、王太子殿下への探りを天秤にかければ……
いや、天秤にかけるまでもない、猫一択だ。
だが、まぁいい。
挽回するチャンスはまだある。
……どんな子だろう……
尻尾は長いのか、それとも団子尻尾か…いや、鍵尻尾というのもありだ。
まだ見ぬ猫に気を取られていると、突然、バーンという音を立ててドアが開いた。
何事!?
「でかした!リザベッタ!!」
父親が満面の笑みで入ってきた。
許可も得ず、無断で!
なぜ、中年を過ぎた男はこうもデリカシーがないのか。
鼻をほじった手で書類を触るなと何度思ったことか。
気遣いは毛根と一緒になくなると私は思う。
「お父様(でいいんだよな?)、せめてノックをお願いします。親しき中にも礼儀ありという言葉をご存じですか?」
何度も父に言った言葉をこちらでもいうとは思わなかった。
「そんな些細なことはよろしい」
些細なことか?
これだからオヤジは…
「殿下から招待を受けたそうじゃないか。昨日の今日でこの成果…よくやった!これで、一歩リードだぞ」
いや、よくないから。
計画の変更を余儀なくされているんだ、私は。
三歩くらい後退希望だ。
浮かれている父親を尻目に今後の工程管理スケジュールを練り直した。
ああ、お酒、飲みたい……
私はいま、宮殿内を女官に先導されている。
シェーンブルン宮殿の中はきっとこういう造りなのだろう。
光っている大理石の廊下。
吊り下げられているきらきらしたシャンデリアは、一体いくらするのか考えるだけで恐ろしい。
触って壊したら、一生ただ働きさせられるだろう置物。
うじゃうじゃいる従僕や女官たち。
こんなところに住んだら、絶対に気が休まらない。
王太子殿下が猫を飼っているのも案外、癒しを求めているかもしれないな。
猫は癒し。
反論は認めない。
「こちらでお待ちを」
桜色のドレスの裾を持ち上げてソファーに座った。
私としては地味系の色が良かったのだが…精神年齢35歳にこの色はキツい。
紅茶と焼き菓子が饗された。
天井近くまである窓からは昼過ぎの陽が入ってくる。
一見、穏やかな午後の日。
だが、心の中はカテゴリー4の台風だ。
カテゴリー5にならなかったのは、偏に猫に会えるからに他ならない。
猫をかない倒したら、即、撤退だ。
…猫まだかな…
王太子殿下などどうでもいい。
そわそわする…
「待たせた。これがアルだ」
王太子殿下に抱かれた猫を見た途端、かっと目を見開いた。
ずんぐりむっくりの体つき。太い手。オーバルな顔の形。
アメショーきたーっ!!
うちの子、うちの子そっくり!
歓喜のあまり声が出ない。
アルと名付けられた猫が私を見て、
「にゃぁ」
と鳴いた。
「猫!」
猫は大きな声や音に弱いため、私は声を殺して呻いた。
感動のあまり、身体が震える。
「リ、リザベッタ嬢…」
王太子殿下が後ずさる前に私は猫を腕に抱いた。
ああ、これよこれ。
興奮し過ぎて、目の前がチカチカする。
ツーと鼻からも何か出ているのを感じる。
……鼻血?
あ、あれ?
なんか暗くない?
「だ、誰かある!」
王太子殿下の焦った声が聞こえる。
何を焦っているんだ?
それっきり私の意識は遠のいていった……
よく知っている頬を突っかれる感触。
肉球だ。
私はぱっと目を開けた。
寝起きに猫のドアップ。
至福過ぎる。
前足で顔を踏まれる。
「そんな悪いことをする子はこうだ~」
「ぶにゃぁぁ~」
猫の抗議も何のその。
お腹に顔を埋めてもふる。
ついでにとばかりに、心置きなく猫を吸う。
猫を吸って気が付いた。
うん?ここどこよ。
「あはははは……」
笑い声の先に身体を折り曲げて大笑いする王太子殿下。
青くなる私。
マズくないか……
「クククっ…アル、おいで」
アルが私の手からすり抜けていく……
ああ、行かないで……
余ほど悲壮感が漂っていたのか、王太子殿下が猫を渡してくれた。
「リザベッタ嬢、君、面白いね」
「そうでしょうか」
「すましている令嬢たちよりよほどいい」
おお、お高く留まっているタイプは苦手と。
情報一つ、ゲット。
他には?
「リザベッタ嬢、これからはレナードと呼ぶように」
へっ?
部屋の隅にいる侍従の目が丸くなっている。
……恋愛経験がなくともそれくらいはわかる。
王太子殿下を名前呼び。
それって、年度末に大事故を起こすレベルでヤバい状況だ。
微笑む王太子殿下と額に脂汗が流れる私。
会計が合わかった時より目の前が真っ暗だ。
私は腕の中のアルを抱きしめた……
男爵令嬢ーーっっ!!!!




