第42話 問い合わせ
休日の至福その一。
何時もより遅く起きてもいいし、気が済むまでベッドの中でゴロゴロ。
しかし、それはペットを飼ってない独身者のことであって、ペットがいると、休日であろうといつもの時間に起こされる。
「ぶにゃん」
肉球が頬に当たる。
ゴソゴソと身動ぎだけで返事をした。
「かかかっ、ぶにゃぁ」
武士の情け、あと五分。
せめてあと三分寝かせてください、銀太様。
ガッ、ボスッ
「ぐっ」
ボディアタックという強化手段が···
「あーっ、分かった、分かりましたから!」
しぶしぶ起き上がった。
頭を掻き、のろのろとベッドから出た。
銀太にご飯を上げ、飲み水を変える。
がつがつと食べ始めた銀太を横目にベッドへと戻った。
休日の至福そのニ、二度寝。
······ダメだ。
完全に目が覚めてしまった。
ため息を吐いて起きた。
社畜だった時は、お昼近くまで寝てて、朝昼兼用でブランチ。その後、缶ビール片手に銀次とダラダラ過ごして、気が付くと夜だった。
明日への活力なんてもんじゃなく、現実逃避してたんだな……
お昼過ぎ、銀太にベスト型のハーネスを着せて、街に出た。
行先はcat trap。
腹黒王太子殿下の息がかかった場所と分かっていても、猫グッズがあるために行ってしまう。
くっ、これも猫好きの性。
何かないかと気になるのだ。
カランカラン
ドアベルが鳴る。
寝ていたジルちゃんが頭を上げてこちらを見た。
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑みを浮かべる店主のミレーヌさん。
腹黒王太子殿下の配下だとは。
優し気な容貌と猫好きということに騙された。
不覚。
でも、要注意人物と判明したのでこれからは気を付けよう。
「こんにちは。小魚入荷しました?」
「ええ、一昨日ね……あら?銀太ちゃんが着ているのは?」
「お散歩用です。紐だと首から抜けたり、首を絞めたりしますから。これだと苦しくないし、抜けたりしないので」
「リザさんが考えたの?」
「いいえ、これは知り合いの方からいただいたんです」
「私も欲しいわ。ジルは首に紐を付けるのが嫌いだから困ってるのよ」
「猫って、そういう子が多いですよね」
ミレーヌさんと猫談義をする。
待ちくたびれた銀太がジルちゃんと団子状態で寝ている姿にミレーヌさんと身悶えた。
カメラが欲しいと心底思った。
夕暮れ近くの街を銀太と歩く。
あちらの世界では味わえなかった休日の充足感。
明日も頑張ろう
満ち足りた気分で迎えた週明け。
仕事がサクサクと進んだ。
う~ん、メリハリって大事だな。
入り口のドアが開き、ハンスさんがお客さんを伴って帰ってきた。
めずらしい。
ハンスさんは自分からお客さんの元に向かうことを信条としているので、どうした心境の変化なんだろう?
「いらっしゃいませ」
挨拶をする。
ハンスさんより十歳は年上だろう、白髪交じりの髪と目尻の皺。上着を着ているので職人さんではないと推測した。
「リザちゃん、こちら、ザンドさん」
「初めまして」
紹介してきたということは、私に営業を?
営業はちょっとな…
「君がねぇ…」
ザンドさんがまじまじと私を見る。
なんだ?
クレームか?
余程、訝し気な表情をしていたのだろう、ハンスさんが苦笑して、
「ザンドさんは、共済について聞きたいそうだよ」
えっ?
「うちでも出来ないかと思ってな。ハンスに頼んだんだ。詳しく聞きたい」
「あ、はい。仕組みは……」
私はあの日書いた資料を基に説明する。
注意すること、出来ないことはしっかりと説明した。
ザンドさんは真剣に聞き、質問を投げかけてくる。
質問には真摯に答えた。
「…簡単ではないな…」
確かに経験がないと難しいと思う。
ここでやれているのは、曲がりなりにも保険会社に勤めていた私がいたからだ。
腕を組み、天井を見上げるザンドさん。
暫く考え込んでいたが、両手で腿を叩いて
「だが、やってみる価値はあるか…」
ザンドさんが椅子から立ち上がる。
ハンスさんと私に、
「時間を取らせたな。ありがとう」
と言って、店を辞した。
ザンドさんの商会で制度ができるか、できないかはわからない。
私はできればいいなと思った。
その日以降、ザンドさんと同じようにいくつかの商会から問い合わせがあった。
数日後。
今度は商工会から、一度共済について説明してほしいと話が来た。
普通なら喜ばしい事なんだろうけど、商工会からというところにきな臭さを感じた。
「そんなに緊張することはないよ、リザちゃん」
商工会へ説明する日、ポールさんが付き添いで一緒に来てくれた。
そうは言われても、緊張しない方がおかしい。
”説明を”と言ってはいたが、小久保恵子の経験からこういう言い方をするときは、ロクなことがないんだ。
何を言われるんだか……
気が重いのは事実。
だが、もし認められたら―
これはチャンスだ。
鬼が出るか、蛇が出るか…
商工会は三階建ての赤煉瓦造りだった。
縦長の上げ下げ窓に、いくつかの出窓。
屋根付きのポーチの奥にある玄関扉は、壁面より一歩引っ込んだ場所に据えられている。
商工会のエントランスで入館名簿に名前を記入した。
部外者は商会店主以外は記入しないといけないらしい。
面倒な。
商工会の会議室はざわざわしていた。
楕円の机に座っている大半の人は年配の男性だった。
女性は三人ほど。
うち、一人はミレーヌさんだった。
見知った顔があることで、ほっとする。
「お揃いのようですので、始めたいと思います」
髪の薄い議長が進行役と思われ、説明会の開始を告げた。
「共済でしたか?それについて説明を願います」
「はい」
私は立って説明を始めた。
毎月一定の掛金を払い、それを積み立てておき、万が一のときは遺族に決まった額を支払うものであるとを説明する。
店主たちは黙って聞いていた。
「この制度の意義は、遺された家族の経済的困窮を加入者全員で助け合うことにあります」
と言って、説明を締めくくった。
「では、質疑応答に移りたいと思います。ご質問がある方は、どうぞ」
「確かにいい制度だとは思う。だが、いくつかの疑念がある。金は誰が管理する?管理している人間が持ち逃げしたらどうするのか?」
痩せぎすの初老の店主が質問してきた。
「積立金の管理については、複数名を選出して、そのひとたちで管理をしています。複数名ですることにより持ち逃げしにくい状況になります。」
「ふむ…それならば…」
別の店主が質問をしてきた。
「制度開始時の掛金は少ないだろう。その時に大事故が続いたらどうする。支払えるのか?」
「…それについては…」
ないとはいえない指摘。
ソルベンシー・マージン比率…
確かに保険金支払余力は脆弱だ。
制度の未成熟さを突き付けられた。
覆い被せるように
「それと、支援金目当ての加入や請求については、どう判断しているのかも聞きたいね」
「そうだな、もう少し詳しく説明してもらえるかな?」
説明を再度求められた。
「積立金以上の支払いはできません…申請と事故状況にて判断しています」
「それでは、問題にならないじゃないか。役に立たないということだね」
「本人の言い分だけを信じて?それでは不適合者にも支払うことになるんじゃないかね?」
「二リンギル支払って四十リンギル貰える。私なら大した怪我でなくとも、仕事ができないと言って貰うよ」
射的性の指摘。
モラルリスクの指摘。
それは保険加入時のリスク。
答えられずに立ち竦む。
両手を握って耐えた。
会議室の空気が重くなる。
「ひとつ、いいでしょうか」
ポールさんが手を挙げた。
「何でしょうか?」
「我々の商売で利益を得るためには時間がかかります。最初のうちは利益など見込めません」
「そうですな」
「だから、商売は三年続いて本物なんですよ。この制度だってそれと同じです。始ったばかりです。問題もあるでしょう。この制度がそうなるか、もう少し見守ってもいいのではないでしょうか?」
「仰られることはわかりますが…」
「それに、制度を取り入れるか、取り入れないかは自由ですしね。早急に決断することもないですよ」
隣同士で話し合う声で会議室がざわつく。
ポールさんが私に囁いた。
「助け合いだね」
込み上げてくるものをぐっと飲みこんだ。
「……危うい。だが、必要とされているのも事実か」
一番奥の席に座っている白髪の老人がぼそりと呟いた。
ざわついていた室内が、一瞬で静かになった。
老人は議長に向かい、
「議長、提案がある」
「なんでしょうか、会頭」
「儂らは商人だ。商売に失敗はつきもの。だが、失敗をどう立て直すかで本物かどうかが決まる」
会頭がゆっくりと私を見た。
「この制度には穴がある。それは事実だ」
会議室が静まり返る。
「だが、必要としている者がいるのも事実」
鋭い目が私を射抜く。
「ならば考えてこい。どうすれば、その穴を埋められるのかを」
低い声が響いた。
「答えを出せぬのなら、この制度は危険ということだ」




